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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
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〈三十六〉蝟集

 ウハサンがトナゴを訪ねると、太った腰紐抜けは、昼間から酔いつぶれていた。

「お前は、何をしているんだ」

 この男の怠惰ぶりには、ウハサンでさえ腹がたつ。

「うるせえなあ! ほっといてくれよ!」

 ろれつの回らない口調でわめきたてる。

 此度の狩りで、カイツが死んだ責任は何もかもこのトナゴにある事、その場にいたすべての戦士が目撃した。

 思えば、あの夜取り乱してヤムナやブロナーが死ぬきっかけも、この男の逃走だった。

 背には包帯が巻いてあるが、傷は浅手で、それを大げさに見せる事によって処罰の引き伸ばしを図ろうというのだ。

「俺は、逃げてなんかないんだ……」

 後はひたすら言い訳するつもりなのであろう。

 あまりの腰紐抜けぶりに激しく苛立つも、ウハサンはぐっとこらえる。

 上手くいけばコールアを抱けるのだ、短慮するわけにはゆかない。

「……あいつ……カサの、野郎のせいで……!」

 ブツブツと酒臭い息で、カサの悪態をつく。甲虫のザラサイ、フンコロガシですら、この男よりはまだ誇り高い。

「カサが憎いか?」

「……だ……」

「どうなんだ? トナゴ」

「……当たり前だ……」

 トナゴがすすり泣く。

「あいつが、あいつがいなければ、俺は戦士でいられたのに……!」

 いなければトナゴは死んでいたであろうし、決定的とはいえまだ処分は下っていない。

 まさしく腰紐抜けだった。

「カサを傷つけてやりたくはないか?」

「……何がだ……」

 ウハサンは、例の嫌らしい笑いを浮かべて、

「ラヴォフは加わると言ったぞ」

 トナゴが、聞き入る姿勢になる。

「ウハサンお前、何をする気だ?」

 酒臭い息に顔をしかめながら、ウハサンはその思惑を詳しく話した。



 夕暮れが近くなり、カリムの姿が見えないのに気づいたラシェは、あわてて弟の姿を捜す。

「カリム? カリム!」

 夕食の用意ができたというのに、一体どこをほっつき歩いているのか。

 ラシェは隣接する天幕の、仲の良いサルコリ女に訊くが、女は知らないという。

 陽はかなり傾き、ラシェは本格的に心配し始める。

「カリム! カリムー!」

 サルコリの集落を隅々まで探しても、カリムの姿は見つからず、ラシェは枯れ谷の中など、周りから目につきにくい場所を捜しはじめる。

 それがいけなかった。

「カリムは、いない」

 ラシェの手を、強くつかんだ者がいる。

 鈍重な目をした大男、グディだ。

 ラシェが息を呑む。振り切って反対方向に逃げようとした所を、別の男にはばまれる。

 卑屈な賢しさが目に現れている、ラゼネーだ。

「……何よ……」

 精一杯気丈に振舞うラシェだが、その両腕は後ろ手に回され、グディに捕らわれてしまっている。

「素直についてくれば何もしない」

 ラゼネーが気味悪く笑う。

「だが、暴れれば、痛い思いをする事になるぞ」

「離して!」

 ラシェはラゼネーの言葉を無視してもがく。

 その様子をグディは喜び、薄笑いを浮かべながらラシェに抱きつく。

 臭い息が首筋にかかり、ラシェの肌があわ立つ。

「誰か! 助けて!」

――カサ!

 喉元まで出たその名をこらえたのは、最後の一線だからだ。

 この関係が露呈すれば、すべてが終わる。

「うるさい! 暴れるな! グディ! ちゃんと押さえておかないか!」

「う、うるせえ! 指図すんな!」

 グディは相棒の小男が、いつも自分を手下のように扱うのが気に入らなかった。

 ラゼネーはラゼネーで、ゾーカからこの小娘には傷一つつけるなと面倒な事を言い渡されていて、手を出しあぐねている。

 そこに、小さな隙ができる。

「いや!」

「あ!」

 ラシェがグディに咬みつき、手を緩めさせてすり抜け、逃げ出した。

「ま、待て!」

 ラシェが逃げ、二人の男が追う。

 だが所詮女である。身の軽いラゼネーに、やがて追いつかれてしまう。

「いや! 離して!」

 とらわれれば、そのままゾーカたちの慰み者になってしまう。

 それが解りながら、ラシェの力では逃れようがない。

「うるせえ女だ! 静かにしなきゃ、痛い思いをするって言ってるだろうが!」

「お、お前、逃げるな!」

 猛烈に暴れるラシェを、二人がかりで押さえ込む。

「おい」

 ぶっきら棒な男の声。

 ゴン!

 まずラゼネーが殴り飛ばされた。

 容赦のない一撃。

 後ろ側に転げまわりながら、ラゼネーの口元は血だらけにになってしまっている。

「ひっひでえ!」

 悲鳴は、言葉になっていない。

 ラシェがそちらを見ると、赤いショオとトジュ。

――……カサ?

 一瞬そう錯覚したが、戦士装束は一人ではない。

 数えて、六人。

 そのうちの一人、酷薄な笑みを浮かべた一番背の低い男が、ラゼネーを殴り飛ばしたようだ。

「その女には、こっちも用が有るんだよ。手前らは引っ込んでな」

 端から相手を侮辱する姿勢だ。グディがカッと来て立ち上がる。

「何だとおう……?」

 怒りに顔を赤らめ、どでかい握り拳にグッと血管が浮く。だが背の低い戦士はひるむ事もなく、

「何だ? 殴られたいのか? ハ! 来な! このロバ野郎!」

 鈍重で、縦に長くでかい顔。

 確かにグディはロバに似ていて、いつでもそれを言われると我を忘れて激怒した。

「何だとおう!」

 だがグディの怒りにまかせた拳を見切り、戦士は鼻っ面に自分の拳を叩き込む。

「グエ!」

 つづいて第二撃、もう一方の拳が後頭部を打つ。声もなく悶絶するグディ。

 だがぶっ倒れた巨体を、戦士は執拗に蹴りつづける。

「ヒイエ! やめて! やめてくれ!」

 情けない悲鳴を上げる。これまでグディは、殴り合いで負けた事などなかった。

 それは体躯貧相なサルコリを相手にしていただけであり、命のやり取りをする赤い衣装の戦士に敵う訳もなかった。

 頭を振って立ち上がるラゼネーが最初に見た光景は、さして大きくもない戦士が、グディを好きなように打ちのめしている姿だ。

――殺される!

 あのグディをこうも簡単に打ちのめすその強さに、ラゼネーは震えあがった。

 グディを痛ぶりおえた戦士がラゼネーに気づき、近づく。

「た、助けてくれ!」

 ゴキ。

 顎を拳でかち上げられ血の糸が飛ぶ。痛みに転げまわり、それからほうほうの体で逃げ出す。

「ま、まあってくれえ!」

 グディもラゼネーを追いかけ、転げつまろびつ、逃げ出す。

 ラシェはそのすべてを、呆然と見ている。

 そして、背の低い戦士、ラヴォフがラシェを見て、凶悪な笑いを浮かべる。

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