〈五〉趨勢
戦士たちの集団が乗り込んでくると、情勢は逆転した。
押し寄せる邑長派の者たちは見る間に押し返され、やがてラシェとカサの間に、狭い道が開ける。
「ラシェ!」
「カ、カサ……!」
押さえつけられているラシェは声が出せない。
「だ、黙ってろこのサルコリ!」
そばにいた男が忌々しげにその頭を踏みつける。
ゴリ。
悲鳴すらつぶされる。
「――!」
カサが怒りの咆吼を上げる。
狭い隙間を一気に駆け抜けて跳躍、前を塞ごうとする男たちの頭上を軽々跳び越える。
人間離れした体の動きに、誰もついてゆけない。
ラシェを踏みつけにした男のすぐ眼前、顔が触れそうなほどすぐ傍に、カサが降り立つ。
カサが、男の足から顔へと視線を移す。
異様なその目の輝き、食いしばった歯から漏れた息が、男の前髪をくすぐる。
「……あっ」
風よりも疾くカサの拳が翻る。
顔の骨を目茶目茶にされた男が、同じくラシェを押さえつけていた男たちの上に倒れこむ。
彼らを見下ろしたカサの目にこもるのは、行く手を塞ぐ者あらば容赦なく喰い千切る、純粋なる殺意。
男たちは萎縮し、戦意を根こそぎ奪われる。
「――ラシェ……!」
這いつくばっていたラシェがもがき、這い出て、何とか自由に動けるようになる。
カサがその手を取り、立たせてやる。
頬に張りついた砂を親指で払い、細い体を引き寄せる。
「カサ、もう莫迦……!」
ラシェが首にかじりついてくる。
「ラシェ、やっと来れた。ごめんね……!」
カサがラシェを抱きしめる。
その周りを、ソワクとバーツィたちが取り囲み、誰も二人を邪魔させぬと囲む。
――……何という事だ……!
カバリは唖然としていた。
厳粛なこの集会が、戦士たちによって踏みにじられてしまった。
しかも数で勝っているはずのカバリの手の者はいまや二十名ばかりが倒れて動かなくなり、浮き足立っている。
相対する戦士たち二十余名はみな健在かつ戦意旺盛で、しかも手加減する余裕がある。
瞬く間に仲間を倒され、いまや誰一人戦士に向かってゆく者はいない。
勝負はもはや決してしまっていた。
もとより邑の男は非戦闘員、命をかけて戦う戦士たちに敵うはずがなかった。
砂漠にその名を轟かせる戦士たちの威力を、カバリたちはまざまざと見せ付けられる。
邑長を打ち据えた戦士階級、その記憶は人々の心に残りつづけるであろう。
そして、邑長の権威など踏み潰してもかまわない物だと、誰もが思うだろう。
――そんな事が、許せるものか………!
カバリは憤怒する。
だが、こうなってしまうと彼らを諌める方法がない。
動きの取れなくなった手勢は、助けを求めるようにカバリを見る。
考えもまとまらず、なすべき事すら見つからないまま、カバリは真正面から戦士たちと対決させられた。
「かような無法、ただでは済まぬぞ……!」
戦士たちの前に進み出て、うめくような声でその非を訴えるカバリ。
「貴様らの所業を見ろ……!」
荒れ果てた天幕の中。
壺は割れ、敷き布はめくれ上がり、芯柱は傾いている。
「この様に、厳粛なる会合を踏みにじり蔑ろにして、許されるなどと思うな……!」
「ならば我ら戦士階級に頼らず、生きてゆけばいい。それを選んだのは、邑長カバリだ」
ソワクが先頭で受けて立つ。
彼らはいざとなれば、邑の支援などなしに生きてゆける唯一の集団なのである。
そして邑は、彼らなくしては生きてはゆけない。
カバリは読み誤った。
戦士階級の規律を、今日まで従順さだと勘違いしていた。
それは間違いだ。
厳しい戦いの元で生まれた固い結束、それは砂漠を生きる上で決して侵してはならぬ掟であり、矜持なのだ。
それを踏みにじる者あらば、戦士たちはいつでも牙を剥く。
砂漠でもっとも危険な仕事に従事する男たちの、それは生死の間際で育まれた、何物にも換え難き誇りなのである。