〈二十〉星月夜
最後の夜。
邑人たちは、それぞれの思惑を胸に、天幕の中の闇を見つめている。
ラシェやヨッカといった、親密な者の身を心配する者たち。
ソワクやラハムのような、来たる未来に考えを馳せる者たち。
カバリやその手の者のような、カサたちに対して善からぬ感情を持つ者たち。
エルやコールアのような、複雑な思いを持つ者たち。
そして渦中のカサ。
カサは、緊張に混乱する頭の中を、何とか整理しようとしている。
恐れがあり、懸念があり、そして心残りがある。
それらを処理できないまま、最後の夜になってしまった。
もはや猶予は無く、明日朝には邑を発たねばならない。
――ラシェ……。
涙にくれるカサの愛しい恋人。
彼女の無事を願い、カサは長い夜を思い悩む。
同時刻、ガタウの天幕。
今日まで永く雌伏しつづけた男の、最後の情念。
誰にも明かさず、内に秘めつづけた消ええぬ炎の残り火を、ガタウはついに燃やす機会を得たのだ。
――………。
脳裏に誰かの名が浮かび上がりそうになる。
女の名だ。
だがその印象が、はっきりとした形を取る事はない。
もう何十年も、ガタウはその女を記憶の壺に押しこめ、封をして生きてきた。
巌のような彼の精神が、遥かな過去に愛した女などもはや思い出す事はないであろう。
それがガタウという戦士であり、選んだ生き方なのだ。
天幕の外で月が昇る。
弱い光で、砂漠をあまねく照らしている。