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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
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〈二十三〉到着

「どこに行ってたの?」

 戻ったカイツに訊くと。

「あっちのほうで、こんなでっかい獣がいて、みんなで追いかけてたんですよ!」

 カサの横に座り、しぐさで説明する。

 きっと、砂ギツネかコウクヅあたりでも見つけたのだろう。

「狩らない獣は殺しちゃいけないよ」

 笑ってたしなめる。

「みんな走って追いかけたんだけど、追いつけませんでした。もの凄く速いんですよ!」

 カイツには聞こえていないようである。

 カサも、似たような事をした覚えがある。そのうちに、カイツが喋り疲れて眠そうに目をこすり始める。

 本人がそう望むので、カサはカイツと同じ夜具で就寝する。

 ラハムも同じ夜具で寝る事になり、カサと二人でカイツをはさむ形になる。

「カイツは、戦士長ブロナーによく似ておるな」

 背を向けたまま、ラハムが言う。

「そんなに似ていますか?」

「そっくりだ。ブロナーも新米の頃も、そんな風に生意気だった」

 ラハムは可笑しそうに言う。

 懐かしげに笑う顔は、カサからは見えない。

「戦士長ブロナーを、よくご存知なのですね」

「ブロナーの初めての戦士長は、俺だった」

 ラハムが体をひねり、横目でカイツとカサを見る。

 それから体を戻し、

「ブロナーが戦士長になったとき、カイツはまだ六つだった」

 それでもう話は仕舞いだ、とラハムの背中。カサはラハムとカイツを交互に見、ブロナーの事を少し考える。

――戦士長も、こんな頃があったんだ。

 自分より年の若いブロナーを想像して、カサに微かな笑いがこみ上げてくる。

 それからまだあどけないカイツの寝顔を見る。

――こうしていると、本当に子供だな。

 無邪気さを残した寝顔を覗きこみながら、カサは思う。

――戦士長も、僕を見て、同じように思ったのだろうか。

 思ったからこそ、カサの力になってくれたのだろう、あの時分のカサは、ラハムよりまだ三つも小さかったのだ。

――何があっても、この子を守ろう。

 風が吹く。

 風雲急を告げる風が、やがて彼らを吹きさらす。



 夏営地を出て十日。戦士たちが狩り場に到着する。


 真実の地の巨岩、そして眼前の砂に煙る風景を前に、新顔たちが立ちすくむ。

「これが、狩り場……」

 カイツが絶句する。

 彼らは初めて訪れた戦士たちが皆そうであったように、上にぬうと突き出した途方もなく大きな岩から目が離せない。

 そんな光景に慣れた戦士たちは、野営地に各々場所をとりながら、重い荷物を下ろす。

 カサ率いる組も、隅に居場所を作る。

 カイツはやや緊張した面持ちながら、高ぶりを抑えられぬ様子でカサに従う。

 ラハムも辛抱強く、カサの指示の通りに動いてくれる。

 トナゴも無言でカサに追随している。

 カサは気に入らないが、ラハムの前で堂々と反抗するほどの気骨はない。

 心配の種は尽きないが、その場はラハムに任せて、カサは長の集いに顔を出す。

 一日三度、朝、昼、晩に戦士長たちは大戦士長の元に集う。

「遅いぞ」

「ご免なさい」

 雑事に手間どって、遅れて姿を現したカサをソワクがたしなめる。

 ガタウが告げる。

「今から半刻後に狩りに出る。バーツィが右、リドーが左、ソワクとアウニが中央で進む」

 四人の二十五人長がうなずく。

 新顔のアウニはラハムに代わって任命された二十五人長だ。

 淡白な顔の三十男だが腕は確かで、なおかつ部下の把握に長けている。

 ガタウの方針にあわせて、各二十五人長が部下の戦士長たちを細かく指図する。

 カサを指導するのはバーツィ、ラハムを含む隊を率いるとなると、年長で経験豊富な彼がもっとも適任なのだ。

「カフ、イセテ、セイデの順に左方向に展開しろ。セリブとカサは右側、中央寄りだ。これが今年最初の 狩りになる。油断するな」

「はい」

 戦士長たちが唱和し、各々散ってゆく。カサも自分の隊に戻り、待っていた三人に指示を伝える。

「左方向に展開する事になりました。僕らは中央寄りです」

 最初にラハムに伝えると、

「そういう事は、みんなを集めて一度に言わねばならん。部下の間に上下を作らせてはいかんのだ」

 辛抱強く言い聞かせるように言う。

「あと、喋り方も弱々しい。戦士長の指示は命令だ。従わぬ者には、罰が与えられるのだと声で知らせねばならぬ」

「はい」

 カサが頭を下げるが、これではどちらが戦士長なのだか判らない。

 それなりの風格を身につけるには、まだまだ訓練が必要だ。


「トナゴ、カイツ、こっちに来て」

 ラハムの言葉に従い、カサはトナゴとカイツを呼び寄せる。

「左側から展開する事になった。僕らは中央寄りだ。出発は半刻後。いいね」

 語尾に承諾を求めてしまうところがカサである。

 あとできちんと矯正せねばならないなと、ラハムは内心考える。

 そして、あの堂々とした戦い方からは想像できない人当たりの柔らかさも、懸念している。

――あれで人は率いられまい。

 長たるもの、狩りに際しては断固とした態度で挑まねばならない、

――あれだけ厳しい槍を見せるのに、普段はこの様に柔弱なのだ。不思議な男だ。

 戦士としての素質は、申し分ない。体格は小さいが、ソワクと並ぶ人材であろう。

 ラハムは自分と同じ隊の二人を見る。

 張り切ってカサにつづくカイツと、渋々つき従うトナゴ。

 後者はラハムが睨みを利かさなければ、返事すらしないだろう。

――困ったものだ。

 カサに戦士長の何たるかを叩き込むのは、ある意味槍を教えるよりも難しいのである。

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