1話 大きな期待を寄せて
こんにちは、怠惰といいます。
小さい頃から物語を考えるのが大好きだったので趣味が高じてなろうで物語を書くことにしました。
コロナの影響で外を出歩けない今の世の中にインスピレーションを感じてこの物語を書いてみました。
拙い文章力ではありますが読んでくれた皆さんに楽しんで貰えたら幸いです。
読み終わったあとにご指摘や感想を貰えたら嬉しいです。宜しくお願いします。
「叔父さん!また外の世界の話を聞かせてよ!」
「ああ勿論!今日は何から話すか__。よし、まず海から話そうか」
「やったぁ!」
昔、叔父から読み聞かせてもらった外の世界の話を度々思い出す。
17の歳になってもこの外の世界を忘れられないでいる。
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25年前、突如飛来した巨大隕石によって人類の7割と大半の生物が消え去った。
残りの約3割の人類は、隕石が落ちる直前に完成した聖書の創世記の『ノアの方舟』に見立てた地下シェルター『Noah』に逃げ込み、なんとか生き延びたのである。
生まれも育ちもNoahの俺は、外の世界を1度も見たことがない。
隕石の災害が終わったのであれば地上へ出れば良い。
……という話になってくるだろうがそう簡単な話では無いのだ。
衝突した隕石から漏れ出た衝突放出物が25年経った今でも、生物を消し去る分解者として空気中を漂い、地上の世界を死の領域へと変えてしまったのである。
隕石の衝突の衝撃による津波や火山の噴火、舞い上がった粉塵が太陽光を反射したことによる『隕石の冬』も人類や動物が消失した要因の1つだろう。
しかし、その中でもイジェクタの到来が地球の生物を最も殺戮したと言っても過言ではない。
Noahは世界各地に点在し、それを守護し外の世界を飛び回る『オリヴィエーター』にいつしか俺は憧れ、幼馴染と共に志願した。
オリヴィエーターとは、ノアが放った鳩が咥えてきたオリーブの葉に因んで付けられた名前の集団だ。
俺は外の大地をこの目で見て、叔父が言っていた御伽噺が本当かどうかを確かめる為に試験を受けてみたが……。
俺はあっけなく試験に落ちた。ちなみに一緒に受けた幼馴染の方は一発で合格した。
どうしても外の世界を見たかった俺は、仕方なく『トランスポーター』の道を選んだ。
トランスポーターとは、Noahから別区のNoahに物資や交易品を輸送する配達人のような仕事だ。
トランスポーターはオリヴィエーターと比べ、外に出る頻度と移動距離は短く、普段は単調な仕事ばかりでつまらない。正直幼馴染が心底羨ましい。
しかし外を見てみたいという俺の夢のために背に腹はかえられない。
さっそく明日の朝、俺は運搬者の任務で初めて外を出る。居ても立っても居られない。
……そうだ!久しぶりに外の世界を想像して地図を描いてみよう!
叔父は海は青いと言っていたけど本当なんだろうか?
・
「ツカサ。ねぇ、いつまで寝てるのツカサ。起きなよ」
「……」
カーテンを引く音と共に、人工太陽の強い光が瞼を貫通して目に届く。
「……あれ、レイじゃんか。……いま何時?」
机に突っ伏していたツカサは目を擦りながら、自分を起こしにきた少女に現在時刻を問う。
透き通るような髪色と華奢な身体が印象的であるこの少女、レイは俺の幼馴染であり若干17歳という最年少の若さでオリヴィエーターの試験を首席で合格した、俗にいう天才である。
容姿端麗で強くて頭もいいとか……天は二物以上を与えたようだ。
レイは左手首につけた時計に目を落とした。
「午前9時」
「……え?」
一気に眠気が醒める一言であった。嫌な汗がじわりと額に浮かぶ。
「私たち護衛者の中枢都市への集合時間は午前10時。
運搬者の貴方の集合時間はたしか荷物を纏めることを加味して……、午前5時30分。だったかしら」
「……あ、隊長に殺される」
「1秒でも早く準備した方が身のためよ」
ツカサは瞬時に椅子から飛び上がり、寝巻きを脱ぎ捨てながら家を出る準備を始めた。
「なんでもっと早く起してくれなかったんだよ!!」
・
「ゼェ……ゼェ……。こんな時に限って渋滞とか、そりゃねぇだろ…」
何とか中枢都市に辿り着き、体力を使い果たして肩で呼吸するツカサに、レイは呆れた表情で質問を投げ掛ける。
「なんで目覚ましをかけなかったの?」
「……外の世界にいけると思ったら…ハァ、…ワクワクして眠れなくて地図描いてた」
まるで遠足を楽しみにしている子供のような理由に、レイは更に呆れ返った。
俺は地図を描くことが1番の趣味だ。
昔、地上の調査チームの一員であった俺の叔父が、御伽噺のような外の世界を夜な夜な俺に言い聞かせていた。
叔父の語っていた「外の世界」を、今でも俺は想像のままに地図として描いているのだ。
「いい夢は見れたかね?ツカサ君」
「げ。……た、隊長」
カツカツと靴音を鳴らして現れたのは、運搬者の統括であるゲラルト隊長だった。
「おや、これはレイ殿。この度は我等の護衛、何卒宜しくお願い致します」
恭しく礼をするゲラルト隊長に対し、レイは目礼を返すのみだ。
このように、護衛者と運搬者との差は歴然である。
護衛者はトランスポーターの護送だけではなく、野蛮な『地上人』の襲撃を防いだりと、Noahの住人の中には護衛者を英雄視する人々も少なくない。
ゲラルト隊長はゆっくりとツカサの方へと向き直る。
「はは、よもや任務初日に寝坊をする新人など、私は初めて見たよ。君は凄いね」
ニコニコと笑ってはいるがその額には青筋が浮かんでいる。ついでに目も笑っていない。
(ここは冗談を言って和ませよう)
「あ、はは……。お褒めに与り恐縮です」
プチン、とゲラルト隊長の額から、毛細血管が切れる音がたしかに聞こえた。
(あっ、殺される)
「……一刻も早く防護服とマスクを着用したまえ。そろそろ他の護衛者の方々がお見えになる」
「了解ですッ!」
・
俺が脱衣室の扉を開くと、そこには無精髭を生やした男が俺のロッカーに寄りかかっていた。
(今日は本当にツイてないな)
「おー、これはこれは。新人クンが社長出勤ですか」
「……」
ツカサは無視を決め込み、ロッカーを開けようとする。
しかし扉を無精髭の男がすぐさま閉めた。
「無視とはつれねぇじゃねぇかよ、同じ護衛者の試験を受けた仲だろ?ま、俺は合格確実だったけどな」
じゃあなんでトランスポーターにいるんだよ、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺は本題に入った。
「……用件はなんですか。ダグラスさん」
「よくぞ聞いてくれた!」
この無精髭の男、ダグラスは俺より1年長く運搬者をやっているいわば先輩だ。
ことあるごとに先輩風を吹かしてくるのだが、どこか憎めない愛嬌のある人物だ。
ダグラスは指をパチンと鳴らして、待ってましたとばかりに用件を話す。
「オレの荷物の半分、お前が持ってくれね?遅刻した罰としてさ!」
運搬者1人分の持つ物資だけでも30㎏の重さは優に超える。
それに防護服と特注マスク諸々を着用したのを想定すれば、人一人分を担いでいるのと変わりはない。
そこから更にダグラスの荷物の半分の重量を背負うのは御免だ。
「さすがに無理ですよ!シミュレーションでもそんな訓練はされなかったじゃないですか。
それにゲラルト隊長にバレたらダグラスさんだって怒られますよ」
「そんな事言うなよ新人クーン。最近肩が痛くてキツいんだよー。こんな状態で任務やったら、オレが全体の足手まといになって大変なことになるだろー?」
髭面のオッサンの上目遣いほど気持ち悪いものはない。一刻も早く、この場から離れたくて渋々承諾することにした。
「…はぁ、分かりましたよ。今回だけですからね」
「おう!それでこそオレの仲間だ!」
荷物持ちの間違いだろそれ……。
・
11:15a.m. 出発時刻
10人の運搬者とレイを含めた3人の護衛者が中枢都市に集まった。
ゲラルト隊長は軽く咳き込み、作戦内容を話す。
「これより20km先の別区のNoahへと向かう。外の世界は樹海が広がっており、歩くのが非常に困難な状況となっている。誤って転倒して物資を破損させるようなことは無いように。
そして護衛者のお歴々が護衛されているとはいえ、我々トランスポーターも細心の注意を払うように。……いいな?」
『了解!!』
運搬者と護衛者の一行は、地上へ出る為に許容重量800tを超える巨大エレベーターに乗り込んだ。
一般人は絶対に通行禁止のため、限られた人物の指紋認証と虹彩認証でなければ入ることは出来ない。
ツカサはいくら外の世界が危険と分かっていても、外の世界への期待で昂揚を隠せないでいた。
その姿を見た護衛者の1人はぼそり、と独りごちる。
「……あのガキ。一番最初に死ぬだろうな」
・
ゴウン、ゴウン、と重厚な機械音と共に徐々にエレベーターが上昇しているのが理解る。
錆ひとつ無かった鉄が数時間で分解され、生身の人間が歩けば僅か10分で死亡し2時間で完全に消え去る外の世界。
気持ちの昂りとともに、若干の恐怖もツカサは感じていた。
__大丈夫。イジェクタから身を守るためのこのスーツとマスクがあるんだ。
俺は自らが着用している防護服を撫ぜた。
このスーツは通称レプタイル(爬虫類)スーツ。
地獄の具現ともいえる外の世界から身を守るために、人類の科学の粋を集めたスーツである。
このスーツは爬虫類の脱皮から考案された衣服で、分解が進めばその分解された部分がボロボロと皮膚のように剥がれる仕組みとなっている。
このレプタイルスーツの難点は、いくら改良が進んで軽量化されているとはいえ繊維が幾重にも重なっているため約10㎏と非常に重い。(3日間、外の世界にいればワイシャツほどの軽さと薄さになるのだとか)
ちなみにトランスポーターのスーツはデフォルトの透明色だが、オリヴィエーターの場合は黒を基調とした色にに赤いラインが走っている。
正直こっちの方を着たい。
「ツカサ」
凛とした声に向き直ると、護衛者用の防護服を着たレイがそこに立っていた。じっと俺を見つめている。
「な、なんだよ」
「勝手な行動しないでよね。例えば外の土や石を持ち帰るとか」
「そんなことするわけないだろ……」
俺の言葉を聞いたのか、運搬者の仲間全員が『嘘だろ』と言わんばかりに俺の方を振り向いた。
……俺ってそんなに信頼無いの?
「新人クンならやりかねないけどな」
「どういう意味ですかそれ!?」
ダグラスの冗談に俺は悲鳴じみたツッコミを入れる。
「いやいや、毎度毎度仕事終わりに外の世界について語ってたもんだからさあ。有り得るかなと」
「土ですらイジェクタに汚染されてるのは俺でも知ってますよ……。
持ち帰るなんてしたら、Noah中が大惨事になりますって」
外の世界に生えている植物や土壌、その全てがイジェクタに汚染されていることは一般常識としてNoahの全ての住人が認知している。
もし外の世界の石を持ち帰ったものなら、石に接地した床が分解され始め、そして家全体に分解が起き、隣の家屋、タワーへと連鎖し…やがて街が崩壊する。
まず終身刑は免れないだろう。テロといっても過言ではない。
ちなみにこれを学校で知って、持ち帰れないのかとがっかりしたのは内緒だ。
「そんなことをしたら、私が責任を取ってツカサを介錯するわ」
レイが冗談かどうか判断できない表情でそう呟く。
介錯なんて言葉、どこで覚えたんだ?という思いが俺の頭を過ぎったが、先日レイが勝手に俺の家で『暴れんボーイ将軍』という謎の時代劇を鑑賞していたのを思い出した。
「おっ、ジャパニーズのサムライのハラキリってやつか?いいねぇ」
「何も良くないでしょうが!」
どっと笑い声がエレベーター内で広がり空気が弛緩する中、一行の気持ちを引き締めるためにゲラルト隊長が咳き込んだ。
「諸君、もうじき地上だ。マスクが繋がっているか絶対に確認するように」
マスクをつけたことで少し声がくぐもったゲラルト隊長が注意喚起をする。
俺も確認のためにマスクに触れる。
(うん、大丈夫だな)
少しの揺れと共に、エレベーターの表示灯が点滅した。
地上に着いた合図だ。
エレベーターの重厚な扉が開き、俺の目には外の世界が映った__。
・
『ツカサ。よく聞けよ?外の世界にはな、それそれは大きな木が沢山あってだな__』
叔父が話した外の世界の言葉が頭の中に甦る。
「……すげえ!」
エレベーターから飛び出し、俺の目の前に広がった光景は美しい世界そのものだった。
大地には恐竜の時代を思わせる巨大な樹木が密生し、大蛇のような 太い蔓をびっしりと纏っていた。
そして草木は美しい花が咲いており、赤々とした果実がたわわと実っている。
空には大きく、色が濃い虹が架かっており、遠方からは鳥の囀る声が聞こえた。
ツカサはこの光景をメモに残そうと、胸ポケットから手帳を取り出した。
「……!」
すると取り出した手帳はみるみるうちにイジェクタの分解が始まり、手に持っていた手帳はちっぽけな紙屑へと変貌した。
「現地で記された記録や写真が無いのはこういうことか……!」
カメラを持ってきてもすぐさま分解され消えてしまう。そのため教科書や文献などには一切映像や写真が存在しないのだ。
故に外からの情報は、その場を見てきた人間の口頭の説明や記された本のみとなる。
「おい、後ろがつかえている。早く移動しろ」
後ろにいた護衛者に低い声で注意された。
「あっ!すみません!」
申し訳なく思った俺はすぐさま頭を下げる。
「……好奇心は猫を殺す。くれぐれもチームから離れるなよ。
……もういい、頭を上げろ」
俺は頭を上げて、その護衛者の顔を見ると萎縮してしまった。
顎と片腕が欠損していたのだ。
「……フン」
その護衛者は驚いた俺の顔をみて、怒りとも悲しみともとれる表情を一瞬浮かべ、その場を後にした。
「凄い貌してるでしょ、あの人」
「うわッ!」
不意に耳元で囁かれ、ゾワリと鳥肌が立った。
「おま…!いきなり驚かすなよレイ!」
バッと片耳を手で覆い、ツカサはレイを睨みつける。
「だって、ツカサが一々とるリアクションが面白いからさ。
今日も寝坊してるかなーと思って、ギリギリの時間に起こしたら案の定、凄いリアクションしてたし」
「お前なあ…!」
やはりあの時間帯に起こしたのはワザとだったらしい。
「それよりあの人。ジャックさん。
あの人、2年くらい前の地上人の襲撃であんな貌になったらしいわよ」
「そうなのか……」
たしかに2年前、運搬者と護衛者のチームが地上人に襲われた話を聞いたことがある。
「あの人がそのチームの最後の生き残りだったらしいわ。もう1人重症の護衛者がいたらしいけど治療してる最中に死んじゃったとか」
顔の半分と片腕を失い、たった1人、自分だけ生き残る。
想像するだけも苛酷な出来事だ。
「そんな過去を持った人に俺はなんてことを……」
「別にそこまで考えなくて思うけど?あの人気にしてないだろうし。
それにどう見ても友達いないだろうし」
「最後のはどう見ても要らねえだろ」
レイはふと俺の防護服の袖をつまみ、俺の目を見据えた。
「ツカサは絶対、私から離れないでね」
「……?ああ、チームから離れるなんてことはしないよ」
運搬者と護衛者のチーム一行は別区のNoahに向けて移動を開始した。
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時同じくして、その一行を木陰から見下ろす3人の男がいた。
3人とも褐色の肌に赤い双眸、銀髪と同じ容姿をしている。
そして同様に特注マスクやレプタイルスーツを着ていない。
「ゲラルトってのはどいつだ?」
1人の快活そうな男が残りの2人に尋ねた。
それに対して、両手に数個ずつ石を持った男が答える。
「中央の、少し前を歩いている奴がいるだろ?聞いた外見と同じだ」
「じゃあ、あの1番後ろを歩いているやつは?」
「……知らんな。黒い防護服を着てないようだし、どうせ運び屋だろ。あんな奴が1人居たところで俺らの計画になんら影響はない」
「えーと、最初にオリヴィエーターを殺して、次にゲラルトを生かしたまま捕らえる。そして物資をひとつ残らず奪って…」
快活そうな男は指を折って計画の手順を復唱する。そして計画の中の最後の疑問を口に出した。
「その後、ほかの奴等はどうしようか?」
「決まってんだろ」
口角を吊り上げながらリーダー格の男が言い放つ。
「__皆殺しだ」
・
「おーい、新人クン。そんなに遅いのなら置いてっちまうぞー」
ダグラスのおちゃらけた声が50m先から聞こえる。
「クソッ、誰のせいだと思ってんだよ…!」
本人には聞こえない声でツカサは恨み言を吐いた。
シミュレーションとは比べ物にならないほどの足場の悪さと荷物の重さだ。
滝のような汗が流れる。
「……ん?」
周りを見回すとこの付近はどうやら樹木が伐採されておりかなり拓けている。
へえ、別区のNoahの役員も、わざわざ道を作るなんて気が利いてるな。
そんなことをふと思ったツカサであったが、嫌な考えが脳裏を掠める。
「__木を伐採した…?」
鉄すら分解される外の世界でどうやって?
「みんな!この場所はどこかおかし__」
俺が皆に危険を知らせようとした瞬間、激痛が走った。
「ぁ___」
突如視界が真っ赤に染まった。否、俺自身の血でマスクの視界が遮られたのである。
「ツカサッ!!!」
レイの絶叫する声が、意識が消えかかる俺の耳に届く。
俺はその場を崩れ落ちるように倒れた。
なろうのルビ振り機能すごく便利ですね