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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
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〈三十八〉真の獣

都合により、今日明日明後日と三日間連続で投稿します。

ご了承ください。

 訓練を終えると、そこにカリムが待っていた。

 他の子供は帰ってしまったようだ。

 人影は、カリムのみである。

 また照れくさそうに笑っていて、ずっとモジモジとカサを見つめているので、仕方なくという事にしてラシェのもとに送ってやる事にする。

「帰ろうか。お姉ちゃんの所に」

「うん」

 手に手を取る二人。

 遠目にその姿は、仲の良い兄弟にも、親子にも見える。

 そのカリムの手を引いている時に、シジとばったり会った。

 この子と一緒にいる所を見られたくなかったカサは、気まずそうにする。

 シジも何か言いたげだが、何もいわない。

 あの最初の狩りの遠征以降、シジはカサに敵意を見せる事はなかったが、話しかける事もなくなっている。

 目礼のみでカサはシジの横を通り過ぎた。

 自分から話す事など何もないし、それはシジも同じだろう。

 だが、シジにはカサに話す事があった。

 シジが呼び止める。

「……カサ……」

 カサはふり向く。

 シジが深刻な表情で何かを言いたげにうつむいている。

 何も聞きたくはないと、カサはそのまま行き過ぎようとするが、

「昼間、ウハサンが来た」

 シジは何を言いたいのだろうか。カサは、ウハサンという名に、心を騒がされる。

「……お前の、女をさらって、どうこうすると言っていたんだが……」

――女!

 カサの反応は、激烈であった。

「いつ!」

「ひ、昼間だ。仲間を集めてると、言っていた。ラヴォフたちにも声をかけるって……!」

 カサは走る。カリムを肩に抱え上げ、

「カリム! 君の天幕を教えて!」

 あまりの剣幕に、カリムがおびえる。

 カサは走る。ひたすらに走る。

 あっという間にサルコリの集落にたどり着き、

「どこ?」

「あそこ……」

 カリムの指差す天幕、粗末なウォギの戸布を跳ね上げる。

 中には誰もいない。

 ただ虚しく、夕食の用意が整えられている。

「ラシェはどこに行ったんですか?!」

 傍にいたサルコリ女は、まずカサの剣幕に驚き、そしてその男が戦士である事にもう一度驚く。

「さ、さっき、カリムを探しに行ったきりだよ……」

 カサは歯噛みする。自分がもう少し急いでいれば。

「この子をお願いします!」

 サルコリの女にカリムを預け、カサは走る。

「ラシェ!」

 名を呼べど、答えはない。

「ラシェ!」

 みな驚いている。サルコリの集落に、よりによって戦士がいるのである。それも女の名を叫びながら。もはや椿事と言うより重大事件である。

「誰か! 誰かラシェを見なかったか!」

 みなおびえて首を振るばかり。そこに、ほうほうの体で走ってきた二人の男の姿がある。

「ヒィ! ヒィ!」

 ヨレヨレになった二人が、カサを認めてビクリと身を震わせる。

 カサが直感する。

「ラシェはどこだ」

「ヒイエ! たす、助けてくれ!」

 逃げ惑う二人を引っつかみ、投げ倒す。

 ゾーカの手先のこの二人は、集落でも疎まれている。

 たとえ相手がカサでなくとも、二人を助ける者など、いようはずがない。

「ラシェはどこだ!」

 片手でいっぺんに二人の胸ぐらをつかみ、もの凄い剣幕のカサに、グディとラゼネーが揃って自分たちが駆けてきた方向を指す。

「クッ!」

 カサが風よりも早く走る。残されたサルコリの集落は、嵐の後のように静かだ。

――間に合ってくれ……!

 カサが走る。

――ラシェ!

 ラシェが傷つけられるやもしれぬ、という恐怖に心が叫ぶ。

 だがどこにもラシェの姿など見えない。荒涼とした砂漠が、ただ沈黙しているだけだ。風が吹き、耳もとで舞う。

 砂漠は何も答えない。

 その時、風を悲鳴が引き裂いた。

 鼓動が鳴る。

 ラシェの悲鳴だ。

 間違いない。

 ラシェの悲鳴なのだ。

 聞き間違うはずがない。

 カサの全身に轟然、殺意が満ちる。

「ラシェ――――――――!」

 走りながら、絶叫する。

 そして、集落からは死角になっていた枯れ谷を見下ろした時、カサは聞いた。

「カサ!」

 ラシェの声。

 服を裂かれ、裸にされたラシェと、それを押さえつける、六人の戦士たち。

 頬が赤らんで少し腫れ、鼻から血が滴っている。

 そしてあの涼しげな目からは、大粒の涙が。

 カサが一瞬で沸騰する。


「……何を、している……!」


 己の喉から出たとはとは思えぬ、低く太い声。

 全員が、身を縮める。

 カサが絞り出した言葉、声、そして怒りに激る穴の如き目。

 その姿は、ガタウそのものであった。

次回、四章最終話です。

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