63話 剣聖と竜騎士の落ちて行く日々12
陰鬱とした大監獄。
床では数匹の丸々と肥え太った鼠が俺を見上げていた。
まるでいつ息絶えるのか待っているかのよう。
「俺はまだ死にやしねぇ、絶対にここから抜け出してやる」
竜騎士であるこのライ様が、こんな場所で朽ち果てるなんてあり得ない。
まだ俺は英雄だ。
邪神さえ倒せればあの国王も己の過ちに気が付くだろう。
そう、邪神さえ倒すことができれば、俺は返り咲くことができる。
それからアキトの野郎をぶち殺してアマネとか言う女を俺の物にする。
俺は部屋をうろつく。
冷たい石造りの壁や天井を探って脱出方法を必死で考える。
可能性がありそうな窓は、恐ろしく頑丈な鉄格子がはめ込まれ出ることができない。窓から外を見えるが、強い風と広大な海原が見えるだけ。
ここを抜け出せたとしても、海を越える方法がなければ逃げ出せたとは言えない。
俺は木製のベンチに座って脱力する。
「ジュリエッタを使って鍵を手に入れる……ってのは無理だな。今のあいつは話すら聞きゃしねぇ。くそっ、てめぇは俺のものだろうが! うがぁ!」
猛烈な怒りが俺を支配する。
新しい呪いを受けてから感情をコントロールできなくなっていた。
思考が感情に引っ張られてまとまらなくなる。
「いだ、いだだだだ!?」
不意に訪れる激しい腰痛。
こっちの呪いは未だに健在だ。皮肉にも痛みで俺は冷静さを取り戻していた。
ズズン。建物が大きく揺れる。
「な、なんだ!?」
鉄格子にしがみついて様子を探ろうとするが、人気のない廊下が見えるだけ。
だが、何かが起きているのは確実だ。
建物内では悲鳴や怒号が響き、小さな振動が建物を揺らし続けている。
「ライ、竜騎士ライはどこだ!」
聞き覚えのある声に、俺は反射的に叫んだ。
「ここだ! ここにいる!」
「ふははははっ、意外にも近くにいたか」
看守を引きずりながら現れたのはゴラリオスだった。
奴は看守に施錠を解かせた。
俺は手錠がなくなった手首をさすりながら牢を出る。
「どうして助けに来た?」
「上からの命令だ。邪神が貴様に用があるそうだ」
「邪神が俺に?」
「ここで疑問に答えるつもりはない。あまり時間も無いのでな」
複数の足音がこちらへ向かっていた。
大監獄の警備兵が向かってきているようだ。
ここの兵は通常とは違い、裏の世界で名を馳せたようなヤバい輩を採用している。
下手をすりゃ英雄よりも強いって噂だ。
体面さえ気にしなければ、英雄になってたかもしれない化け物共。
「しかし、惜しいな。このような任務でなければ強者共と戯れたいところであった」
「てめぇの都合なんてどうでもいい。まずはジュリエッタを探さねぇとな」
「おい、余り時間は無いと伝えたはずだが」
俺はゴラリオスを無視して監獄内を走る。
通路には看守共が倒れていて、俺は腰に付けられている鍵の束を握ると、手当たり次第に牢の施錠を解いてやった。
出てくるのは図体がデカく人相の悪い奴らだ。
そいつらに鍵を投げてやる。
「仲間を解放して派手に暴れろ。その方が逃げやすくなるぜ」
「礼は言わねぇ。だが、その提案には乗ってやるよ」
スキンヘッドの男がニヤリとする。
せいぜい大きな騒ぎを起こしてくれ。
その分、俺が脱出できる可能性が格段に上がる。
通路を走り、程なくしてジュリエッタを見つける。
これから看守の部屋にでも行く予定だったのだろう。
肩に手を回す野郎をぶん殴り、さらにジュリエッタの顔面もぶん殴る。
「痛いビッチ!? ど、どうやって出てきたビッチ!?」
「んなこたぁどうでもいいんだよ。お前は俺の物だ。所有者が許可してねぇのに、勝手に他人に股を開くんじゃねぇよ」
「ひっ」
前髪を掴んで睨む。
ジュリエッタは青ざめた顔でこくこく頷く。
てか、表情がよく読めねぇ。目も口も記号になってて、ビビってるってことだけは辛うじて分かる。
ま、最高に具合がいいから顔なんて別にどうでもいいが。
「その暴力は感心しないな。力とは純粋な戦いにのみ使用されるべきであって、脅しなどに用いるべきではない。ましてや己よりも弱い相手になど――」
「黙ってろクソ魔族。夫婦の事情に口を挟むんじゃねぇよ」
「う、うむ……夫婦間の問題ならそうかもしれんが」
看守の鍵を使ってジュリエッタの手錠を外す。
さて、手早くここから脱出したいところだが、実は俺にはまだここでやるべきことがあった。
この大監獄に運び込まれた際、俺は面白いものを見た。
ワイバーンの檻だ。
ワイバーン自体はさして珍しくもない。
俺が興味を抱いたのは、その中に紛れてあった一際巨大な檻。
まさかこんなところにレッドドラゴンがいるなんてビビったぜ。
看守に聞いた話じゃ、その昔にここで働いていた竜騎士の騎竜らしい。
その竜騎士はすでに死んでいるが、ドラゴンだけは未だにここで飼われているそうだ。
歴戦の竜騎士の騎竜、なかなか魅力的じゃねぇか。
「こいつだ」
檻の中をのぞき込む。
レッドドラゴンは目を閉じたまま半透明な瞼の向こうから俺を確認する。
「俺の騎竜になれ。そうすればここから出してやる」
「ぐるぅ」
反応があった。
僅かに鎌首を持ち上げ目を開く。
ガラス球のような目玉がじっくり俺を見定めていた。
ドラゴンは賢く義理堅い。
一度取引をすれば契約が完了するまで力を貸してくれる。
こいつは長年ここに閉じ込められ外に出たくて仕方ないはずだ。
俺の申し出を断る理由はないはず。
レッドドラゴンは従う意思を決め、目を閉じて頭を低くした。
檻の扉を開けてやるとドラゴンはのそりと出てくる。
「ここから逃げるぞ」
「ぐるるる」
俺はワイバーンが出入りする大扉をおろし、外をドラゴンに見せてやる。
姿勢を低くしたところで背中に乗り、ジュリエッタの手を掴んで引き上げた。
「邪神のところまで案内しろ」
「では付いてこい」
ゴラリオスが大扉からその身を投げ出す。
一瞬正気を疑ったが、真下から奴を乗せたワイバーンが急上昇し太陽を背に翼を大きく広げた。
「いくぞ」
「ぎゃう!」
俺のドラゴンは久々の飛行にもかかわらず、慣れた様子で大空へと舞った。
◇
魔族の支配する北の大地は『忘れ去られた土地』と呼ばれている。
かつては古代人が都を築き繁栄を極めた場所。
しかし、今や雪に覆われ暮らすのは魔族のみとなっている。
「よくこんな場所で暮らせるな」
「奥歯がカタカタ鳴るビッチ」
「軟弱極まるな。強者とは環境に左右されぬものだ」
冷気に満ちた宮殿内を進む。
ただでさえ冷たいのに、石造りでなおさらに寒さを感じてしまう。
壁に触れれば皮膚が張り付く。
窓の外はガラスを隔てて真っ白に染まっていた。
大扉が開けられ暖かい謁見の間へと入る。
玉座に座る男へ、ゴラリオスは巨体を丸く縮めるようにして頭を垂れた。
「ただいま帰還いたしました」
「ずいぶん時間がかかったようだな」
「申し訳ありません。いつの間にやら大監獄に囚われておりまして」
「なるほど。それならばやむを得ぬか」
漆黒のコートを身につけた男は、立ち上がって俺へ静かに歩み寄った。
濡れ羽色の長髪に鼻の上に乗った丸眼鏡、その目は深い闇に繋がっているようで底知れない雰囲気を漂わせていた。
あいつには一度出会っている。確かジュリエッタの故郷で。
「貴様は!」
「久方ぶりだな」
あの時の記憶が蘇る。
レインだったか、いきなり現れて俺は右腕を斬り飛ばされた。
あの時はなんとか間に合って癒着したが、危うく腕を失うところだった。
「改めて自己紹介をしよう。私はレイン、邪神と呼ばれる存在だ」
「てめぇが邪神!? だったらいまここでぶっ殺す!」
「はははっ、実に若者らしく血気盛んだ」
レインは俺の拳を軽く片手で止める。
その指は万力のように締め上げ拳を引き戻せない。
「私はね、アキトが大好きなんだ。故に激しく怒っている」
「うぎっ!?」
笑みを浮かべたまますさまじい力で俺の拳を握る。
「君達が英雄と呼べるほどに真に賢く優秀であれば、彼が再び私と刃を交えることもなかった。原因は全て君達にある。殺されて当然の存在だ」
ぱっと手が離れ、俺は床に座り込んだ。
レインは冷たい目で見下ろす。
「だがしかし、こうして呼び寄せたのは始末することが目的ではない。チャンスを与える為だ」
「チャンス、だと?」
「アキトをこの戦いから離脱させよ。そうすれば生かしておいてやろう」
「あがっ!?」
突然、体が痺れて動けなくなる。
ジュリエッタも同様に倒れていた。
レインがゴラリオスから箱を受け取り、中から封をされた筒をとりだした。
透明な筒の中にはムカデのような不気味な蟲が一匹収められている。
蟲を取り出した奴は屈んで微笑んだ。
「これは契約蟲と呼ばれる古代の道具だ。決められた期日までに契約を果たせない場合、心臓を食い破って宿主を殺す。取り出す方法を知っているのは私だけだ」
「いやだ、お願いだ」
「約束を守ればきちんと取り出してやる。必ずアキトをこの戦いから引きずり落とせ。ああ、もちろんその為の協力は惜しまないつもりだ」
「ぐぼっ!?」
口に蟲を押し込まれ、ずるるると喉を通り抜けて胃の辺りで激しい痛みが生じる。
こいつ胃の内壁を食い破ろうとしている。
ジュリエッタも蟲を押し込まれて痛みに悶えていた。
ちくしょう、ちくしょうちくしょうちくしょう!






