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砂漠の戦士  作者: ハシバミの花
第一章 少年
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幕前

若い頃に書いた、実に青い物語です。

赤面するような未熟な描写も端々にありますが、それも含めて気に入っております。

よろしければ、お付き合いください。


なおこの幕前、そして以降の章の冒頭となる幕間について、本編とは直接の関係がないものとなっております。

大時代的な文体が面倒であれば、飛ばすことをおすすめします。

 手元に一冊の冊子が或る。

 冊子、と云って良い物か、表紙は当の昔に外れて居り、背の部分は年月の積み重ねに風化し、中程の一部のみ脱落し、十数枚程度残って居る、と云う按配で或る。

 国立大学の司書で或る私は、数名の同僚と共に、二階建ての豪奢な図書館内に有る何万何十万と積み重なる図書を、日々管理整頓して居る。

 で在るが何しろ蔵書の数が膨大な為、其の全てを把握すると言う訳には 中々行かない。

 其れは例えば、年一回の棚卸し等をするに当たって、まるで整理する者の心理の裏でもかく様に、誰の目も届かなかった埃塗れの書物と云った物が其処彼処より転げ出てくるのだが、中でも同僚の誰もが避けて通る厄介な分類の棚が幾つか有る。

 類する書物棚の一つに、異国の、其れも極度に辺境の地、例えば訊いた事も無い様な国の、訊いた事も無い地方の、訊いた事も無い特殊な文化を研究、詳解した書物等が有る。

 然し乍、其れ等をどう云う類別で棚分けして良い物やら、勤めている図書館員達でさえも、最早判然としない。

 そんな訳で、入館吹き抜けの二階の最奥、学術専門書なる類の一角の片隅に、分類不明の書が幾つも集まった吹き溜まりの如き棚が出来る。

 私は昔からそう言う、柄に合わぬ事を承知の上で詩的表現を用いて云う所の、日陰に咲いた小さな野花の様な物に強く惹かれる性質で、其れを理由で変人扱いされもするのだが、混沌たる棚の中に、件の古びた冊子が身を縮める様に挟まって居るのを見つけた。

 何時から其処に在るのか製本版型もやけに古い。棚にあらねば只の襤褸紙だが、よくもまあ今日まで残った物だと驚く代物だ。

 縁が黄ばんだ頁を恐る恐る捲ると、詩の様な言葉がつらつらと、古びた書体にて書かれて居る。前後の部分が数十数百頁に及んで紛失してしまって居るので、全体どう云う代物だかさっぱり判らないのだが、どの頁を開いても、並んだ拙く繋がりの宜しく無い言葉達が、何故か私の心を奇妙に捉えるので或る。

其の中でも一つ、勇者を称えた物語だろうか、やや長めの詩が有り、其れが特に私を惹きつけた。

 暫くの間其のに詩ついて、答えなき思索を弄んだが、思い立ってそう云った界隈に詳しい友人に見せた。

「此れは、唄では無いかな」

 暫く矯めつ眇めつした後、迷う様に彼女は云ったのだが、その唄と云うのが、どう云う代物だか私にはまるで掴めない。

 友人は知性先鋭乍ら結構な美人でも有り、もう少しましな話でもすれば良いのだが、私の昔から手に負えぬ性癖でも或る、好奇心と言う奴がどうにも勝ってしまい、詳しく聞かずには居れ無かった。

「唄、とは」

 確める様に訊く私に彼女は、冷たい声で返す。

「唄は唄、だ」

「その唄と言うものの事が、今一つ掴み取れないのだが、つまり其れはその」

「幼子の頃に有るだろう」呆れた口調で返される「童唄とか、子守唄とか、祭りの唄とか、そういう物を謡った覚えのひとつ位は」

「其れは勿論」有るのだが、「然し其れは、其れにしてはやけに、表現が、際どいのでは無いか」

「血腥いと」

 言葉を選びあぐねて居る私に、鋭角な指摘。

「まあ、そうで在るが」

「そんな物だよ。童唄等と言う物は」

 眼を眇め、言聞かせる様に云う。

「子供だから清らかだと云うのは、大人の押付けでは無いか。無邪気、と云う物の中には、往々にして残酷さが内包されて居る物さ」

 学内に研究室を持つ其の道の専門家の彼女が云うのならば、確かにそうなのであろう。

「成る程そう云う物で在るのはは判った。が、」

 私が本来知りたいのは別の事で在った。

「何処の国の物か、と訊きたいと」

 そう云って此方を、青味の強い射るような瞳で、彼女は見た。

 私は頷く。で無ければ彼女に、つまり歴史文化学の専門家にこの事を訊く意味は無い、とも言える訳だ。

「ううむ」

 渋い顔、矢張り彼女も其の唄が、何処の国の如何云った地域の物か物か掴みあぐねて居るらしい。致し方あるまい、この本には余りにそう云った、地域性を示す情報が少な過ぎるのだが、此方も又致し方無かろう。元が学究的な本ではあらぬ。

「砂漠の唄、で有るな」

「うむ」

「西方の大陸、中原より西、西欧に通ずる街道の南に在る砂漠の、しかもかなり深い処に住む狩猟部族の唄ではないか」

 厭に具体的である。

「ほう、其れは何故」

「砂と風に関する記述が真に豊かで或る」

 私は胸の内で、静かに感嘆した。流石の目の付け所がで或る。

「翻訳した者も苦労したのであろう、形容詞の用い方に迷いが見える」

「成る程」

「尤も此れは、訳者其の者の力量が及ばぬ所為でも有ろう」

 私が笑うと、彼女も皮肉の強い笑みを見せた。こう云う手厳しさが、彼女から異性を遠避ける要因の一つで有ろう。

 此の会話は然しながら、私の中で其の小さな冊子に対する興味を盛んにした。

 砂漠の狩猟民族。

 幾つかの資料を当たり、自らの頭脳に湧き上がる、其の唄を下敷きにした妄想の様な物語を、私は少しずつ書き創めた。


このあと本編です。

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