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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第四章 邑衆
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〈二十二〉後胤

 夕食の後、戦士長たちが集う。

 各自五人組の報告とガタウによる指示を持ち帰り、カサは自分の焚き火を囲む円陣に戻る。

 そこにはカイツとトナゴの姿がなく、

「二人は?」

 一人座っていたラハムに聞いたところ、

「知らぬ。大方仲間の所にでも顔を出しているのだろう」

 と言う。

 なるほど、トナゴの場所は大体想像がつくし、カイツがここにいない理由も、カサには身に覚えがある。

――もの珍しくて、その辺を走り回っているのだろう。

 カサはラハムの脇に腰を下ろす。

 気疲れをおぼえてため息をつく。

 長につきものの、人を使う難しさをカサは感じている。

「気づいているか?」

 出し抜けに、ラハムが問う。

「何をですか?」

「カイツだ」

「カイツ?」

 ラハムは酒を少しあおる。

 少量の寝酒は、彼が戦士になって以来の習慣である。

「カイツはな」

 ラハムがカサを見る。

「ブロナーの息子だ」

「あ……!」

 それで得心いった。常々カイツに感じていた、妙な懐かしさ。

――そうか……そうなんだ。

 カイツはブロナーに良く似ているのである。

 目、鼻、口、肩幅。カイツが成長すれば、やがてブロナーのような男になるであろう。

――戦士長ブロナー。

 父親を思わせる大きい手と広い背中を思い出す。

 あの夜、残酷な死を遂げた一人。

 カサが度胸試しを受けねば、死ぬ事はなかったであろう戦士長。

 悔恨の疼きがカサの胸を刺す。

「僕は、彼に何をしてあげればいいのでしょう、戦士ラハム」

「戦士長のすべき仕事はひとつ、正しき狩りを見せ、立派な戦士にしてやる事だ」

――僕は、戦士長に償わなければならない……。

 大戦士長といえばガタウが浮かぶように、カサが戦士長と言われて思い出すのは、ブロナーである。

 カサの心に、義務感がわいてくる。

――僕は、絶対にカイツを守ってみせる。

 この身に代えても、カイツを守って、立派な戦士にしなければならない。

 静かに決意するカサを、ラハムが見つめている。

――どのようにこの局面を乗り切るか。

 ラハムはカサを試している。

――この男を、見極めねばならぬ。

 此度の降格をラハムが受け入れたのには、理由がある。

 ガタウが、ラハムにそうせよと頼んだのだ。



 昨年、カサがまだラシェとの再会を果たしていない頃の出来事だ。

 狩りを終えて邑にもどった夜、ラハムはガタウを訪ねた。

「大戦士長」

「入れ」

 天幕の前で声をかけると、すぐに声が返ってきた。

 戸幕をあげて、ガタウのバライー(家族用天幕)に滑り込む。

 ガタウは座し、槍の手入れに余念がなかった。

「座れ」

 促されるまま尻をおさめ、火を挟んでガタウと向き合う。

「大戦士長」

 そこで言い直し、

「いや、ガタウ」

 あえて名前で呼ぶラハム。

 戦士階級で、ガタウを名前で呼べる者は、このラハムをおいて居ないであろう。

「何だ」

 ラハムの態度に、常にない様子がある。

 ガタウは手を止め、相手に向き直る。

「俺は二十五人長を、退こうと思う」

 ガタウが手を止める。

「俺は老いた。衰えは隠せない。今のまま一の槍や終の槍を振るえば、また死者を出すだろう」

 無言で目をラハムに向ける。

「本当は、戦士をやめてしまいたい。だがそうもゆかぬだろう」

 疲れの染み付いた顔、そこに戦士の覇気はない。

「俺たちの世代のものは、皆死んだ。彼らは戦霊となって俺たちを守ってくれている事だろう」

 ジリジリと赤く天幕内を照らす熾き火に、しわの多い顔が浮かびあがる。

「俺はもう疲れた。妻も死に、子は成人し、後に残された仕事は狩りの中で死に、戦霊たちに並ぶのみだ」

 ラハムが黙り、天幕内に沈黙が満ちる。焚き火から、火の粉がぱっと散る。

「いつから考えていた」

 ガタウが問う。

「去年の夏。俺が槍を違えた時に」

「そうか」

 沈黙。

 長き間柄である。

 同じ風を受けるだけで伝わるものも多い。

「そこまで心を決めているのならば、何も言うまい」

「すまぬ」

「いや」

 だがガタウはそこで、思いもよらぬ提案をする。

「お前に頼みたい事がある」

「何か」

「面倒を見ているあの少年の事だ」

 カサを少年と表現する事に違和感を覚えつつも、ラハムはガタウに問う。

「俺は、何をすればよいのだ」

「次の狩りで、あの少年を戦士長に登用する。お前は、あいつの下に就いてくれ」

 衝撃。そして屈辱。ラハムの頭に、血が上る。

「俺から槍を奪うと言うのか!」

 戦士長でなくなれば、獣に槍を突く事もできない。

 ラハムはそこまで力を落としていない。

 だがガタウは、

「そうだ」

 平然と言う。

 困惑する心を内側に収め、やがてラハムは問い返す。

「あの少年に、それほどの価値があると?」

「そうだ」

 ガタウは、断固としている。

「何を根拠にそう思う?」

「あの少年が成人の儀で選ばれたとき、大巫女が言った」

 突然の大巫女の存在に、ラハムは驚く。

「……何と?」

 サヒンブール(冬営地の嵐)の空の如くもやけた不安があるが、ここまで来たら聞かぬ訳にもゆかぬ。

「いずれは、邑を率いる男になると」

「なんと!」

 驚愕し、それからラハムは瞑して黙考する。

 ガタウはじっと返事を待つ。

 二度、火がはぜた。

「良いだろう」

 熟慮の末、ラハムはガタウの無体な要求を受け入れた。

――あの少年がそれほどの男だと言うのならば、俺はそれを、俺のこの目で確かめたい。

 その好奇心が、何十年も戦士長を務めた男をして、一介の戦士に落ちる事を了承させた。


 砂漠に新たな若葉が芽吹く。

 強き命かそうでないかを、狩り場の荒ぶる風が試す。

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