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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈十一〉後始末

「この……役立たずどもめ!」

 ゾーカがこの日十何度目かの、似たような悪態をつく。

 場所はサルコリ、ゾーカの天幕。

 ゾーカの前で小さくなっているのはもちろん、大男のグディと小男のラゼネーである。

 二人はもう何刻も、このけち臭い男の罵詈雑言にさらされていた。

「だけど、戦士たちが出てきたもんで……それも六人も」

 この日十何度目かの、似たような弁明をするのはラゼネー。

「せ、戦士は、すごく強くて、怖かった……」

 でかい身なりを子供のように丸めて怯えるグディ。

 よほど恐ろしい思いをしたらしい、今まで人を傷つける事しか知らなかった男が、傷つけられる恐怖に震えている。

「そんなにでかいなりをして……! 情けないとは思わんのか!」

 人を動かすだけの男らしい、一方的な悪罵を吐きちらす。

 だがいくら尻を叩いても、グディは図体を丸めたまま震えるだけだし、ラゼネーはあれこれと言い逃れをするばかり。

 らちが開かぬまま時ばかりを空費している。

「くだらない言い訳はいらぬ! 早くあの娘を連れてこぬか!」

 そのゾーカもただ声を張り上げるばかりで、自ら動こうとはしないのだからどうしようもない。

 たかが小娘一人と侮っているのも理由のひとつだが、なぜ戦士たちが手下二人の邪魔をしたのか、そしてその後どうなったかを冷静に考えてられていない。

 だから、天幕に音もなく滑りこむ闖入者たちに、まったく気づかなかった。

「お前がゾーカか」

 三人が驚いて天幕の入り口を振り返ると、六人の戦士がそこに居並んでいた。

 赤いショオに赤いトジュ。

 ソワクとその下に就く戦士長たちだ。

「ウワアアア!」

「い、いやだ! いやだ!」

 震えあがるグディとラゼネー、痛めつけられていないゾーカまでもが、彼らの威圧感に縮みあがる。

――こいつらが……?

 いずれも筋骨逞しく、先頭の長らしき男は一際でかい。

ーーこれはグディでもどうしようもなかったろう。

「あ、あんたがこいつらを……」

 この六人が手下共を叩きのめした、そうゾーカは誤解しているようだ。

 説明の必要もないので、ソワクはゾーカの思うままにさせておく。

「サルコリにしては――」

 もったいぶった言い方である。

「豪勢な住み家だな」

 そう言ってぐるり見まわし、含みのある笑いでゾーカの視線を捕らえる。

 まずいと思ってももう遅い。

 小物や安っぽい装飾品にあふれた天幕内は、ゾーカが普通のサルコリではない事を如実に表している。

「ラシェという娘を知っているか」

 手元にあった女物の衣服をもてあそびながらソワクが問う。

 このような物、ゾーカのような者が何に使おうというのだろうか。

 大方女を着飾らせ、客をその気にさせようとでもいう魂胆なのだろう。

「し、知らない」

 ソワクはゾーカをぶん殴って胸倉を掴み、

「もう一度訊く」

冷たい口調だ。

「ラシェという娘を、知っているな」

 求められたのは、返答ではなく同意である。

 ゾーカの額で脂汗が玉になる。

――これは……逃げられぬ……!

 飄々として見えて、ソワクはまったく抜け目のない男である。

 ゾーカごときが言い逃れできる相手ではないのだ。

 戦士が狩りの装束で大挙ここに押しかけたという事は、ゾーカの生業の女の斡旋、その全てがベネスに露見してしまったと見るべきであった。

 ならばとゾーカは思案する。

 露見したのならば、相手の望むものを差し出して、この場を切り抜けるだけの事。

 ゾーカはソワクにそっと顔を近づけ、他の者には聞こえぬようにさえずる。

「どうぞ見逃して下さいまし。なんとなれば、お好みの女を用意しますので」

 米神に衝撃。

 二回転して、ゾーカは顔から地面に叩きつけられる。

 その一撃はさっきよりもはるかに強烈で、殴られた事すらしばらく判らなかった。

「俺は自分の妻以外の女を抱くつもりはないし、興味もない」

 相手が悪かった。

 ソワクといえば知る人ぞ知る愛妻家、色や欲で落ちる男ではないのだ。

 殴り飛ばしたゾーカを冷たい目で見下し、

「次はないぞ、いいか」

 ゾーカは痛む頭を押さえ、おびえた目でソワクを見上げる。

「ラシェという娘を、知っているな」

「は、はい! はい! 知っています!」

 最初からそう言えば良かったのだ。

 ソワクは横たわるゾーカにぐっと顔を寄せ、

「その娘は、このたび戦士の妻になる事になった。もしも今後お前が邪な考えを抱けば、」

 ぐっと歯をむき出し、

「その時はお前を、その服一枚で砂漠に放逐する」

「わ、分かった! 分かりました! だから! もう許してくれ!」

 四つんばいで身も世もなくゾーカが逃げ惑う。

 脅しが効きすぎたかと、ソワクもこの辺りで退散する事にする。

「お前たちもだ」

 グディとラゼネーを向くと、二人は天幕の隅で身を縮める。

「今述べた事、仔細分かっているのだろうな」

 二人は魂が抜けたように、繰り返し頷く。

 逆らう気はないらしい。ソワクは満足して引き上げる。

「まあ、こうなった以上、お前たちに先はないと思うが」

 そう言い残して。

 後に残ったのは、放心するゾーカとグディとラゼネー。

 不意に訪れた夏営地の嵐、ヒルデウールのような一団に、彼らは回復できない損害を受けた。

 実際グディとラゼネーは、ラヴォフたちと今の集団を区別できていなかった。

 そこに立つ全員が戦士長、誰一人とってもラヴォフなど足元にも及ばぬ猛者であると知れば、どんな反応を見せるのであろう。

 さて、ソワクたちの訪問は、彼らにとって充分な抑止となったであろう。

 天幕内で、灯りを点した絵つきの油皿が、チリと焦げる。

 それはソワクら戦士長ですら、所持していない贅沢品だった。



 満ちゆく月。

 その下で、ラシェがカサを待っている。

 場所は、あの白い岩の上。

 カサが腰の下に敷くためにここに置いてある布に、寝そべりくるまっている。

 この布には、カサの匂いが染みついている。

 乾いた、砂漠の匂い。

 ラシェはその匂いを胸いっぱいに吸い込む。

 脳裏に浮かぶ、気弱げな面影。

 だが、いざラシェの危機となれば、その戦士は命さえかけてくれるのだ。

 魂をささげて愛される幸せ。

 そんな贅沢なものが、この身に与えられようとは。

 ラシェはカサを待つ。

 今宵は現れないかもしれない。

 それを知っていても、ラシェはカサを待つ。

 空には、満ちゆく月。

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