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64話 僕は英雄に試される


 エダンにある遺跡庭園には、要人にのみ立ち入りが許される特別な場所が存在する。


 僕らはクラリスに案内されて、花々が彩る小道を歩く。


「室内なのにこんなにも自然豊かなのですね」

「蝶々が飛んでるなの」


 巨大なドームの天井には空があって暖かい光が降り注ぐ。


 大人二人がすれ違うのもやっとの道の脇には、どこからか吹く風に白や黄色やピンクの花が揺れていた。


 小さな橋にさしかかると、真下のちょろちょろ流れる小川をのぞき込んだ。

 同様にシリカ王女も嬉しそうに橋から身を乗り出す。


「アキト様、見てください。小魚があんなに」

「へぇ、ちゃんと魚もいるんだ。でも食べられるサイズじゃないね」

「観賞用に飼育しているのでしょうか。とても愛らしい」

「エミリも魚をペットにしたいなの。いくら払えば手に入るなの」


 二人とも揃って魚に夢中になっている。


 シリカ王女は普段から大人びた印象の方だが、こうしてみると年相応の無邪気さもちゃんとあるようだ。

 まぁ、そうでなければ池に落ちるような失敗なんてしないか。


 クラリスとアマネが先を行く。


「二人とも置いて行かれるよ」

「パパ、待ってなの」

「主賓である私が遅れては大問題ですね」


 僕らは二人を追いかける。



 ◇



 部屋へ通された僕らは、すでに勢揃いする面々に一斉に視線を向けられた。


 各国の代表の背後にはその国の英雄が控えている。

 クラリスもエダンの英雄として国王の背後へ静かに移動、シリカ王女も僕らを連れて代表として参列する。


 まだ時間には余裕がある。

 遅刻ではないので謝罪の必要はない。


 エダン国王があからさまな咳をして傾注を促した。


「我が国へご足労いただき感謝する。この会議は邪神討伐への布石として開催される重要なものだ。初参加の者達もいるので、是非ともこの機会に親睦を深め、情報交換をしてもらいたい」


 彼はシリカ王女へ目配せする。


「お初にお目にかかります。わたくしはルビナス国王女シリカと申します。この度は陛下の代役として参らせていただきました。そして、こちらは我が国で新たに英雄となった蜜月組の皆様です。アキト、自己紹介を」

「どうも、リーダーのアキトです。こっちは妻のアマネにそっちは娘のエミリ。なりたてで変な発言をするかもだけど、大目に見ていただけるとありがたいです」


 挨拶をした僕らに、代表陣からも英雄達からも大きな反応はなかった。


 向けられた目から感じるのは、興味、疑い、侮蔑、怒りなど。

 喜んでくれている人達も一部にはいたが、大半は本当に英雄にふさわしいのか怪訝な様子だ。


「見るからに弱そうマンじゃん。期待されてたはずの剣聖ジュリエッタが、あのお粗末なレベル。こいつらも期待外れマンってのはおおいにありえるぜ」


 リューカーシャ国の英雄、虎部族のオズヌがそのよく通る声で疑問を呈した。

 いち早く反応したのはドルリジアの英雄クリス。


「オズヌ殿、このような場でそのような発言はいかがなものか。しかし、確かに彼らの実力には強い興味がある。本格的な話し合いが始まる前に、ここは一つ双方を知る意味で簡単な試合をされてはどうだろうか」

「シリカ王女が反対でなければだが……どうだろうか」


 エダン王の言葉にシリカは頷く。

 よく分からないうちに戦うことが決まってしまった。



 ◇



 庭園には石畳の敷かれた広場のような場所がある。


 僕の相手をするのは虎部族のオズヌ。

 琥珀色の長髪を後ろで縛る長身の男前だ。


 格闘戦を得意としているようで、両腕にはS級遺物だろうガントレットが装着されている。


「改めて自己紹介マンだ。俺ちゃんはリューカーシャのオズヌ。で、こいつは我が国が有するS級遺物、聖牙拳ラスハートだ。がっかりマンにさせんなよビルナスの英雄」

「うん、まぁよろしく」


 彼の噂は耳にしたことがある。


 アイラと同じ拳聖にして実力はそれ以上。


 接近戦の天才と呼ばれていて、今代の英雄においても五本の指に入る強さだそうだ。

 そして、恐らく僕と同じ瞬歩の使い手。

 油断すれば一瞬で終わる。最大限の警戒をしなければ。


 クリスの合図が広場に響く。


「まずは反応速度から!」


 彼の姿が消える。

 だが、ほぼ同時に僕も瞬歩を使って攻撃を躱し、真横から剣を振り下ろした。


「どわっ!? 危ねぇマンじゃん!」


 ギリギリで身をひねって躱した彼は、素早く後方へ飛び下がる。


 まったく危なくはないのだけれど。

 殺さないように手加減しているし、当たる前に寸止めするつもりだった。


「なんだ、てめぇも瞬歩が使えるマンなのか。見直したぜ」

「アイラの弟子みたいなものだからね」

「それって俺ちゃんと同じ拳聖だったか? へぇ、おもしれーじゃん。なんか滾ってきたな。これならもうちょいヤル気マンになってもよさそうじゃん」


 彼の構えが変化、握っていた拳が開き指先に力が漲る。

 瞬時に距離を詰められ、彼の掌底が僕の鳩尾に沈み込んだ。


 衝撃が貫通し、僕の背後の樹がえぐれる。


 なんだ、いま姿を完全に見失ったぞ。

 瞬歩ではない。だとすればスキルだろうか。


 それよりもダメージは? 

 ビルナスの看板を背負っているのだ、簡単にやられるわけにはいかない。


 僕は攻撃を受けたとほぼ同時に、脱力しながら後方へと跳躍していた。


「あぶなかった。まともに受けていたら倒れていたかもね」

「こいつ、衝撃を逃がしやがった……」


 オズヌは呆気にとられた様子で固まっている。


 観戦している他の英雄達も驚いたような表情を浮かべていた。

 各国の代表は理解が及んでおらず、一部を除いてほぼ全員が不思議そうな顔だった。


「あの天才と呼ばれる拳聖オズヌの一撃をノーダメージにしただと!? それも無名にも等しい剣士が! シリカ王女、彼は一体何者なのですか!?」


 クリスがシリカに説明を求める。

 他の英雄も同じ気持ちらしく、シリカに視線が集まっていた。


 ただ、クラリスとウォーレンだけは、試合が始まる前からずっと目立った反応を見せず沈黙を守っていた。

 まるでこうあることが当たり前のように。


 アマネとエミリも特に驚いた様子もなく、結果など分かりきっているとばかりに蝶々を目で追っていた。


 オズヌはニンマリするなり「俺ちゃんの負けだ」と戦いを降りてしまう。


「いいのかい?」

「実力は充分確認できたじゃん。俺ちゃんは勝敗にはこだわるマンだが、無駄な戦いはしないんだぜ。いやぁ、しっかし、ジュリエッタなんかじゃなく、最初っからあんたらが選ばれてば良かったのになぁ」


 オズヌはシリカにやや棘のある発言を行う。


 シリカは不敬とは言わず、苦笑しながら「私もそう思っております」とだけ。


 だが、まだ納得できていない英雄はいるようだった。

 ここまでくると鈍い僕でも気が付く。


 彼らは英雄であることに文句があるわけじゃない。

 どちらが上であるかはっきりさせたいだけなのだ。


 オズヌは純粋に実力を知りたかっただけのようだけど。


 こうして試合は終わり、邪神討伐に向けた会議が開催された。



 ◇



 会議が終わり、その帰り道。

 もう間もなく庭園から出ようかといったところで、ムスペルダムの英雄ウォーレンが待っていたかのように道を塞いでいた。


「武道大会ぶりだなアキト」

「あ、バレてたのか」

「姿を変えようとも身のこなしは簡単には隠せんよ。ましてや貴殿は儂に初めての敗北を与えた男、どのみち表に出てくる運命だった」


 ウォーレンさんは僕から僅かに目を離し、メンバーを確認する。


「クラリス嬢がいないようだが」

「用事があるらしくエダン王のもとに残りました」

「あれには気をつけろ。気に入られるとしつこいからの」


 やや疲れたような顔で彼は安堵する。

 クラリスさん碌でもないからなぁ。納得。


「明日、少し付き合ってくれんか。連れて行きたい場所があるのだ」

「構わないけど……僕だけ?」

「シリカ王女以外なら」


 シリカ様は僕に「気にせず行ってきてください」と返事をしてくれる。

 じゃあ遠慮なく。


「それでどこへ行くのかな」

「儂の生まれた村だ」

「理由を聞いても?」


 彼は行けば分かるとだけ返事をした。


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