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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
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〈二十七〉戦士カイツ

 狩りの遠征も終盤にさしかかった時の事である。

 カイツが、顔を腫らして現れた。

「どうしたの?」

 だがどう聞けど、カイツは口をつむぐだけ。カサは、思い当たる事を言ってみる。

「もしかして、トナゴ?」

 カイツの唇が、震えた。それでカサは確信する。

 トナゴが、カイツに腕力を振るったのだ。

――なんて卑劣な奴だろう。

 トナゴの弱い者への横柄は戦士にあらずとも有名である。

 それにしても、あんな年になってこんな子供にまで手を上げようとは。

「僕は誰にも言わないよ」

 カサはカイツの首筋をもんでやる。

 よくブロナーが、カサにそうしてくれたように。

「それでも言えないかい?」

 カイツが唇を尖らせて、舌先でぽつぽつと話しはじめる。

「あいつが、戦士長の悪口を言ったんです」

「ふうん」

「戦士長は腰紐抜けだって。あいつのせいで昔死人が出たんだって」

 なるほど、トナゴの言いそうな事である。

 そういえば遠征の初日にも、二人は険悪な空気をしていた。

「それで?」

「俺、頭にきて、そんなのウソだって。腰紐抜けはお前の方だって。みんなそう言ってるって」

 なんとも直接的な言動である。

 それでもカサは、そこまで思ってくれているカイツに胸を熱くする。

「そしたらあいつが……!」

 悔しげに、涙をこぼすカイツ。

「泣かないで。僕をかばってくれたのは嬉しい」

 カイツが本格的に泣き出したので、カサはその頭を抱えこみ、涙を受けとめてやる。

「でもケンカはいけないよ。それは、戦士の掟に反する事だ」

 カイツの興奮を鎮めながら、カサはトナゴには一度きちんと言い聞かせねばならないと思った。

 だがその決意はすぐに立ち消えになった。

 トナゴもカイツと同じくらい顔を腫らしていたのである。

 殴った分は、やり返されているという事だ。

 これではトナゴに何も言えず、今さらカイツも叱れない。

――カイツも結構やるな。

 そう思った事は、胸の内にしまっておいた。



 カサはある時、カイツに訊いてみた。

「カイツ。お父さんの事、憶えているかい?」

「はい! 憶えています!」

 返事があまりにも元気が良かったので、もしかしてカイツは、ブロナーの死にカサが関係しているのを知らないのではないかと思った。

「どんな人だった?」

「ええと、大きい人でした。すごく強そうで、でも優しい人で、狩りが終わると必ず天幕に来てくれたんですよ」

 カサの記憶にあるのと、同じブロナーの姿を、カイツは知っているのだ。

 感慨が胸に、ひしひしと迫ってくる。

「君のお父さんは、僕の戦士長だったんだ」

「知っています!」

 カサは不思議な気持ちになる。あの後、ブロナーやヤムナの死はカサに原因があると聞かされたはずだ。

 なのになぜ、カイツはカサにこれほど懐くのだろう。

「みんな、僕が君のお父さんを殺したって言った。僕が逃げたせいで、狩りが壊れたって。なのに君は、僕を恨んでないの?」

 カイツはぐっと黙り込み、それからはっきりと言った。

「最初、話を聞いたときは、頭にきました」

 それはそうだろう。カサは目を閉じて次の言葉を待つ。

「でも、そのあと戦士長が、だんだんすごい戦士になってるっていう話を聞いて、おかしいぞと思って」

 カイツに、特に興奮した様子はない。

「それで、ラノに会いたいって頼んだんです」

「……祭りのときの?」

「そ、そうです! あの時、憶えてくれてたんですか?」

 カサがうなずくと、カイツは嬉しそうにする。

「あの時初めて戦士長を見て、俺、思ったんです。この人は、逃げていないって」

 カイツは、真剣である。

「この人は、絶対に逃げてないって」

 カサは、感動している。

 どうしてそんな風に信じてくれたんだろうか。

「こんな人になりたいって思いました。だから俺も、戦士になろうって、決めたんです」

「……そう」

 カイツは、真剣な顔でカサを見る。

「逃げてませんよね、戦士長」

 何かを請うような目で、カサを見る。

「戦士長は、逃げたりしていませんよね」

 カサは、カイツに真っ直ぐ向かって言う。

「うん」

 カサは、はっきりと言う。

「僕は逃げていない。絶対に、逃げてなんかいない」

「やっぱり……!」

 カイツが安堵した顔を見せる。

 目に浮かぶ涙は、今までため込んだ悲しみの発露であろう。

 カサもまた、誰にも言えなかった事実を口にする事によって、心の重荷が一つ下ろせた気持ちだった。

「戦士長、訊いても良いですか?」

「なんだい?」

「俺の父って、どんな戦士でした?」

「大きくて、強い人だったよ」

 カサは笑い、

「それに、優しかった」

 カイツが喜色満面になる。

――絶対に、この子を無事に邑へと連れて帰ろう。

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