〈十一〉後始末
「この……役立たずどもめ!」
ゾーカがこの日十何度目かの、似たような悪態をつく。
場所はサルコリ、ゾーカの天幕。
ゾーカの前で小さくなっているのはもちろん、大男のグディと小男のラゼネーである。
二人はもう何刻も、このけち臭い男の罵詈雑言にさらされていた。
「だけど、戦士たちが出てきたもんで……それも六人も」
この日十何度目かの、似たような弁明をするのはラゼネー。
「せ、戦士は、すごく強くて、怖かった……」
でかい身なりを子供のように丸めて怯えるグディ。
よほど恐ろしい思いをしたらしい、今まで人を傷つける事しか知らなかった男が、傷つけられる恐怖に震えている。
「そんなにでかいなりをして……! 情けないとは思わんのか!」
人を動かすだけの男らしい、一方的な悪罵を吐きちらす。
だがいくら尻を叩いても、グディは図体を丸めたまま震えるだけだし、ラゼネーはあれこれと言い逃れをするばかり。
らちが開かぬまま時ばかりを空費している。
「くだらない言い訳はいらぬ! 早くあの娘を連れてこぬか!」
そのゾーカもただ声を張り上げるばかりで、自ら動こうとはしないのだからどうしようもない。
たかが小娘一人と侮っているのも理由のひとつだが、なぜ戦士たちが手下二人の邪魔をしたのか、そしてその後どうなったかを冷静に考えてられていない。
だから、天幕に音もなく滑りこむ闖入者たちに、まったく気づかなかった。
「お前がゾーカか」
三人が驚いて天幕の入り口を振り返ると、六人の戦士がそこに居並んでいた。
赤いショオに赤いトジュ。
ソワクとその下に就く戦士長たちだ。
「ウワアアア!」
「い、いやだ! いやだ!」
震えあがるグディとラゼネー、痛めつけられていないゾーカまでもが、彼らの威圧感に縮みあがる。
――こいつらが……?
いずれも筋骨逞しく、先頭の長らしき男は一際でかい。
ーーこれはグディでもどうしようもなかったろう。
「あ、あんたがこいつらを……」
この六人が手下共を叩きのめした、そうゾーカは誤解しているようだ。
説明の必要もないので、ソワクはゾーカの思うままにさせておく。
「サルコリにしては――」
もったいぶった言い方である。
「豪勢な住み家だな」
そう言ってぐるり見まわし、含みのある笑いでゾーカの視線を捕らえる。
まずいと思ってももう遅い。
小物や安っぽい装飾品にあふれた天幕内は、ゾーカが普通のサルコリではない事を如実に表している。
「ラシェという娘を知っているか」
手元にあった女物の衣服をもてあそびながらソワクが問う。
このような物、ゾーカのような者が何に使おうというのだろうか。
大方女を着飾らせ、客をその気にさせようとでもいう魂胆なのだろう。
「し、知らない」
ソワクはゾーカをぶん殴って胸倉を掴み、
「もう一度訊く」
冷たい口調だ。
「ラシェという娘を、知っているな」
求められたのは、返答ではなく同意である。
ゾーカの額で脂汗が玉になる。
――これは……逃げられぬ……!
飄々として見えて、ソワクはまったく抜け目のない男である。
ゾーカごときが言い逃れできる相手ではないのだ。
戦士が狩りの装束で大挙ここに押しかけたという事は、ゾーカの生業の女の斡旋、その全てがベネスに露見してしまったと見るべきであった。
ならばとゾーカは思案する。
露見したのならば、相手の望むものを差し出して、この場を切り抜けるだけの事。
ゾーカはソワクにそっと顔を近づけ、他の者には聞こえぬようにさえずる。
「どうぞ見逃して下さいまし。なんとなれば、お好みの女を用意しますので」
米神に衝撃。
二回転して、ゾーカは顔から地面に叩きつけられる。
その一撃はさっきよりもはるかに強烈で、殴られた事すらしばらく判らなかった。
「俺は自分の妻以外の女を抱くつもりはないし、興味もない」
相手が悪かった。
ソワクといえば知る人ぞ知る愛妻家、色や欲で落ちる男ではないのだ。
殴り飛ばしたゾーカを冷たい目で見下し、
「次はないぞ、いいか」
ゾーカは痛む頭を押さえ、おびえた目でソワクを見上げる。
「ラシェという娘を、知っているな」
「は、はい! はい! 知っています!」
最初からそう言えば良かったのだ。
ソワクは横たわるゾーカにぐっと顔を寄せ、
「その娘は、このたび戦士の妻になる事になった。もしも今後お前が邪な考えを抱けば、」
ぐっと歯をむき出し、
「その時はお前を、その服一枚で砂漠に放逐する」
「わ、分かった! 分かりました! だから! もう許してくれ!」
四つんばいで身も世もなくゾーカが逃げ惑う。
脅しが効きすぎたかと、ソワクもこの辺りで退散する事にする。
「お前たちもだ」
グディとラゼネーを向くと、二人は天幕の隅で身を縮める。
「今述べた事、仔細分かっているのだろうな」
二人は魂が抜けたように、繰り返し頷く。
逆らう気はないらしい。ソワクは満足して引き上げる。
「まあ、こうなった以上、お前たちに先はないと思うが」
そう言い残して。
後に残ったのは、放心するゾーカとグディとラゼネー。
不意に訪れた夏営地の嵐、ヒルデウールのような一団に、彼らは回復できない損害を受けた。
実際グディとラゼネーは、ラヴォフたちと今の集団を区別できていなかった。
そこに立つ全員が戦士長、誰一人とってもラヴォフなど足元にも及ばぬ猛者であると知れば、どんな反応を見せるのであろう。
さて、ソワクたちの訪問は、彼らにとって充分な抑止となったであろう。
天幕内で、灯りを点した絵つきの油皿が、チリと焦げる。
それはソワクら戦士長ですら、所持していない贅沢品だった。
満ちゆく月。
その下で、ラシェがカサを待っている。
場所は、あの白い岩の上。
カサが腰の下に敷くためにここに置いてある布に、寝そべりくるまっている。
この布には、カサの匂いが染みついている。
乾いた、砂漠の匂い。
ラシェはその匂いを胸いっぱいに吸い込む。
脳裏に浮かぶ、気弱げな面影。
だが、いざラシェの危機となれば、その戦士は命さえかけてくれるのだ。
魂をささげて愛される幸せ。
そんな贅沢なものが、この身に与えられようとは。
ラシェはカサを待つ。
今宵は現れないかもしれない。
それを知っていても、ラシェはカサを待つ。
空には、満ちゆく月。