第二話 エフ森林
やぁ!
君は妖力って知ってる?
…え?知らない?
じゃあ僕が教えてあげるよ!
…え?興味ない?
そんなこと言わないでよ!
ちょうど僕も話し相手が欲しかったところなんだ!
ほんのちょっとだけ、ね!
妖力はね、どこにでもあるんだ!
普段は目に見えてないだけ!
何時でも何処でも、ありとあらゆる物質に流れてるよ!
それこそ大気中とか、君の体とかにもね!
でも一つ不思議な特性があってね?
活性化すると発光して、目に見えるようになるんだ!
僕は目なんて無いから見えないけどね!HAHA!
ちなみに性質が変化すると色も変わるよ!
基本の色は白色!赤くなったり青くなったりもするよ!
あ、白色には『無』なんて名前がついてるらしいね!
実際は的外れな命名だけどね!君達はいつもそうさ!
…訂正してあげたいけどそういう訳にもいかないんだ!
話が逸れちゃったね!
実は妖力は単体だと何の意味も無いんだ!
だからちょっと工夫が必要なんだけど…!
この話はまた今度してあげるね!
大丈夫!時間はたっぷりあるさ!
…あぁ、君はそういう訳にもいかないんだったね。
---
「ん~~~~。」
貼られている依頼を見定める。
現在の時刻は午前八時頃。街が起き始める時間だ。
朝一でロットから本命の依頼書を受け取った俺は、
それと同時進行出来そうな依頼を游蕩団の事務所で見繕っている最中である。
やはり、主婦が出したであろう家事代行の依頼から、
パン屋が出したであろう仕込み作業手伝いの依頼など、
街の中で行える一日アルバイト的なお手軽依頼が比較的多いように感じられる。
しかし今求めているのは街の外…
それも、エフ森林近辺で行える依頼だ。
かなりピンポイントな内容の物なので、
好条件の依頼はそう簡単に見つからなかった。
「……んー…。」
『隣街への交易品を馬車へと積み込んでくれ。』
――うーん、悪くない条件だけど違うかなぁ。
却下。でもこの内容ならすぐに人が見つかりそうだ。
『おかぁさんにけーきおつくってください!』
――筆跡を見る感じ幼い子供が出したようだ。
報酬の量はかなり少なく、割に合わない仕事に見えた。
とは云え、金銭目的以外で游蕩士になった人は
純粋な善意からかこういった依頼を受けることが多い。
俺もそちら側に分類される游蕩士だが、今は見送ろう。
『一日彼女になってください。』
――却下。こういうふざけた依頼も意外とあったりする。
いかつい丸刈りのおっさんとかが受注してくれねぇかな。
『体の匂い嗅がせてください。
できれば運動した後の人でお願いします。』
――却下。性癖を満たそうとするんじゃありません。
『生体解剖被験者募集中! 安心安全!
生命の危険性無し! 寝ているだけでOK!
簡単お手軽小銭稼ぎ! 新人游蕩士も大歓迎!』
――却下。こんな見るからに怪しい依頼誰が受けんだよ。
ただ、報酬の量は破格だ。恐らく金で釣る気なのだろう。
依頼主の名前は『クランズ』…。事前の予想通りだった。
思わず深いため息を吐いた時、急に頭を小突かれる。
「あ、ヴァンさん。それにベリーさんも。」
「良い依頼あったか?」
そう問うてきたのは『ヴァン』というガタイの良い青年。
髪は金髪。身長はベイドより幾分か高く、かなり大柄だ。
また、胸には象徴的な赤色のブローチを付けており、
ある程度の実力を保証されていることが一目で分かる。
彼も俺と同時期に游蕩士になった内の一人で、同期とも言えるような存在だ。
「あんまり見つかりませんねー。」
「…時々ヤバいのあるのよね。」
そう話すのは、『ベリー』という小柄な少女。
目元はじっとりとしており、髪は白菫色、形はボブ。
頭のてっぺんからぴょこんと生えた毛が可愛らしい。
細々とした体付きの所為で幼い子供のようにも見えるが、
発育が乏しいだけで彼女は俺たちと同じ十七歳である。
そんな少女の右手には銀色のミサンガが付けられている。
…現在のベリーは、『ヤバい依頼』の代表格を忌避の視線で見つめていた。
「あ、ベリーさん。さっき良さげな依頼ありましたよ?
お金を重要視してなければの話にはなるんですけど…。」
そう言ってケーキ作りの依頼書を探すが、
どこにも見当たらなかった。…これも日常茶飯事だ。
「すみません、もう誰か受けに行ったみたいです。」
「早めに決めないと良いやつ全部無くなるかもね。」
ベリーは『悪いやつ』の模範的依頼から目を逸らした。
彼女の視線は横に流れていき…、俺の顔付近で止まる。
「てかアンタのこと久しぶりに見たわ。」
「それ色んな人に言われました。」
「気づいたらいなくなってるからな。」
「ほんとに。……ん、もう受ける依頼決まってるの?」
俺の手に収まっている依頼書を指差したベリー。
無理を言ってロットから譲り受けた大切な一枚だ。
…あぁ。確かに、彼らにはまだ事情を話していなかった。
「メインは決まってて、今は二つ目探してます。」
「……ちょっとそれ見せてみろ。」
ヴァンに言われ、丸めたその紙を彼に手渡す。
丁寧に開かれた文書。ベリーは横から覗き込み…
…直後、彼女は酷く呆れたように溜め息を吐いて見せた。
「……前は一週間くらい街にいなかったわよね?」
「えぇ、少し遠くに行ってたので。」
「この依頼、何日掛けるつもりなの?」
「これですか? エフ森林までなので…、
軽く見積もって、往復二週間くらいですかね?」
「馬鹿じゃん?」
「あぁ、阿呆だ。」
「そんな言います?」
◆
「ほんとに良いんですか?」
「そうでもしないと一人で行くだろ?」
「元々その予定でしたしね。」
「放っとくとその内ぶっ倒れて死にそうだしな。」
「私もこのデカいのと二人で依頼するとか御免だしね。」
「ならなんで一緒に依頼探してたんですか。」
思わず苦笑が零れる。
「知ってる奴がこいつしかいなかったの。」
「ぼっちがよ。」
「人のこと言えんやろがい。」
「でも分け前三等分しちゃうとかなり少なくなりますよ?」
「依頼受けたのお前なんだから全部もってけばいいだろ。」
「いや手伝ってもらうのに流石に申し訳ないですよ。」
「メインの依頼の分はあんたの総取りで良いわよ。
モンスターの素材とサブ依頼は三人で山分けしましょ。」
「二人がいいならいいですけど…。」
一人だけ得をするようでちょっと申し訳ない。
「あ、ここですね。」
話しながら歩いていると目的地へと辿り着いた。
やってきたのはこじんまりとした道具屋さん。
旅をする上で必須級の道具を売っているお店だ。…訂正。俺だけか。
中に入ると目を疑うような光景が広がっている。
むしろ、この光景に驚かなくなった自分が怖い。
…様々な小道具が床を覆いつくすほど乱雑に置かれて――放り捨てられていた。
その内の一つを手に取ってみる……指輪だった。
一見すると何の変哲もないシンプルな装飾品。
しかし、よく目を凝らして全体を観察してみると、
端々に小さな模様が刻まれているのが確認出来る。
更に、指輪自体はごくごく微量の光を放っていた。
床に散らばるこれらは決して屑物などではない。
一個数百,数千フルクはするような、貴重な売り物だ。
ゴミ屋敷を形成するには、あまりに高価な雑多品だろう。
「――おや、お客さんかい?って、ヒシ君か。」
振り返ると男性が立っていた。
白髪交じりの短髪。中肉中背の体つき。
皺が刻み込まれた右手には食材が入った袋を提げている。
朝食の買い出しに行き、たった今帰宅したという様子だ。
「おはようございます、ノールさん。」
「……ちょっと待っとっておくれ…。」
優しい声を持つ壮年の男性――『ノール』は、
渋い顔でカウンターの奥にある部屋へと入っていった。
直後聞こえてきたのはとてつもない怒号。
何とか聞き取れた切れ端のような内容から推察するに、
『ユエ』という人物がこの惨状の真犯人であるらしい。
…いやまぁそうだろうとは思っていたけれど。
しばらくして、ノールが店頭へと戻ってくる。
「ふぅ…、…あぁ、びっくりさせて悪かったね。
あの子は才能はあるんだがどうも生活力が皆無でな…。」
「大丈夫っす。」
「…生活力とかいうレベルなの?」
ノールの謝罪を受けつつも、二人は呆然としていた。
衝撃に驚愕が上乗せされ、何も口に出来ないのだろう。
まぁ、二,三回もこの店に来れば誰でも慣れるはずだ。
「旅用の妖具を買いに来たんですけど、
いつも通り適当に見繕ってもらえます?」
「はいよ、予算と性能は。」
「えっと――、」
先の一幕ですっかり疲れ切った表情を見せながら
散らかった店内の片づけを始めるノールに希望を告げる。
◇
"妖具"とは妖石で作られた小道具のことである。
『火』の妖力を流し込めば『火』の妖術が、
『水』の妖力を流し込めば『水』の妖術が…という風に。
妖術の属性が妖力の属性に依存するというルールは、不変で絶対で確実だった。
――その常識を覆したのが妖具だ。
効果は単純で、"属性の変換"これ一つだ。
無色透明な水に、一滴のインクが垂らされるように。
妖具を通すことで妖力…延いては妖術に新たな色が付く。
妖具に『無』を流し込むだけで、予め定められた属性の妖術が発動するのだ。
理論上、『無』さえ扱えれば全妖術を発動出来る道具。
だがしかし、大多数の人間はコレを重要視していない。
そんなことをせずとも、彼らは生きて行けるからだ。
…俺が劣っているのか、妖具が優れているのか。
現時点では曖昧な問題であり、追及する気も無かった。
妖具が俺の生活に与えた影響は計り知れない。――今はその事実だけで充分だ。
◇
脳内を巡る思案を隠し、三人で雑談をしていると、
ノールは幾つかの妖具を見繕って持ってきてくれた。
小型のコンロのような妖具、水筒型の妖具、コンパスの妖具、…その他諸々。
「俺達がいればそんな数要らないんじゃないか?」
「備えは大事ですよ、あって困るものでもないですしね。」
『帰ってきたらまた妖石を売りに来る』
多額の支払い時にそんな口約束をして店を出た。
◇
乾パン、岩塩、毛布、まな板、調理鍋、着替え、
金属製の串、石鹸、ガラス瓶、ロープ、調味料、―――。
新調・補填などは万全。全ての旅品を革の鞄へと詰める。
「他に準備しときたいものはないですか?」
「多分大丈夫だ。」
「おやつは三十フルクまでですよ。」
「乾パンはおやつに入る?」
「飲み物なので入らないです。」
「飲むな。」
体調もバッチリ。天気は快晴。
祝福する者も無く、呪詛を唱える者も無い。
平凡で穏やかな旅が始まる。そんな気がした。
いや、誓おう。何事も無くこの旅を遂行して見せると。
「じゃあ、行きますか。」
「しばらく、この街とお別れだな。」
「さっさと終わらせて帰って来ましょ。」
街の外へと一歩踏み出す。
行き先はエフ森林。目的は深墨花。
好機さえ現れるのならば、更にその先まで。
---
――空から岩石が降り注いだ。
比喩表現ではない。…比喩ならどれだけ良かったか。
十数の岩石が雨粒のように落ち続けるこの光景。
幼い少年が思い描いた絵空事のようだが、違う。
妖術は、いとも容易く非現実を現実にしてしまうのだ。
それら岩石の内、一つがベリーの脳天に迫っていく。
彼女がソレに気付いた時には既に手遅れだった。
回避する暇も無く彼女の頭蓋は砕かれていたことだろう。
が、ヴァンが生み出した突風は見事に岩石を打ち砕いた。
「!」
「怪我は?」
「…無いわよ。」
「ならいい。危ないから下がってろ。」
ぶっきらぼうに勧告を終えたヴァン。
恐らくそれも彼なりの優しさなのだろう。
そんなやり取りを横目に、俺は妖力を練り続ける。
「ヴァンさん、あと十秒。お願いします。」
「了解。準備出来たら合図をくれ。」
直後、ヴァンの持つ大剣が赤く輝きだした。
彼がその剣を振り上げると、発生したのは爆炎だ。
その炎は、一匹の生物に向かって勢いよく直進していく。
『 MYUUuuu!! 』
炎の先に立つのは、鳥型の化物だった。
三メートル近い体長に、細く長い双脚を持ち。
灰褐色の長い羽毛が奴の全身を包み込んでいる。
――疾駝と呼ばれる化物だ。
ソイツは一声大きく鳴きながら妖術を使用した。
出現したのは、大陸を両断する山脈にも似た高い土の壁。
ヴァンが発生させた雷火の如き爆炎が土壁に激突すると
それらはお互いの身を削り合いながら同時期に消滅した。
攻撃が無効化されたことに対し、ヴァンは小さく呟く。
「…無理か。」
「あと五秒。」
俺は声色を変えることなく自身の見通しを告げた。
正確に秒数を刻みながら疾駝の様子を遠くから観る。
鳥類型ではあるが、翼はかなり退化しているのか。
あのサイズの翼では、恐らく飛行は出来ないのだろう。
使う妖術は『地』だけか。ただし、瞬発力が非常に高い。
下手な失敗は泥仕合を生む。仕留めるなら一瞬で…。
『 MYYUUuuuu!!! 』
疾駝が俺の頭上に土塊を形成した。
大質量の岩石は、重力に従って加速的に落下を始める。
…攻撃役から積極的に狙うのか。知能は高いらしい。
「させねぇよ。」
ヴァンが再び突風を生み出した。
強風が土塊を押し出すようにして吹き付ける。
軌道をずらされた土塊は俺の数メートル横に着弾した。
…最高の援護射撃。及び、完璧な時間稼ぎだった。
「――行けます。」
靴に込めた濃密度の妖力を妖術に変換。
爆発的な初速を利用し、俺は疾駝に肉薄した。
『 !? ,Myuu…!! 』
驚嘆からか、目を見開いた疾駝。
しかし奴は流石の瞬発力で『地』を発動させると、
己の体を覆い隠すような形で球状の障壁を生み出した。
「っ、ヒシ!!!」
焦りを滲ませたヴァンの声が俺の耳に届いた。
これでは壁奥の疾駝に刃を届かせようがない。
…きっと、此の場に居る全員がそう思っているのだろう。
―――だから、今が最大の好機だった。
何の為に数十秒も妖力を込め続けたと思ってる。
何の為にコイツのことを観察し続けたと思ってる。
「…前方向にしか進めないんだろ。」
人間が扱う言語が、この化物に伝わるのかは謎だ。
けれど、俺の指摘は間違いなく図星だったのだろう。
実際、疾駝は後退ることを選択しなかったから。
「………ん…!!!」
俺は『光』で輝く剣を構え、――全力で振り下ろした。
『 ……!?!? 』
薄く張られた土壁に斬り込んだ淡黄色の刀身は、
その奥で立ち尽くしていた疾駝の喉元を射抜いた。
◆
「すっごい今更なこと聞いていいですか?」
俺は食事の準備をしながらそう切り出した。
今日の昼食は獲れたて鳥肉のチャーシューだ。
「ダメって言ったら?」
「金輪際口を開かなくなります。」
「じゃあ、ダメ。」
鍋に鶏肉と調味料を入れながらベリーがそう言った。
「………………。」
「苛めんなよ…。」
ヴァンがコンロのような妖具に妖力を注ぎながら
同情するような眼差しで発言の許可を出してくれた。
心の中で彼に感謝を述べつつ、純粋な疑問を口にする。
「近頃クリモさんを見てないんですけど、何処へ?」
「…何を聞くかと思えば、本当に今更な話題だな。」
ヴァンに淡々と突っ込まれた。
聞くタイミングが無かったんです。
「あいつはリソルディアに引っ越したぞ。」
「そうなんですか? それはまたどうして。」
「ギルドの本部が向こうにあるからな。」
「え、ギルド決めてたんですね。」
「本当に何も知らないのね。」
「垂柳の寧静入ったってよ。」
「…え、マジですか?」
「なんで引いてるのよ。」
「いやだって、一番止めた方がいいですよあのギルド。」
「…? なんか問題あるのか?」
「少なくとも俺は関わりたくないです。」
主に其処のギルドリーダーに。
「ちなみにリエルさんは?」
「リエルはモファさんに捕まった。」
「お悔み申し上げます。」
「まだ死んでないわよ。」
そっちも関わりたくない。
「アンタはギルド入んないの?」
「今んとこは入るつもりないですね。」
「理由は?」
「碌な所なさそうなんで。」
「はっきり言ったわね。」
呆れ顔のベリーだが、彼女も否定はしなかった。
ヴァンはふと俺の方に向き直ると、真剣に訊いてくる。
「印象一個ずつ聞かせてくれ。」
「いいですよ。」
「褐礫は?」
「ブラック。」
「…紺糸。」
「自由人。」
「垂柳。」
「ヤクザ。」
「じゃあ、卯杖」
「クレイジー。」
「…姫萩。」
「……怖い。」
「全ギルドに喧嘩売ってること、分かってる?」
「正直、的確な感想だとは思うけどな。」
これに関しては各ギルドに問題があると思う。
ギルドは"任意参加の游蕩士組合"だったはずだ。
"暴力団や悪徳企業の総称"では無いと記憶してたのに。
---
昼下がり、快晴。
午前中に自身のギルド本部で事務作業を終わらせ、
今は午後の会議の為に游蕩団の事務所へと向かっている。
会議とは云っても、そこまで堅苦しい物でも無いのだが。
今日もメーセナリアには平穏な時間が流れていた。
五個程度の木箱を腕に抱えて足早に歩き去って行く少女。
まだ幼い少年から何かの感謝を伝えられている男性。
決死の面持ちで全力ダッシュをする青年と、それを猛追撃する丸刈りで顎に青髭を生やした化粧塗れな厳つい風貌の……、
「…何やってんだ、ミドル。」
俺はこの世に顕現してしまった悪魔に声を掛けた。
いったい何の儀式を行えばコイツが召喚されるのか。
契約者は相当な物好きで、強心臓の持ち主なのだろう。
…冗談はここまでにしよう。コイツは歴とした人間だ。
変人だらけのこの界隈で、比較的常識人寄りでもある。
「何よ、ん"もう?…あら? ――ってベイドじゃねぇか!奇遇だな!いやよぉ、久しぶりに受付のお姉さんに会いに行こうと思ったら、一つ厄介な依頼があるってんで困ってたのよ。やっぱ俺も紺糸の一員だからな。偶にはお世話になってる游蕩団、ひいてはお姉さんの助けになってやりてぇじゃねえか!」
「後者が本命だろ。」
「オメーそりゃそうだろ!男臭ぇ游蕩団の為なんかに誰が働くかよ!いいよなぁお前は、可愛い嫁さんも貰って、子供もそろそろだろ?俺なんかよぉ、十年近く游蕩士やってきて未だ独り身だぜ?あーあ、どうせお前なんか孫に囲まれて幸せな晩年を迎えるんだ!幸せになりやがれこの野郎が!」
ミドルは大袈裟に目頭を押さえてみせた。
「俺も今頃はなぁ、美女に囲まれながら楽しい日々を送ってる予定だったんだ!『キャー!ミドルさんの髭カッコいいー!結婚してー!』ってな?絶え間ない告白とプロポーズが飛んでくる中、こう言い放つんだよ。『おいおい、悪いがぁ俺は心に決めた女性がいるんでな。君達の気持ちは受け取れないんだ…。』でもレディ達も食い下がる訳よ。『そんな女より私の方が良いわよ!』そこで一言、『人生のパートナーはもう決めちまってるが、今夜のパートナーは空いてるぜ?何人でもかかって来やがれ!下半身には自信が」
「もう黙れよお前。」
少なくとも髭に惹かれてプロポーズするやつは居ねぇよ。
「あとそろそろその顔について突っ込んでいいか?」
「あ?中々にハンサムだろ?」
「その顔でオカマ口調してたんだろ?トラウマもんだろ。」
ミドルは仕方が無いと呟き、頭からマスクを外した。
いかつい青髭のおっさんが剥がされて現れたのは、
顎に軽く髭を生やした、清潔感ある短髪男の顔だった。
例えば、俺のように長い付き合いでもなければ…
先程の顔がマスクであることなど見抜けないだろう。
「んで、ベイドは事務所行く途中か?」
「あぁ。ロットは来るって言ってたか?」
「今日も朝から出てたっぽいからな。会ってねえぜ?」
「あいつはマジで…。」
昨日も夜遅かっただろうに、殆ど寝てないんじゃないか。
育ち盛りの青少年にはとても相応しく無い生活習慣だ。
そろそろ、彼の親父さんにチクっても良い頃合いだろう。
…そんな企みの思考は、ミドルの一言で断ち切られた。
「計画には乗り気だし、顔は出しそうだけどな!」
氷水が掛けられたかのように、俺の心が冷えていく。
"計画"という言葉で、浮ついた脳が大地に固定された。
…それを為すまでは、あらゆる犠牲を厭わないと誓って見せたのだから。
俺達は知っている。俺達は気付いている。
こんな平穏な日々が長く続かないということ。
続ける為にはそれなりのことを成さなければならない。
――例えばそれが、神への反逆であったとしても。
---
旅は続く。
変わりゆく風景を眺め。
尽きることのない会話に興じ。
時々現れる化物を狩っては食事と休憩に入り。
三人で焚き木を囲んでは再び眠りにつき――。
旅に不便はなかった。
ベリーの作るご飯は変わらず美味しかったし、
ヴァンの持つ豊富な知識と技術は旅の快適さを押上げた。
会話の種など数えきれないほど持っていたし、
それは無くなるよりも増える方が早かった。
『居心地が良い』――この一言に尽きるだろう。
だからこそ、罪悪感が何処までも付き纏う。
そうして、七日目の昼。
俺達はエフ森林に足を踏み入れた。
---