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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
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〈七〉制力

 天幕の入り口に、握り締めた両手をわなつかせ、大きく歩幅をとって立つ中年女。

「私の育てたカサが、嘘つきでも盗人でもあるものか! カサはね、私が育てた中でも、そりゃあ良い子なんだよ! みんなに優しくて、嘘なんか一度もついた事はないんだ!」

 カサを育てたソワニのセテは、悔しくて泣いている。

「私のカサを奪っておいて、片腕を獣に食わせて、その上盗人だの嘘つきだの、言いたい事を言ってくれるじゃないか!」

 セテがつぶて投げの一人につかみかかる。

「カサはねえ! あんたたちなんかに莫迦にされるような子じゃあ、決してないんだよ!」

 だが男はセテをふりはらい、突き倒す。

「アウッ……ッ」

 悲鳴を上げるセテ。

 カサが激怒する。

「母さん!」

 とっさにそう呼んで、またもみ合いが始まる。

 踏みつけにされたセテが、苦しそうにうめく。

 カサが戦士の囲いを抜けて駆けつけ、セテを助け起こす。

「……母さん……!」

「……カサ……ごめんよ、ごめんよ……」

 カサは首をふる。

「逞しくなったね、カサ。お前はもう立派な戦士だよ……」

 セテがうれしそうに笑う。

「……うん。セテのおかげだ」

 ラシェが自分の服を小さく裂き、それを手近な壺の水に漬けて絞り、セテの顔をぬぐう。

「……ありがとう、優しい娘だね……」

 セテが礼を言うと、ラシェもうなずく。

 もみ合いがつづき、つぶてが飛び、カバリが声を張り上げ、戦士が手足を振るう。

 騒ぎは収拾を見せず、自らが騒乱の原因ながら、カサはこの光景を莫迦莫迦しく思う。

――こんな争いは。あまりに無意味だ

 その時である。


 「静まれ」


 地の奥底より響く、地鳴りのような低い声。

 それは決して大きな声ではなかったのに、誰かがそれに気づき、身をすくませる。

 遅れて気づいた誰かが、同じように口をつぐむ。

 また誰かが気づき、そろそろと手の中のつぶてを捨てる。

 そんな風にして静けさの円が広がり、やがて天幕内の全員が黙りこくる。

 それは、威に制された沈黙である。

 誰もが声の主を見、そして次の動きを恐々と見守る。

 天幕の中には、男たちの息づかい。

 誰も言葉を、発せない。

 そして声の主、大戦士長ガタウが、口を開く。

「いずれの者も、そこ迄にせよ」

 戦士階級の男たちでさえ、身を固くする。

 誰もが治めようとしてなし得なかったこの騒ぎを、たった一言で鎮めてしまう存在感。、

 叱られた子供の顔で、男たちは沈黙を持て余す。

 ガタウは言う。

「この場を裁く権限は、職長にも、戦士にも、邑長にもない」

 ガタウが、そちらを見る。

「裁き得るのは、大巫女のみだ」

 皆がガタウから大巫女に視線を移す。

 年老い、耳が聴こえているのかすら怪しい、小柄な老婆を。

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