表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第五章 流転
125/176

〈二〉争点

 議場は紛糾したままだが動きがある。

 決定に向けて、心理的な折衝が始まっている。

 意見はすべて出尽くし、後は邑の掟とそれぞれの感情を秤にかけた決定を待つ、最終段階に来たのだ。

 詳しくは次のようなやり取りが、焦点として繰り返されている。

「なるほど、あの戦士の資質は人並み以上だと言う。だがそれが果たして、罪の軽減に値すると言えるのか」

「戦士階級の人間は、罪を犯しても、問われないと言う事か」

「なるほど、罰を受けない戦士ならば、そのような考え方ができるのだな」

 これが邑長側勢力の意見。

 つまり矛先は、戦士階級のありように向いているのである。

 これに応ずる戦士階級側は、

「まずカサの意見を聞いてみるべきだ」

「戦士階級の人間とて、罪を犯せば罰を受けるのは当然である。だが、たかだかサルコリ娘との姦通で、それほどひどい罰を受ける必要はないのではないか」

「カサはこれまでに、多くの獣を斃し、邑に多くの食料や牙、毛皮をもたらしてきた。そういった事も考慮せずにいきなり処分というのは、納得できない」

 という具合に、勢いは弱まりつつあるもの、カサだけは何があろうとも守り抜く、という立場は譲らない。

 新鋭の戦士と、どこの誰とも知れぬサルコリ娘。

 二人への対応の差は、邑においての重要度と立場の違いをはからずも明確にした。

 カサは懊悩する。

――何とかラシェを救えないものか。

 ラシェは、静かだ。

 何も話さず、何も聞こうとしないようにしているとも見える。

 そろそろ頃合いかと、カバリが身を起こし、そして、満場の注目を引くように手をかざす。

「フム、もはや意見は尽きたようだ」

 皆が静まり返る。そして、注目する事によって、裁量権がカバリに移る事になる。

 この後、カバリが断ずる言葉が、カサとラシェ、二人の判決となるのだ。

「戦士といえども、罪には罰で応えねばならん」

「待ってくれ……!」

 遮ろうとするソワクを、バーツィが止める。

「抑えよ戦士ソワク。まだ邑長は何も言っていない」

 ソワクが身を引いたのを確かめ、カバリはまた手を上げて注目を集める。

「とはいえ、掟を破った男は、優秀な戦士であると言う」

 皆が、カバリの言葉に耳を澄ませる。

 そして、充分に間を持たせた後、カバリは厳然と下す。

「戦士には、十。サルコリにも、十。それだけ打ち据える事を命ずる」

――オオ!

 どよめき。

 ガタウを目の敵にしている邑長にあっては、あり得ないほど軽い処分。

 ラシェはともかく、カサならば、十ほど打ち据えられても、やがては回復し、また同じような優れた槍を見せてくれるだろう。

 そして、同じ罰で済むというのなら、カサは必ずカバリに恩を感じるであろう。

 そこまで見越しての決断である。

 戦士階級は一様にホッとした顔を見せるが、対する邑長派は収まらない者もいる。

「待ってほしい! それでは罰が軽すぎはしないか!」

 立ち上がりわめくのは、グラガウノ(機織階級)の職長の一人、エスガである。

 いつもカバリの傍にいる、邑長の意のままに動く、あの男である。

「もはや下った判決だ。覆す事は、許されぬ」

 カバリはチラと戦士たちを見、

「しかし邑長……!」

「控えろ」

 強い口調のカバリに、エスガは文句を押さえ込まれる。

 このやり取り、事前に打ち合わせされていたものである。

 憤る邑人を邑長が抑える事によって、戦士階級に小さな恩を売り、それをいつまでも保持し、今後彼らに対して圧力をかけようとする狙いである。

 むろん戦士階級やその周りの者はそんな思惑を看破してはいるが、不利な状況でそれを指摘しても立場は悪くなるだけだ。

 それでも、この臭い芝居には効果がある。

 議論は一気に収束し、カバリの言葉によって終わりを見せるという事は、実質彼こそ邑の最高権力者であると認めたに等しい。

 唯一対抗できる人間である大戦士長ガタウは、ここまで瞑目をつづけ、一切動かない。

 これにて、討議はすべて終了した。

 皆がそう思ったときである。


「そんなの、おかしいわ」


 女の声。

 皆が驚く。

「だって、その人は何もしていないもの」

 喋ったのは、例のサルコリの娘だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ