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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈二十七〉内外

 その日からよく、エルがラシェといる所が見られるようになった。

 どちらかというと、エルが付きまとうようになっているのだが、

「ねえ、カサはどんな物が好きなの?」

だとか、

「カサといる時、二人でどんな事をしていたの?」

だとか、何から何まで根掘り葉掘り訊こうとし、話がきわどくなると、

「ずるい!」

と言って怒ったりする。

 最初は真面目に相手をしていたラシェであったが、そのうち気安くなり、

「ずるくない。私はカサの想い人なんだもん」

などと図々しい事を堂々と言うようになっている。

 エルはさっぱりした気性で、何を言っても大体平気な顔だし、どっちも芯が強いこともあってどんどん図太くなってゆく。

 そんな二人は傍から見ると仲の良い友人に見えるので、邑人たちは不思議そうにしている。

「サルコリは、どんな事をするの」

 エルは全体好奇心がとても強い。

 それが気になる事ならば、訊かなくては気が済まないようである。

 それでも嫌われないのは、物の見方が曲がってないからであろう。

 まっすぐに話し、まっすぐに訊く。

 気風に湿った所がないエルは、どこに行っても気安く声をかけられる。

 そんなエルと一緒にいる事が多くなって、ラシェに対する人当たりが変わりだした。

 以前はまるで腐り病に侵された者のように邑人に避けられていたが、ここ数日は邑人から話しかけられるようになった。

 それも、知らない人間からである。

「あんた、祭りで唄うんだって? 本当なの?」

 声をかけたのは、四十ほどの女。

 人見知りするラシェだ、

「は、はい。そのように言われています」

 しどろもどろだが、丁寧に対応すると、

「そうかい、サルコリなのに、たいしたものね」

 なぜか向こうは感心したようにうなずくので、ラシェはどんな顔をすればいいのか分からなくなって、とりあえず愛想笑いを返した。



 サルコリでも変化があった。

 まず女衒のゾーカが没落した。

 戦士階級に睨まれ女を売れなくなって、ベネスにもサルコリにも居場所を失った。

 かつて天幕内に所狭しとあった財産は、目を離すたび誰かに持ち去られ、恨みを募らせた者たちには集団で押し入られて強奪された。

 豊かだった生活は瞬く間にうらぶれ、かつて福々しかったその姿は、この頃にはげっそりとやつれていた。


 グディは腕力があっても、胆の小ささと鈍重さが知れ渡り、行く先々で礫を投げつけられた。

 こちらも多方より恨みを買っており、酷くなると寝ている所を天幕の外から、拳より大きな石をぶつけられた。

 片目を潰され、歯や鼻、手足の指の骨を砕かれた。

 そんな事が続いて、段々と消沈した姿が目撃されるようになった。


 ラゼネーは姿を見なくなった。

 ゾーカもグディもそばに居ないラゼネーは、ただ見窄らしいだけの小男だった。

 誰にも相手をされなくなり、ある時天幕が火の不始末で燃えた。

 それを誰かの火付けだと思い込んで、その夜消えた。

 元々他所からの流れ者だから、また別の邑のサルコリ集落にでも逃げたのだろうと噂された。



 ベネスにいるラシェたちは、そんな動向には疎かった。

 ある夕暮れ、ラシェがカリムの手を引いていると、

「オイ、そこのサルコリ娘」

 ぶっきら棒に呼びつけられる。

 邑の中、サルコリなどラシェ以外にいようはずもない。

 嫌な感じだ。つい振り返ってしまった事を後悔する。

 そこにはせせら笑う三人の男がいた。

――またか。

 自分より下の人間をいたぶって愉しもうというのであろう。

 下衆な話だが、こんな事は初めてではない。

 いい加減ラシェも慣れていて、こういう手合いの相手をしない。

「オイ! 聞こえているんだろう!」

 無視されてカッと来たようだ。

 人目が無い所で声をかけてきた辺りに男たちの姑息さが出ている。

 ラシェは早く誰かのいる場所に行こうと、足運びを早める。

「待て! お前サルコリなのだろう!」

 前をふさぐ男たち。

「どいて」

 ラシェは対決姿勢を崩さない。

 ここまできたらやけっぱち、三人を交互ににらみつけ、ぐっと拳を握る。

 カリムもラシェに負けず三人をにらみつけている。小さいながら、引く構えがない逞しさだ。

「何だ。俺たちはベネスの者だぞ。サルコリなんかとは違うんだ」

「見ろよ、餓鬼までにらみやがる。生まれが卑しいせいだ」

「さっさとサルコリに帰れ。ここはお前のように穢れた人間がいていい場所ではないんだ」

 囲んで蔑みの言葉を投げつける。

 以前戦士やゾーカの手の者に囲まれた事もあるが、その時とはまるで違って、男たちにはラシェに対する本気がうかがえない。

――うさ晴らしに、弱い者を小突いてすっきりしようというのだ。

 以前ラシェに突っかかってきたあのコールアよりも、遥かに卑しい者たちだ。

 コールアは衆目の中一人で向かってきた。

 それに比べてこの男たちは、女子供を苛めるのにも、人目を避けて三人がかり。

 こういう手合いに、何かを譲らねばならぬ謂れはない。

 ラシェは大きく息を吸い、

「退きなさい!!」

あらん限りの大声で叫ぶ。

 ラシェは祭りの唄い手に選ばれるほどの声の持ち主だ、大音声に男たちがうろたえ、真正面にいた男など耳を押さえてよろめいている。

「こ、こいつめ……」

 男たちが怒りに奮えた視線をラシェたちに向ける。

 ラシェは彼らにはかまわず歩き出し、

「カリム、誰か大人を呼んでおいで」

 弟を送り出す。カリムはしばらく迷っていたが、

「うん!」

 決心した顔を見せると、大急ぎでかけてゆく。

「ま、待て……!」

 男たちが止めようとするが、ラシェは立ち止まらない。

 自分たちを重んじないサルコリに腹を立てたか、男がラシェの肩に手をかける。

「離して!」

「うるさい! サルコリめ! どうせお前も体を差し出して、食い物を得ていたのだろう!」

 それで思い出した。

 男たちのうち二人は、あの天幕の中での大乱闘で、カサを押しとどめようとした連中に見た顔なのだ。

「そうだ! 食い物さえ出せばなんでもするサルコリのくせに、俺たちに偉そうにするんじゃない!」

 莫迦莫迦しい謗りだが、男たちの言葉にラシェはピンと来る。

――きっと、サルコリで女を抱いた事があるんだわ。

 それも多分、ゾーカの斡旋で。

 ラシェの中で、熱いものが渦巻く。

「離しなさい!! 私がもしも体を差し出す羽目になっても、あなたたちの相手なんか、死んでもしないわ!!」

 大声に、三人が顔をしかめる。

「こ、このサルコリめ……!」

 男がラシェにかけた手に力を入れる。

 乱暴などできない奴らと高をくくっていても、服を破られるのは困る。

 汚くとも、これはラシェの一張羅だ。

――こいつめ!

 持ち前の反骨心で、もう一度叫び声を上げようとした時である。

「何をしているんだい!」

 大柄な女が駆けてきた。

 それも十何人という子供を引き連れて。

 カサたちのソワニのセテである。

 突然の乱入者に男たちがひるむ。

 人目が無いからこそ横暴にふるまえる男たちである、衆目にさらされればただの気弱なあぶれ者だ。

「何って、いや、何でもないよ……」

 あわててへつらい、ラシェから手を離す。

「嘘をおっしゃい! 全部聞いていたんだからね! 大の男が大勢で娘一人に乱暴だなんて」

 そこで息継ぎをし、

「恥ずかしいと思わないの!」

 男たちが、所在なげにお互いの顔を見合わせる。

「だけど、そのサルコリ娘が生意気だから俺たちは……」

 口の先でボソボソと言う。

「何がサルコリだ! そんなにサルコリが嫌いだったら、少しは人に誇れる長所でも持ったらいいだろう!」

 正論である。

 それができないから殊更サルコリを差別する。

 少しでも誇りがあれば、最初からラシェに手出しなどしない。

 セテに叱り飛ばされ、男たちは悔しそうに背を丸めてその場から逃げ出す。

「待ちなさい!」

 セテが追い討ちをかけるが、男たちは足早に去る。

「この娘はカサが選んだんだから、あんたたちがくだらない事を言うような娘であるものか! 聞きなさい! この娘に手を出すっていうのなら、それは私の子供に手を出すという事なんだからね!」

 男たちが、天幕の影に消えてゆく。

 いつの間にいたのであろうか、人だかりがチラホラと見える。

 自分は行く先々で人目を引いていると、ラシェもさすがに反省した。

「大丈夫?」

「はい、ありがとう」

 気遣わしげなセテに、ラシェが礼をする。

 セテは大きく鼻息を一つ吹き、

「まったく、この子が私の前に飛び込んで来たときは、一体何が起こったのかと思ったよ」

 カリムの頭をなでる。

 さすがに子供の扱いはうまく、ほぼ初対面だと言うのに、人見知りするカリムが身をあずけている。

「さあ、みんなこの子を連れておゆき。今日はうちの天幕においで。一緒にご飯を食べよう」

 子供たちが歓声を上げて走ってゆく。

 中には顔見知りもいるのだろう、カリムも一緒になって走る。

「さあ、私たちも行こうか。あんたもうちで食べるんだ」

 優しい命令形に、ラシェの涙腺が緩む。

 母性あふれるセテに、亡き母を思い出したのだ。

――お母さん……!

 思い出すと涙が止まらなくなる。

 もう泣かないと決めたのに、カサが帰る日まで、絶対に泣かないと決めたのに。

 うつむいて声もなく涙をこぼすラシェの体をセテが引き寄せ、豊満な胸元に抱きしめる。

「辛かったね、気がすむまで泣きな」

 その声には心に染み込むような優しさがある。涙が溢れて止まらない。

 その嗚咽ごとラシェを抱きしめ、セテが赤子をあやすように言う。

「もう何も怖い事はない。あんたはカサが選んだ子だ。だったらそれはあたしの子供って事だ。寂しくなったら私をお母さんとお呼び」

 ラシェはただ泣いている。

「その歳で、あんなに大きな子を育てたんだね。あんたは頑張ったよ。私には解ってる」

 ラシェが泣き止むまで、セテはラシェを抱きしめていた。

「名前、何だっけ」

 まだぐずるラシェは、消えそうなほど小さな声で、

「……ラシェ……」

 恥ずかしげに、こっそりと教える。その頭は、まだセテに預けている。

「じゃあこれからはラシェと呼ぶよ。私はセテ、セテでもお母さんでも、好きなように呼びなさい」

 その口調が本当に母に似ていて、ラシェはこの人が母親だったら、どんなに良いだろうかと思う。

――この人が、カサを育てたんだ。

 そしてヨッカもこの人に育てられたという。二人がどうしてあれだけ優しいのか、ラシェには解る気がする。

 きっとこの人のような大人に、二人はなってゆくのだろう。

 セテを知って、ラシェはまた少しカサを理解できた。


 陽が沈みゆく中、ラシェとセテが、子供たちが待つ天幕に帰ってゆく。

 二人の手が、仲のいい母と娘のようにつながっている。

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