74話 墓場山脈での別れ1
アスファルツの鞭が強烈に地面を叩く。
雪や土が舞い上がり衝撃波が駆け抜けた。
鞭とは思えないとんでもない威力。以前戦った時とはキレも重さも段違いだ。
攻撃を躱すオズヌさんとウォーレンさんは冷や汗を流していた。
「四天王ってのはどうしてこう化け物マン揃いなのかね。やれやれだぜ」
「むぅ、英雄二人を相手に一切隙を見せぬか。近距離戦を得意とする我らには苦手な相手だな。どうにか距離を詰められれば勝機もあるが」
「無駄無駄。アタイは中距離のエキスパートだよ。この鞭のかいくぐれる奴なんてそうはいないじゃん」
鞭が遺物の破片を吹き飛ばす。
攻撃の前後には隙が生じやすいが、彼女にはそれがなく一撃一撃の間が極めて短い。
「儂が受け止める。攻撃はお主に任せた」
「最強のウォーレンが守ってくれるんなら心強ぇマンだぜ。俺っちも活躍しねぇと嫁と子供に愛想尽かされちまう」
ウォーレンが聖盾ダンフォートで鞭を受け止める。
轟音が響き彼は耐える。
「アタイの鞭を凌いだのかい。じゃあもう一撃」
「そこだ!」
再び盾で受け止めた刹那、ウォーレンさんがカウンターを放つ。
衝撃は押し返され波となってアスファルツの手元へと直撃。攻撃直後だからなのか、彼女の手から暴れる蛇のごとく鞭の柄が飛んだ。
「鞭にカウンター攻撃!? ありえな――」
「俺ちゃんの出番だぜ」
飛び出したオズヌさんが至近距離から連撃を繰り出す。
アスファルツは擦り傷を作りつつ、ぎりぎりで躱しながらじりじり足を下げる。
「ウォーレン、まだ舐めてたじゃん。あれを跳ね返すなんて常識ってものを知らないのかね」
「形勢逆転マンだな。はいやぁ!」
「ぶぎっ!?」
オズヌさんの回し蹴りが彼女の横っ面にめり込み、遺物の残骸へと突っ込む。
がらがら。
積み重なった金属が崩れ土煙を上げた。
「初めての試みだったが上手くいった」
「だははは、すんげぇことするよな。じいさんだけは敵に回したくないマンだぜ」
ズンッ。
地面が僅かに揺れる。
みしっ、瓦礫の内部から指が出て、めぎめぎと金属を縦に引き裂いてアスファルツが現れた。
全身傷だらけだが致命傷はない。
怒りを露わにする顔は先ほどの余裕など微塵もない。
「アタイはね、同族に呪いをかけられてんのさ。これを見せるのが嫌で嫌でたまらなくて、敵を近づけないようにしてたんだけど。英雄相手に生っちょろいこと言ってる場合じゃなかったじゃん」
彼女の身体がミシミシ鳴り、あまりの急速な膨張に服が破れる。
全身から太く長い毛が生え全身を覆う。美しい顔は醜く変貌し、長く鋭い犬歯が口からはみ出ていた。オーガのようにも見えるが、それとはまた雰囲気が違う。
伝説でのみ語られる魔物、オニのようだった。
「この呪いはアタイの痛みに連動してて、苦しむ度合いが高いほど狂化される。いいのをもらったお返しに――ころしてあげりゅぅうううう!!」
アスファルツの野太い声が響く。
◇
ラーケットが黒いナイフを投げる。
クラリスさんは聖星銃の銃身でたたき落とし反撃。しかし、遮蔽物の多いこの場所では弾丸は当たらず遺物の残骸にばかり命中する。
「焦っているな。クラリス」
「いえ、興奮してます♡ 小生は強敵であるほど濡れるたちなので♡」
「変人の類いだったか。揺さぶりは通用しないようだな」
会話をしつつクラリスさんは仲間に目配せをする。
ヤコンさんを含めた四人は、ラーケットの潜む残骸を包囲しようとしていた。
「一つ聞くが弾の数に制限はあるのか」
「これは魔力を弾丸として撃ち出すS級遺物。小生の魔力が尽きない限りいつでも貴方を蜂の巣にできますよ。ところで蜂の巣ってなんだかエロくないですか」
「頭のおかしい会話を混ぜるな。しかし、S級遺物とは相変わらずぶっ飛んだ代物だな。一応制限はあるとはいえ、その性能は桁外れだ」
包囲が完成、ヤコンさんが手合図をする。
四人はラーケットの潜んでいる残骸へ迫った。
「がっ!?」
「あぐっ」
「ぎっ」
「ごがっ」
四人が黒い四人に攻撃され、弾き飛ばされる。
静かに残骸の陰から出てきたラーケットは、無表情のまま自身の服を軽くはたいて埃を落とした。
「僕は闇魔法の使い手なんだ。そして、これこそが得意とする戦法。このラーケットは四天王のリーダーであると同時に魔王なんだよ。レイン様が復活されるまで魔族を支配していたのはこの僕」
ラーケットは黒いラーケットの肩に腕を乗せる。
他の三人もゴラリオス、アスファルツ、ミッチャンの姿をしていた。
彼は指を鳴らし自身の影だけ消し去る。
「珍しい属性をお持ちなのね。少し驚きました」
クラリスは仲間の安否が気になっているようだ。
視線が何度かラーケットから外れた。
「この能力は普段、偵察に使っている。分身と本人の意識を繋ぎ、有能かつ死なない偵察兵として活用しているのだが……実力は半分以下になってしまってね。繋がりのないこの状態では10分の3も発揮できない」
「そんなことを敵に教えていいのかしら」
「構わないさ。困ることでもない」
ぼっぼっぼっ、四天王の影が次々に現れる。
総数は五十。
普段は余裕たっぷりのクラリスも額から冷や汗を流した。
「どうしましょうか。こんなにお相手がいますと、小生のこのドエロい身体でも保つかどうか心配になります」
「卑猥に聞こえるだろうが」
「申し訳ありません。小生はスケベですので♡」
クラリスさんの聖星銃が輝く。
周囲に四つの疑似的な黄色い銃身が出現し、魔法陣のように黄色いラインが円を描く。
「ソフルデッド・モードマシンガン」
ヴウウウウウウウゥ!
四つの銃身が回転し弾丸が延々と発射される。
向かってくる四天王の影は、撃ち抜かれると黒い粒子となって消えた。
それでも数はなかなか減らない。
クラリスの顔がどんどん険しくなっていた。
最後の一人が消え、四つの銃身も消える。
ソフルデッドの一部からごぉおおと熱風が放出された。
「おかわりはまだかしら。これじゃあ小生をびしゃびしゃに濡らすことはできないわよ」
「ここまでやれるとは僕も想定していなかった。無礼だったことを詫びよう。こっからはもう少し本気で行く」
四天王の影が新たに百体出現した。
クラリスさんの笑顔がややひきつる。
「うぉおおおおおおおっ! 殺す!」
「なんかヤベぇ。雰囲気がまともじゃねぇマンだぜありゃ」
「お主が相手しろ。儂はああいうのは苦手だ」
「英雄ウォーレンはどこいったよ!」
オズヌさんとウォーレンさんが全力疾走で横切る。
その後を追いかけてアスファルツが乱入、四天王の影を捕まえ頭から囓る。
「おい、アスファルツ。邪魔をするな」
「アタイはすっきりしたいんじゃん。イライラが我慢できない。迸る殺意が、がま、がまままま、がまんできなぁぁぁない!」
「ちっ、やはりゴラリオスを連れてくるべきだったが」
クラリスさんは物陰に身を隠した。
どうやらあの攻撃は再使用に時間がかかるらしい。
◇
僕は戦いから目の前に意識を戻した。
依然としてジュリエッタとライは動かず、ドラゴンから見下ろしている。
戦う、って雰囲気ではなさそうだ。
けれど刺すような殺気はある。
「そろそろ何をしたいのか教えて貰えないかな。戦うつもりなら相手になるよ」
「何度も何度もよく平気で顔を出せますね。アキトへの仕打ち、忘れたとは言わせません。罪を償う気持ちがあるのなら、きちんと国へ戻って罰を受けなさい」
「ケツ毛燃やしてやるなの! ケツ出せ!」
あ、うん。エミリは黙ってよーね。
すとっ、ジュリエッタが目の前に飛び降りた。遅れてライも。
「その女より、私の方がアキトとお似合いよ」
……は?
いきなりなんなんだ。
「俺は激しく後悔している。てめぇらに関わるんじゃなかったと。ジュリエッタは返す、謝罪だって必要ならしてやるよ。だからてめぇらはこの戦いから身を退け」
……え? なんだって??
発言の真意が読み取れず眉間に力が入る。
一貫して彼らは敵対していた。
なのにここにきて和解(?)的な言葉を吐き始めた。狙いはなんだろうか。
「私とアキトは相思相愛でしょ。一時は気の迷いだったのかも、と思ったりもしたけど、ようやく真実の愛に気づいたの」
「異性として見てくれていたんだね」
「一応ね。剣聖である私と芋っぽい貴方とでは、全然釣り合わないって気が付いて……あ、違う違う。幼なじみとしてずっと好きだったのよ」
「アキトは芋っぽくありません! 格好良くていつも輝いてます!」
「あんたうざいわね。アキトと話をしてるのよ」
アマネがジュリエッタを睨み付ける。
て、照れるな、格好いいとか輝いてるなんて。
やっぱり僕の奥さんは素敵すぎる!