表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
111/176

〈二十八〉凶兆

 だがその決意とは裏腹に、カサを動揺させる事件が、ついに起こった。

 発端はウハサン。

 時は朝。

 場所は、狩り場の宿営地であった。



「おいカサ」

 背後からウハサンに呼ばれる。

 えらくにこやかな態度に、カサは内心身がまえる。

――何をしに来たんだ。

 笑顔の下には、裏がある。

 折りしもその日、狩りへの出発の直前であった。

 朝の気だるいさざめきが戦士たちを被う中、いったいカサにどのような用があるというのだろう。

「元気か?」

「うん」

「俺もだ」

 貼りついたような笑み。

「驚いたよ、カサ」

 たまらなく嬉しそうに、ウハサンが言う。

「まさか、相手が」

 その先の口の動きが、カサにはまるで、水の中で揺らぐ茶葉のように緩慢に見える。

「サルコリだったなんてなァ」

 その言葉に、最悪の想像がカサの全身を駆けめぐる。

 足元が崩壊し、落下するような浮遊感。

 地面が大きく傾いたように思えた。

「お前も案外」

 ウハサンが親しげにカサの肩をたたく。

「火遊びが好きだな」

 ウハサンはそのまま去ってゆくが、残されたカサの頭の中では、彼が残した言葉が渦巻いている。

――サルコリだったなんてなァ。

 耳鳴りがする。

――サルコリだったなんて。

 破滅のうなりが、耳の横まで迫ってきている。

――サルコリ。

 喉が、やけに渇く。

――ラシェ……!

 平穏で幸福な時間が、今、終わる。



「戦士長?」

 すぐそばでカイツが呼ぶ声を、カサは聞いていない。

 そろそろ狩りに出ないと、隊列に加われない。

 立ちすくむカサを急かすために、カイツは声をかけたのだが、

「どうしたんですか? 戦士長」

 カサの目には、何も見えていない。

 どこか遠くを見てはいるが、そちらには何もない。

 おぼつかない足取り。槍を握りしめた手が震えている。

 カイツはラハムに助けを求める。

 だがラハムが顔を覗き込んでも、カサの様子は変わらない。

「戦士長。どうした戦士長」

 肩を揺すると、怯えたように振り返る。

 ひどく動揺している。

「あ……」

 そこに至ってようやく、三人の部下が、全員怪訝な眼でカサを見ているのに気がつく。

 カイツやラハムは言うまでもなく、トナゴまで妙だといった顔でこちらを見ている。

「どうした。何かあったのか?」

「いえ……」

 カサはあわてて目をそらし、何かをふり払うように首を振る。

「なんでも、ないです」

 何とか平静を装うが、動揺は隠せない。

 早足で歩き始めるカサを追いながら、ラハムはカイツを呼びつけ、

「バーツィの所に行ってくる。カサから目を離すな」

「は、はい!」

 ラハムは小走りで使いに出る。年に似合わぬ身の軽さだが、動きには焦りがある。

――これは、由々しき事態だぞ。

 いくらカサが優秀な槍持ちとて、あの様子では事故も起こりうる。

――となると、バーツィとリドーが狩りを主導する事になるのか……。

 となると危険な一の槍と終の槍、どちらにも不安がつきまとう事になる。

 二人とも、優秀な槍持ちだが、カサやソワク、ガタウといった面子よりも、槍際の安定性では落ちる。

 そして何より、リドーは二十五人長になって日が浅い。

 経験が絶対的に不足しているのである。

 ラハムが槍を持てれば。

 そうも考えたが、衰え著しい自分では、リドーと似たようなものだろうと歯噛みする。

――ガタウが力を貸してくれれば良いのだが……。

 言っても始まらない事ばかり頭の中を駆けめぐる。

 生半な理由では、ガタウは手を貸そうとしないであろう。

 このような事態も、カサが一人で越えねばならない試練と判断するかもしれない。

――せめて後衛にまわってくれぬものか。

 ふと、苦しまぎれに考えた。

――後衛、か。

 良い考えかもしれない。

 二列目にガタウがいれば、危うい狩りも確実さを増す。

 何か事故が起こっても、被害が最小限で抑えられる。

――そうと決まれば、まずバーツィに話を通さねば。

 ラハムが走る。

 嫌な予感が、老いた戦士の胸の内を、黒く焦がしている。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ