75話 墓場山脈での別れ2
「アキトとは相思相愛なの。邪魔者は消えて」
「それは貴方の方です。幼なじみだかなんだか存じませんが、アキトは私の愛する旦那様です。自分勝手にフった上に殺そうとするような貴方に、好意を寄せる資格はありません。失せなさい」
「はぁ? はぁ~? あのね、アキトは私の物なの。本来結婚するべき相手は私だったのよ」
「ですが貴方はそこの男と結婚しましたよね」
「あ、それは……」
ジュリエッタが言葉につまる。
どう言い繕っても現実は変わらない。
彼女は僕を捨て、ライをとった。
あの日、道は完全に分かたれたのだ。
それは彼女も理解しているはずだ。
そもそも僕はジュリエッタのことをなんとも思っていない。
「……やっぱ納得いかねぇ」
沈黙していたライが突然、槍で僕を突く。
寸前で躱した僕は、後方へ飛び下がり双剣を抜き放つ。
「何するのライ!? アキトに取り入る計画が台無しになるじゃないの!」
「関係ねぇよ。レインの野郎の都合も知ったことじゃねぇ。俺は決めた。全部ぶっ壊して道連れにしてやる。死んだ俺の盛大な葬式だ! ぎゃはははっ!」
「ああああもう、やっぱり何もかも上手くいかない! もういいわ、力尽くでアキトを取り戻す!」
ジュリエッタも剣を抜き、僕へと斬り込んでくる。
剣と剣がぶつかり金属音が反響した。
「私と結ばれたかったでしょ。あの日のことは謝るから、あんな女なんか捨てて一緒になりましょ。私のテクニックで絶対満足させてあげるから」
「……ごめん」
「そんなにあの女が良いのか! どうして私じゃだめなんだ! アキト、アキトォオオオオオオオオオオオッ!!」
アマネへの気持ちは揺るがない。一ミリもだ。
双剣で剣撃を受け流しつつ隙を窺う。
一方でアマネとライとの戦いが始まっていた。
槍と槍が激しく鬩ぎ合う。
「うさ耳女、てめぇとも決着をつけねぇとな。どっちが一番強い竜騎士かここで白黒つけてやる」
「もうついていたと思いますけど」
「なに言ってやがる。竜騎士ってのは竜を乗りこなしてこそだろうが。一頭も連れてねぇてめぇと俺とでは、天と地ほども差があるんだよ」
ライは後方へ跳躍し、レッドドラゴンの背に乗る。
すぐさま「ブレスをお見舞いしてやれ」と足下に向けて命令した。
レッドドラゴンの口が開き、勢いよく炎が噴き出す。
「一番挑んではいけない勝負に出てしまいましたね――」
アマネとエミリが炎に飲み込まれる。
僕とジュリエッタは咄嗟に、それぞれ残骸の壁へと身を隠した。
「ライ、私も殺す気!?」
「ぎゃははは、もうなにもかも灰になればいい! 思い通りにならねぇなら全部消してやる!」
「どこまで足を引っ張れば気が済むの。最低、ほんと最低」
「うるせぇよ。どうだアキト、最愛の嫁をぶっ殺された気分は――あ?」
炎の中からドラゴンが顔を出した。
巨躯はブレスをたやすく遮り、ライとレッドドラゴンを睥睨する。
あの二人は僕でも敵わない最強ペアなんだよね。
奥さんと娘は怒らせないに限る。
「まさか、エルダードラゴン……だと?」
「私にも一応ですが、騎乗できるドラゴンがいるんです。さ、一方的な狩りを始めちゃいましょうか」
「がぁおおおおおおおっ!」
エルダードラゴンとなったエミリが吠える。
馬鹿げた声量でこの山脈がびりびり揺れた。
まともに咆哮を喰らったレッドドラゴンは炎を飲み込み、姿勢を低くすると尻尾を丸めて怯える。
「何してんだ! ビビるな!」
「ぐる」
「あんなのは偽物だ。本物のドラゴンが震えてんじゃねぇ。空中戦で化けの皮剥がしてやる」
レッドドラゴンが羽ばたき舞い上がる。
同じくエミリとアマネも飛翔。
二頭の竜は瞬く間に速度を上げて空中戦を始めた。
「死ね!」
「はぁっ!」
騎竜と騎竜が交差する度に、騎乗者の攻撃が交わる。
僕もジュリエッタもしばし戦いを忘れて空に見入っていた。
竜騎士の空中戦は貴重だ。竜騎士同士ともなれば歴史上でもそう多くはないはず。
ドラゴン騎乗はワイバーン騎乗とは全く違う。
圧倒的な質量が高速飛翔し、その高い火力をもって敵を焼き尽くす姿は空の王者であり人々の希望だ。
ギギン。ギンッ。
空で花火のように火花が散る。
「騎竜を得た俺が、押されているだと? だったらアへ顔だ!」
「さらに力が強まりますか……エミリ」
「任せてなの」
エミリがさらに加速する。
互いに旋回を繰り返し、とうとうレッドドラゴンの後ろを捉えた。
「死んでも逃げろ! ちっ、なんて速さ――!?」
「ブレスなの!」
ごうっ。閃光にも似た豪火がエミリから吐き出される。
ライは寸前で回避したが、その極太のブレスに顔面蒼白となる。
閃光はまっすぐ駆け抜け消えた。
「今です!」
「がぉおおお!」
回避行動で速度が落ちた瞬間を狙い、エミリが勢いのままレッドドラゴンの胴体へ噛みついた。二頭はそのまま僕らのいる間近で落下。轟音と衝撃が山脈を揺らす。
「はぁ、はぁ……」
「今度こそ終わりですね」
矛先を突きつけられたライは苦々しい表情を浮かべていた。
エミリもレッドドラゴンを踏みつけ咆哮する。
「ジュリエッタ、俺を助けろ!」
「は? どうして貴方なんか助けなきゃならないの?」
「俺はてめぇの旦那だろ!」
「この際はっきり言うけど、私は貴方と結婚した覚えなんてないの」
「待てよ、そりゃいくらなんでもむちゃくちゃ……」
あのライが絶句している。
彼は槍を強く握り、アマネの制止を振り切り駆け出す。
そして、剣と槍が互いの胸を貫いた――。
「てめぇなんか寝取るんじゃなかったぜ。クソ女」
「あんたなんかと結ばれるんじゃなかった。最悪、人生台無しよ」
ライとジュリエッタの相打ち。
いきなりのことで僕もアマネもただただ動けず見ているだけしかできない。
そのまま二人は倒れ、動かなくなった。
「大丈夫ですか、アキト」
「うん……」
アマネが抱きしめてくれる。
幼なじみとの永遠の別れ。
脳裏に幼かった僕とジュリエッタがよぎった。
夕焼け空にトンボを追いかけたあの頃、僕らには幸せな未来が待っていると漠然と考えていた。君には、どんな形でも生きてもらいたかった。
ライと幸せになるのならそれでも良かったんだ。
「ねぇねぇ、このドラゴンどうするなの?」
エミリは今もレッドドラゴンを踏みつけていた。
すでに闘志はくじけ、乗り手であったライへ黙祷を捧げるように目を閉じている。
殺してしまった方がいいのだろうか。
「ギリ、ハタシタ、タタカウイシ、ナイ」
「しゃべった!?」
拙いがレッドドラゴンが人語を発した。
……いや、ドラゴンは賢い。
古い書物にだって喋るドラゴンは出てくる。本物のエルダーだって去り際に流暢に喋ってたじゃないか。
アマネがレッドドラゴンに近づく。
「でしたら私の騎竜になりませんか?」
「……ジユウ、ナリタイ」
「そうですか。エミリ、解放してあげて」
エミリが足を退けると、レッドドラゴンは翼を大きく開く。
一度だけライとジュリエッタを一瞥してから大空へ羽ばたいた。
「逃がして良かったの?」
「竜姫の力なのでしょうか、彼の目から穏やかで自由に暮らしたい気持ちが伝わってきました」
「そっか」
ドラゴンの全てが人に害を与えているわけじゃない。むしろ大部分は人里離れた場所で静かに暮らしている。
あのドラゴンは良くも悪くも人との関わりに飽きたのだろう。
ズズン。黒煙が昇り地響きが起きる。
そうだ、まだウォーレンさん達が戦っている。助けに行かないと。
炎に包まれた岩が無数に空を飛び、その一つが近くで落下。
煙を立ち昇らせる巨大な岩は、ライとジュリエッタを押しつぶした。
「行きましょう」
「うん」
この戦いが終わったら、花を添えに来るよ。
大好きだったジュリエッタ。