第五話 休日
やぁ!
今回はね、妖術について教えてあげるよ!
今回は簡単だよ!
物質界への影響力を持つのが妖術さ!
…え?意味わかんない?ごめんね、詳しく説明するよ!
とは言ってもね、この一言が全てなのさ!
妖力は単体だと意味が無いって話はしたよね!
だから、妖術として"意味"を持たせてあげるのさ!
妖力を妖石に通すと妖術に成るっていうだけなんだよね!
あぁ、妖石も知らないんだっけ!その説明はまた今度!
発動する妖術は妖石に込めた妖力の属性に依存するよ!
例えば君達が『火』の妖力を通せば炎が立ち上がるし
例えば君達が『水』の妖力を通せば水溜まりが出来るよ!
つまり重要なのは妖力の属性なのさ!
炎を出したくても『火』を練れなきゃ話にならないよ!
火の無い所に煙は立たぬって奴! …あれ、意味違った?
化物によって使える属性は決まってるよ!
君達は全属性扱えるんだっけ? まぁ例外さ!
僕? 僕は秘密さ! とっぷしーくれっと! 残念だね!
そんな感じで、色々な種類の化物が居るっていう話さ!
そういえば、『光』しか扱えない化物なんてのも居たっけ!
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「――釣れないなぁ。」
「ですねぇ。」
兄ちゃんことテロスと共に川へ釣りに来ている。
半分連れ出されるような形ではあったが。
「ほんとに釣れるんですか?」
「ごめん、わかんない。」
「分かんない状態で誘うのもどうかと思いますよ。」
「いいじゃんかー、たまには兄ちゃんと遊ぼう!」
「せめて明日だと嬉しかったなぁ、って。」
「お前、明日になったら居なそうだし。」
「流石に…、いやそうかもしれないです。」
「ほらぁー。」
「いやでも!十九日の遠征ですよ!
俺も一日くらい休み欲しかったんですけど!」
「十九日も遠征行く奴が悪い!」
「朝五時に叩き起こす人も大概ですよ!」
「だって遊びたかったし!」
「俺の息抜きの為って聞いたんですけど!
兄ちゃんが遊びたかっただけじゃないですか!」
「一石二鳥ってやつだ!」
「…鳥の大きさの比が九:一くらいなんですよね。」
「俺の九倍楽しめてるってことか、良かった良かった。」
「よくこの流れでそう解釈しましたね。」
「こんなイケメンな兄ちゃんと釣りとか、幸せの極みだろ」
兄ちゃんは偉そうに腕を組んで頷いている。
腹が立ったので川に突き落としてやった。
「――でも怪我とかしてないんだろ?じゃあ良くない?」
「そういう問題じゃないんですよね。」
兄ちゃんは濡れた服を乾かすため半裸になっている。
俺の視界の端によく鍛え上げられた筋肉が映った。
「にしても、獅子の妖石、貴重なのになぁ。
バカ真面目に返さず、くすねてくれば良かったのに。」
「倒したのは彼女ですからね。」
「なんで自分で倒さなかったんだ?」
「倒せなかったんです、言わせないでください。」
「獅子なんて簡単だろ~、
ばこーんって脳天ぶち抜いて終わるじゃん。」
「だからそれが出来ないんですよね。」
「普段から鍛えてないからだろ~?」
「鍛えてどうにかなるなら困って無いです。」
「俺なら妖術使わなくたって勝てたな!」
「脳筋が。」
川に突き落とされた。
現役防衛士による情け容赦の無い一撃だ。
「――ぶっちゃけサシで戦って勝てます?」
「んー、微妙なトコだな。」
結局半裸二人組が釣りをしている図で落ち着いた。
傍から見ればただの変態兄弟だろう。
「でも幻妖クラスでは無いんだろ?
ならワンチャンありそうだけどなぁ。」
「一般的化物と比べれば頭一つ抜けてる感じですけどね。」
「水溜まりで足止めってのは面白いけどなぁ?
その状態でヒシに躱されてるんだったら世話無いぜ。」
「…そうですねぇ、流石に死んだと思いました。」
「お前もそこでカウンター出来ないのは甘えだけどな!」
「いやいや、兄ちゃんじゃあの爪は避けれないですよ。」
「いんや!爪ごと吹き飛ばせるね!
お前こそガイアの助太刀任せの作戦だしなぁ~?」
「その時はその時で何とかしてましたよ。」
「やっぱ『光』じゃなー、決定力に欠けるしなー。
擬態花もトドメはベリーに頼り切りだしなー。」
「あそこはベリーさんに任せるのが最善策でしたしね。」
「俺なら全部の根っこ砕けるけどなー。」
「兄ちゃんこそ『力』に頼りっぱなしじゃないですか?
撤退の場面で、一人だけ逃げ遅れちゃいそうですよね。」
「別に俺他の属性使えない訳じゃないしー。
やれば出来る子だしー。色んな妖術試してるしー。
やっても出来ない子とは根本的に違うんです~!」
「やる気の無い子が一番救いようが無いですけどね!」
「筋トレすらしないヒョロガリに言われてもなぁ?」
川に落としてやろうとしたが、ばっちり警戒されていた。
力負けで逆に落とされそうになったので、道連れを選択。
「――もうただの水浴びじゃないですか?」
「いいじゃん、釣れないし。」
結局釣りに飽きて二人で水遊びをしている。
ちなみに川に魚が居る気配は全くしない。
「俺思うんだけどさ、『光』ってよく分かんなくない?
なんか動き軽くなるだけじゃん。防戦特化っていうかさ」
「そんなこと言ったら『力』もそうですよ?
なんか殴る蹴るの威力が上がるだけじゃないですか。」
「二人してメインの妖術地味だよな。」
「確かに派手さは無いですね。」
「俺達も火ボワァアとか水バッシャァとかやりたくない?」
「正直めっちゃやりたいです。」
「この前暇な時に『火』の練習してたんだよ。壁の上で。」
「一応仕事中ですよね?何してんですか。」
「気づいたら近くにあった木剣が炭になってた。」
「本当に何してんですか。爺ちゃんにチクっときますね。」
「やめて!兄ちゃんの給料下がっちゃう!」
マジで下がればいいと思う。
勢い余ってクビになれば儲けものだ。
「それこそ獅子じゃねぇけど、多属性系憧れるよな。」
「兄ちゃんは頑張れば行けるじゃないですか。」
「お前も頑張ればワンチャンあるかもじゃん?」
「苦節十七年、進展無しです。」
「…ふっ、まぁガンバレヨ。」
「鼻で笑ったのバレバレですからね。」
「まぁ格上相手に善戦したのは素直に褒めてやろう。」
「…あの二人を守ることで、必死だったので。
今思うと、もっと他にやり方があったのかなぁ…とか。」
「――お前に、兄ちゃんから名言を一つ授けてやろう!」
とりあえずその導入を変えた方が良い。
「"後ろは視るな"」
「………?」
どうせまたいつもの戯言だと思っていたが、
兄ちゃんの表情はいつになく真剣だった気がする。
『後悔するな』ってことだろうか?にしては言い方が少々回りくどいが。
「ん。?」
「どした?」
突如足元に感じた違和感の正体を探る。
見たところ何も無い、が。俺は見逃さなかった。
近くの石の陰に手を突っ込むと、何かが触れた。
逃がさないようにしっかりと掴み、天下に引っ張り出す。
「――イワナですね。」
「イワナ!ゴハン!シオヤキ!」
「…最初っからこれで良かったですね…。」
結局二人で協力して十数匹のイワナが取れた。
ここまで獲れるのは珍しい。……釣りの意味あった?
結局、兄ちゃんの言葉の真意は汲み取れなかった。
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「ゴッハン!ゴッハン!」
「それまだ焼けてないです。」
「知ってたか?生焼けが一番うまいんだぜ。」
「お腹壊すんでやめてください。」
時刻はなんだかんだで昼前。
少し早めのお昼ご飯といったところだろうか。
「あ!それ俺が獲ったやつ!」
「それ言うなら八割俺が獲ってますからね!」
「でもそれ一番デカかったもん!」
「じゃあその二匹あげますから…。」
「……一番、デカかったもん…。」
「…一口齧ったけど、食べます?」
「…ウン。タベル。」
シュンとした顔でゆっくりと頷く兄ちゃん。
これが街を守る誇り高き防衛士の姿だとは誰も思うまい。
「ゆっくり食べないと骨詰まりますよ。」
「――ヒシってさ、彼女とか作らねーの?」
「は??? なんですか急に。」
「いや、やっぱそっち方面はご無沙汰なのかなーって。」
「『やっぱ』ってなんですか?悪口ですよね?」
「モテなさそうだしな。」
「おーけー、喧嘩しましょう。」
「でもお前みたいな男は人気はあるだろ。」
「一人で話進めないでください。」
「闇深系草食メンヘラ男子も需要は高そうじゃん。」
「やっぱ馬鹿にしてますよね。」
「ほら、ベリーとかどうよ。狙ってたりする?」
「…ベリーさんとはそういう感じじゃないですね。」
「あー、まぁそうか。俺が間違ってた。
貧弱ヒョロガリへなちょこ男子はモテねぇよな。」
「いや結局煽りたいだけじゃないですか。
ちょっと乗っかった俺が馬鹿みたいですよ。」
「そうだなぁ、じゃあリエルは?
あの子は多分フリーだぜ、俺の勘がそう言ってる。」
「兄ちゃんの勘ほど当てにならないものはないですよ。」
「そう言うなって~。試しにその場で伏せてみ?」
「―――え?」
咄嗟の反応で身を地面に横たえる。
次の瞬間、上空を何かが通り過ぎて行った。
「ほら~。」
「なんでそんな緩い感じなんですか!
当たってたら普通に死んでますからね!?」
少し遠くの地面に着地したのは、一匹の兎。
その黄色の兎の名は角兎。扱う妖力は『光』。
額から生えた二本の角で相手に突進して戦う化物だ。
向き合っての一対一ならまず負けることは無いが、
先程のような背後からの奇襲で死にかけたことは数えきれないくらいに多い。
「当たって無いからセーフでしょ!運良かったな!
――あの角兎にとっては凶日だったらしいがな。」
その直後、角兎は大きく飛び跳ねた。
奴が目にしたのは突如木陰飛び出してきた巨体の姿だ。
逃げる間も無く角兎の体は巨体が持つ爪に貫かれ…
重度の痙攣の後、子兎は静かに心臓の動きを止めた。
奴を死地へと追い込んだのは一匹の熊。
焦げ茶色の体毛にその身を包んだ野生の狩人だ。
特徴的なのは異常なまでに発達したその爪。
弾けるような眩い橙色の光を纏った爪の周りでは…。
「『雷』…。」
小さな稲妻が絶え間なく発生し続けていた。
魚を頬張る兄ちゃんが自身の大剣を持って立ち上がる。
「電熊だな。」
「初めて見ました。…加勢は?」
「ひとりでよゆー。」
兄ちゃんはまるで棒切れを扱うかのように
長さ二メートル弱の重たい大剣を片手で弄んでいた。
手に馴染ませるように一頻りその動作をしたかと思うと、
彼は剣をしっかり持ち直し、大熊と正面から向き合った。
『 GGWWOO!! 』
電熊は大きく咆哮を上げ、走り出す。
気付けば、三十メートル程の距離が一瞬で詰まっていた。
角兎に匹敵するレベルのスピード。そして――。
―――圧倒的な、パワー。
『 GGGWWWWOOOO!!! 』
響いたのは耳をつんざくような轟音だ。
俺が認識出来たのは電熊が爪を振り下ろす場面。
直後には彼らの足元に中規模のクレーターが出来ていた。
『雷』による大威力の妖術だ。
正に落雷。自然が誇る至高の一撃とも云える。
少なくとも常人に耐えられる代物では無いことは確かだ。
「ヒュ~、流石に痺れるな~。」
しかし、兄ちゃんは、そこに立っていた。
大熊の渾身の一撃を、己が身と剣のみで受け切ったのか。
痺れるだけで済む筈が無い電圧が加わっているだろうが…
何にせよ勝者は彼だ。傍観者に野次を飛ばす権利は無い。
兄ちゃんは地面を強く蹴り、跳ぶように駆けた。
人間が持てるバネ能力では無い。…『力』の応用か。
ただ、それを支える根幹部分は彼の鍛錬の賜物だろう。
兄ちゃんは、攻撃の反動で硬直する電熊の腹部を…
――片足で蹴り飛ばした。
電熊の巨体が空中へ大きく浮き上がる。
空気の抜けた風船の如く、ふわりと浮かぶ一匹の化物。
だが、奴の中身にはぎっしりと肉が詰まってるはずだ。
肉団子を飛ばす為に、どれだけの力を加えたのだろうか。
………どっちが化物が分かったもんじゃない。
電熊も決して雑魚ではない。
奴は空中で身を反転させ、受け身の体勢を取った。
現役選手の身軽さを以て行う着地から、即時の臨戦態勢。
…驚くほど俊敏な動き。己の身体に馴染んでいる証拠だ。
――が、それでも数秒遅かった。
「おいヒシ!よく見とけよ~。」
既に自身の間合いまで距離を詰めていた兄ちゃん。
その整った顔に浮かぶのは、余裕と自信と笑みだけだ。
彼は深紅に光らせた大剣を堂々と振り被ると…
――刃の側面で電熊のこめかみをぶん殴った。
脳を激しく揺さぶられた電熊。
奴はその場で固まると、敢え無く地面へ倒れ込んだ。
弱々しく昏倒するその姿に、狩人としての威厳は零だ。
…電熊には間違いなく擬態花と同等程度の強さが在ったはずなのだが。
「ほんとに、どっちが化物が分かったもんじゃない…。」
自慢げにピースサインを掲げる彼を見て、思わず呟く。
◆
戻ってきた兄ちゃんの右手には橙色に輝く妖石が、
左手には首元から血を垂れ流す電熊の死体が在った。
「なんで引っ張ってきたんですか…?」
「え?夜ご飯に決まってるじゃん。」
「それ持ち帰ったら流石の爺ちゃんもキレますよ。」
「でもこんなに美味そう…。」
「せめて角兎にしましょう。」
「せっかく綺麗な状態で仕留めたのに…。」
食べる気分じゃなかったら頭部ごと吹き飛ばしてたと…。
言外にそう示した兄ちゃんに、畏怖の視線を向ける。
今日はグロテスクな画を観ずに済んで良かった。
渋る兄ちゃんを押し退けて化物の火葬を始める。
この巨体を家に持ち帰らせる訳にはいかない。
そもそも台所入んねぇよ。
角兎の妖石も忘れずに回収。
穏やかな休日のはずが、結局化物と関わってるな。
覚悟はしていたが、あまり体と心が休まった気分は無い。
…兄ちゃんは兎料理を考える方向にシフトしたようだ。
「じゃあ、帰りましょうか。」
「うぃっす!」
◆
「――兎っつったらやっぱシチューがいいよなぁ。」
「この前食べませんでしたっけ?」
「お前それ半月くらい前の話だからな。」
「あ、そっか。」
「でもハンバーガーとかもアリだよな。」
「…作るの俺か爺ちゃんですからね。」
「あ!ローストにしたら美味しそう!」
「話聞いてます?」
日が沈みゆく頃、二人で駄弁りながら帰り道を歩く。
兄ちゃんの鞄には子兎が、俺の鞄には妖石が収納済みだ。
あの後山菜なども山ほど採ったため、夜ご飯の食材には困らないだろう。
「結局、あんま休日感無かったですね。」
「いっぱい遊んだから休日でしょ!」
「普通に死にかけましたもん。」
「おかげで肉手に入ったんだから!おーるおっけー!」
「…まぁ、そうですね。」
「んで、次はいつ街出るんだ?」
「依頼次第です、早ければ明日にでも。」
「そっかぁ、寂しくなるなぁ。」
「大丈夫です、すぐ帰ってきますよ。」
「もしヒシが死んだら、親父も悲しむだろうからなぁ。」
「……………。」
兄ちゃんが放った言葉は、俺の心を突き刺した。
兄ちゃんも、化物の危険性を痛い程知っている人だ。
生命の儚さを、己の身を以て理解している人だ。
例えば今日、角兎の奇襲を避けられなかったら。
例えばこの前、獅子の猛攻を凌ぎきれなかったら。
例えばその前、擬態花の毒を俺が受けていたら。
最後に辿る悲惨な結末には目も当てられなかっただろう。
游蕩士の平均年齢は二十代前半と言われている。
実質上のトップに立っているベイドは二十二歳だし、
その他四人のリーダーに至ってはそれよりも少し若い。
それは、この仕事の死亡率・引退率の高さを示していた。
「ちゃんと、生きて戻りますよ。
死ぬために旅をしてる訳じゃないですから。」
「あぁ、あんま溜め込みすぎんなよ。
昨日家帰ってきた時なんて、顔が死んでたぜ。」
「昨日は、ちょっと色々あったので…。」
「その色々を溜め込むなっつってんだ、アホ!」
「気をつけます。」
兄ちゃんは静かに頷いている。
子供ぽさも大人ぽさも兼ね備えた微笑みだ。
「ま、兄ちゃんが助けてやるから。
困ったときは安心して任せとけってことよ!」
「はい、頼りにしてます。」
彼には彼の暗い過去がある。
でも、普段の言動からはそんな事実を一切伺わせない。
それは彼がただ愚直に現在を生きているからだろう。
次期防衛団団長に相応しいと言わざるを得ない人材。
この能天気で芯の強い兄が街の盾となっているから
俺は絶対的な安心感を以て危険な旅に出られているのだ。
この事実を確認できただけで、充分過ぎる休日だった。
あぁ、そうだ。今日は俺が夜ご飯を作ろう。
血の繋がっていない、この兄が望んだ料理を。
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