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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第一章 少年
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〈十〉狩りの後先

 その夜は、にぎやかであった。

 今年初めての狩りの無事に、戦士たちはあちこちで焚き火を囲み、祝杯をあげている。

 獣の肉の一番良い部分を戦霊にささげ、残った部分を大いにほおばっている。

 唄を謡い、興に乗ったものは戦霊をたたえて踊り、笑いを誘っている。

 彼らから少し離れて、仙人掌酒のまわった赤く陽気な顔そして顔を、ガタウが見つめている。この場では彼一人、酒を楽しんでいない。

――酒は、心に隙を生む。

 苦い経験があるのだろう、ガタウはもうずいぶん昔から酒を完全に断っている。

 彼が酒を飲まなくなった理由を知る者は少ないが、彼が酒を飲まない事は皆が知っている。

 だから誰も、彼に酒を勧めない。

 戦士たちとて、浴びるように飲んでいるわけではない。一夜の酒量は厳しく定められている。

 皆が狩りの成功にうかれる中、彼一人が静まった風に包まれている。

――今年は死者が出ずに済むかもしれんな。

 そんな楽観を口にするものもいたが、今この刹那、獣が襲ってこないと誰が言えるだろうか。

 獣、コブイェックは夜行性の肉食獣である。日の高いうちは巣にこもり、太陽が落ちると活動をはじめる。鋭い爪で、飢えた牙で、小型や中型の動物を引き裂き、喰らうのだ。

 そこには無論人間も含まれる。

 狩り場と呼ばれるこの肥沃な土地に、人が集落を作れないのは、ここがあの巨大な四足獣の生息地だからだ。

 戦士と呼ばれるえらばれた屈強な男たちのみが、この狩り場での行動を許されている。

 その戦士でさえ、集団でなければこの地は歩けないし、一月(29日)を超えては居られない。

 狩り場、彼らの言葉でいうならばノエズィップナヒングルィを翻訳すると「死の匂いの風がただよう土地」となる。

 狩りが終われど危険が去ったわけではない。

――狩り場を離れるその時まで、気を抜く訳にはいかぬ。

 戦いの場において熟練者の油断は、未熟者のおびえと同じくらい性質がわるい。

 ガタウという男は全身、常に戦士なのである。

 そんなガタウから一番離れたところに、小さな火を囲む輪がひとつある。その数は十人にも満たないが、他の輪にくらべて、盛り上がりでは負けていない。

 面子にはヤムナやウハサンやトナゴ、カサの姿もみえる。新星たちだけの集まりのようだ。

「あんなにデカい生き物だとは思わなかった」

だの、

「いや、聞いていたのよりは小さかった」

だの、

「あれでも獣としちゃあずいぶん小さいらしい」

だのと言った、いかにも未熟な戦士たちがやりそうな話題を、互いに知ったかぶった顔で声を張り上げている。

 カサはブロナーの所に移りたかったのだが、「お前も来い」とヤムナに無理やり引きずられてしまい、しかたなしにその円陣に加わっている。

 同期といえど三歳も年上の彼らとは打ち解けられず、その場を離れたかったのだが、右どなりのヤムナがカサの首を抱えるように腕を回しているために、それも言い出せない。

「だけど、この中で一番最初に獣に立ち向かったのは、俺たちの隊だぜ!」

 いつもよりえらぶった顔で言うのはトナゴ。

 だいぶ酒が回っているらしく、眼はドロンとにごり、肉づきのよい頬や鼻は、焚き火に焼けて真っ赤になっている。

「ハッハ! 言うぜトナゴ! カサの後ろで縮こまっていたくせに!」

 誰かが言うと、皆が大笑いした。

「俺も見た。こいつ背中丸めてベソかいてやがった!」

 さらに笑いの輪が広がる。トナゴの腰紐抜けぶりは、皆が知るところだ。

「かいてねえよ!」

 トナゴが真っ赤になって反駁する。この男、体格は悪くないが、腕っ節をふりまわす度胸はない。

「なんだよ、俺に逆らうのか? 腰抜けトナゴ!」

 ムッと来たようだ、向かって立ち上がったのはラヴォフという男だ。こちらは体つきは小さいが、気は強い。

 トナゴは、眼に見えてうろたえ、

「べっ……別に、やるとか、そんなつもりは、ねえよ」

モゴモゴと口先で言う。

「じゃあどんなつもりだって言うんだ? でかい声で言ってみろ!」

 顔をぐっと寄せ、力が内側にこもった声で言うラヴォフ。

 他人をいたぶることには容赦のない男で、カサもその凶暴性はよく知っている。

 小動物を残酷に殺すのが好きで、時にその凶暴性は大人にも及ぶ。まだ十七歳(約十四歳)だというのに、もう周りの大人からは手のつけられない乱暴者と見られている。

「おい、やめとけ」

 低い声でヤムナがたしなめ、トナゴがビクッと、背を震わせる。

「何だって?」

 ラヴォフが鋭いままの目を、ヤムナに送る。

「狩りのあいだの喧嘩は」

 ヤムナはその視線を真っ向から受け、

「禁破りだってことぐらいは知ってるだろう」

 ラヴォフがひるむ。

「チッ!」

 プッとわきにつばを吐いて、悔しそうに元の地面に尻を戻す。

「まあ、俺たちはよくやってるさ。毎年、最初の狩りでは死人が出るんだからな」

 ヤムナが、気まずくなった空気を追い散らすように言う。

「だろ? その辺は、誰も文句は言えねえはずだ。あっちにいる戦士長たちだってよ!」

「あ、ああ」

「たしかにな」

 取りまきたちが、次々と追従する。

 カサは、傍らのヤムナをみた。

 乱暴物のラヴォフをおさえ、トナゴを守った。

 これまでカサがヤムナに持っていた印象といえば、体が大きくて力をかさにきた、ラヴォフと同じような人間であろうと思っていたのだが、それは違うのかもしれない。

――ヤムナは、わるい人間ではないのかもしれない。

 強いけれど威張らない、例えばブロナーのような人間なのかもしれない、そう思ったのだ。

 もちろん実際には違う。

 周りの者に絶えず目をやるのは、それがいつか彼にとって有利に働いて、身を立てるのに役に立つであろうからだ。

 ヤムナは野心家である。

 戦士社会は年功序列でありながらも、実力主義的な部分も色濃く残している。

 命をかけた狩りを生業にするのだ、他の職能集団のように能なき者を立てる余裕はない。

 その中でヤムナは、自分抜きん出た優秀さを疑わない。

 コールアと結婚し、やがて邑長になるであろうと信じている。

 そうなるまでに、戦士階級にも強い影響力を保持したいと考えていた。

――そうすりゃ、大巫女マンテウの婆にくだらない横槍を入れられることもなしに、部族を思い通りに動かす事ができる。

 そんな大それた考えを持っている。

 実際彼にそれだけの力が有るかどうかはさておき、このヤムナという男、まだ若いとはいえ心身ともに並外れているのは確かである。

 取り巻きたちは、そんなヤムナに頼りがいを感じている。

 一人でいることのできないトナゴのような者は特に、彼の強い庇護力を必要としている。

 ヤムナ自身もまだ若く実績もないので、周りの信頼を必要としている。味方でいるかぎり見捨てられたりはしないだろう、そんな打算もはたらいている。

 歳幼く、性格もおだやかで裏表がないカサにはない資質だ。

 戦士たちの囲む小さな炎が、緩やかに星々へと上ってゆく。

 天球は瞬く星々を孕みつつ、物言わず彼らの営みを見下ろしている。


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