幕間
幕間です。
又別の日に、友人が私の別荘に泊まりに来た時も矢張り、夜に成っても彼是と談義に花を咲かせる事に成り、深夜を可也回っても、互いに語る事が尽きなかった。
「所で君の物語だがな」
友人が出し抜けに云う。丁度蓄音機の音が途切れた所で或った。
「例の本、否、本と呼ぶのも憚られる彼の頁束に在る彼の唄だが、翻訳の誤りが、幾つか有るらしい」
「そうなのか?」
私は驚く。この物語の登場人物が語る言語など、細々とした文書の残るのみで、最早識る者すら居ないと思って居たから、まさか翻訳誤りを指摘出来る人間が居る等とは思わなかった所為で或る。
「大陸に発掘に行った折に知り合った男が居てな。何でも、其の砂漠の部族の末裔なのだそうだ」
また驚く。その様な人間が生きて居るとは、思いもよらぬ話で在った。
「末裔、と云う事は、未だ彼らの部族は砂漠に?」
「否、彼の部族は、間違い無く滅びて居る。だが其の遠縁とでも云うかな。彼らの唄を、引き継いで居る民族が、ほんの僅かだが、今も残って居るのだよ」
何とも神秘的な話である。私は其の人間に是非会いたいと頼んだが、
「大陸は海の向こうだ。そう簡単には会えまいよ」
軽く往なされてしまう。海の果てとは返す返すも残念だが、考えて見れば当たり前だろう。私の物語の舞台は、海を越えた遥か大陸の砂漠なので在る。其の末裔が、海の向こうの住人で或る事には、何の不思議が有ろうか。
「若し良ければ、其の正しい歌詞と言うのを、教えて呉れ無い物で或ろうか」
と遠回しに頼んで見ると、
「元より其の積もりで話した。其の知り合いに頼んで、送って貰うよ」
私は嬉しく成り、友人に酒を勧める。
「現金な奴だな。そんな追従を使わないでも、きちんと頼んで置いてやるさ」
其の後暫く、彼女が其の遠い世界の友人の事を語って呉れた。彼は今、当該国の国立大学の学生で、十歳で文字を憶えたそうなのだが、そうとは思えぬ程優秀な若者で或るとか。嬉しげに其の若者の事を話す友人に、軽い妬心を覚えぬでも無かったが、其れよりも始末の悪い好奇心と云う奴が、私を突き動かした。
やがて半月程後、彼女から唄の訳と、私の冊子には載って居ない唄の詩が書かれた紙束が、油紙に包まれ届いた。大方の学者は仕事が遅い事に成って居るが、彼女は其の辺り几帳面な程きっちりとして居る。
私は早速書類を引っ張り出すと、冊子との違いを比べ始めた。其の中でも私は、この物語に良く馴染む方の詩を使用する事にした。如何に私が感情移入して居るとは云え、物語は物語の作法が有り、現実に即する必要は無いと考えたからで或る。
この物語は、極私的な物語なのだから。
次回より最終章、五章本編です。
本日正午に投稿予定です。
カサの最後の冒険とその顛末を、お楽しみに。