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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
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〈三十〉戦霊

 カイツは、日の沈まぬうちに狩り場に葬られた。

 どの社会にも、死者を弔う独自の文化がある。火葬、鳥葬、埋葬など。彼らの文化は埋葬という形を取っている。それもごく素朴な埋葬で、棺桶のような器を用いない。人は死ぬと、魂が肉体を脱け出し、砂漠に漂うとされているので、魂を閉じ込めるような手順は極力避けられる。

 さらに、戦士階級は邑から離れた場所で命を落とす事が多いので、彼らの為だけの特殊な葬送の儀がある。

 埋葬は、まず縦に長い穴を掘る。

 深さは約七トルーキ(二メートル強)。

 この穴に手足を折りたたみ、膝を抱くような姿勢で死者を収める。

 ここまでは、部族一般の葬儀と同じ。

 違うのは、死んだ戦士が使っていた槍先を用いる事だ。

 魂が肉体と結合するとされている場所、肋骨が胸の前面で集中する胸骨のすぐ下で、そこに革紐で死者が使用していた槍先、コブイェックの牙を結びつける。これは解剖学でいうところの心臓の位置に当たる。鼓動と人間の魂魄について、彼らの民族がこの二つを関連させている事は非常に興味深い。

 カイツの埋葬は丁重に進められた。

 清拭された遺体の手足を折りたたみ、胸元に牙を結びつけた状態で、戦士によって掘られた深い穴に下ろされてゆく。

 当人が使っていた槍身を用いて、緩慢に沈められてゆくカイツの体が穴の闇に消えると、カサは目を閉じる。

――ああ、カイツ……。

 あれほど望んだ戦士に、ようやくなれたというのに、こんなにも早くその生を閉じてしまうとは。

 カサは胸に耐えがたい痛みを覚える。

 それは心の痛みのはずなのに、実際に体に刺されたように息が苦しい。

――守ってみせると、決めたのに……。

 カサはうつむく。

 ずっと握り締めたせいで、手にはもう感覚がない。

――この命に代えても守ると誓ったのに。

 カイツの笑顔が目に浮かぶ、勝気な少年の笑顔。

――なのに、どうして……!

 握りこぶしの内側の皮膚が破れ、血がしたたり落ちる。

 更なる苦痛を求めている。

 心に何か大きな重圧がかかったとき、苦痛に救いを見いだす戦士は多い。

――僕は、何の力も持たない人間なんだ。

 周囲から優秀な戦士だと言われただけで、何を慢心していたのだろう。

 実際にはこんなに小さな少年一人守れぬというのに。

 もしも叶うならば、この命を砂漠に捧げて、カイツを取り戻したい。

 未来ある彼に、もっと人生の楽しみを与えてあげたかった。

 だが幾らそう願えど、カイツが再びカサにあの笑顔を向ける事は二度とない。

 カイツを納めた穴に、掘り出した土がかぶせられてゆく。

 カサの目蓋に焼きついた、胸元に輝く獣の牙。

 血にまみれた事のない真っ白な槍先。

 それはまるで汚れを知らぬカイツの魂のようだ。

「戦士カイツが、ここに眠る」

 霊詞を詠よむのは、大戦士長ガタウ。

「戦士カイツの魂は戦霊となりて、我ら戦士を見守る事だろう」

 獣を狩る槍先に導かれ、戦士の魂はここ狩り場で、まだ生ける戦士を見守るとされている。

 その教示こそこの血で獣と戦う戦士たちの慰めになるのだろう。

 強く閉じた目から涙がこぼれ落ち、食いしばった唇から滴り落ちる。

 カイツの魂を見送る戦士長としてうつむくカサの背を、多くの戦士が見つめている。

 砂漠に陽が落ちる。

 また一つの魂が、砂漠に落ちる。

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