62話 エルフの国は僕らを歓待する
王都を旅立った僕らは、購入した馬車に揺られながら移動する。
荷台には蜜月組の他にナナミ、アイラ、エマが同乗している。
さらに馬車の後方には、シリカ王女と男衆の乗る二台の馬車が追いかけていた。
「アキト、そろそろ替わりましょうか?」
「まだ大丈夫だよ。それよりアイラとエマは本当についてこなくていいの?」
アイラとエマはナナミの元で静かに暮らすそうだ。
ナナミの元で女三人仲良く鍛冶屋を営むらしい。
ちなみに二人とも陛下に英雄の称号をお返ししたのだとか。だから今は元英雄である。
「ずっと戦い以外に生きる目的がなかったブヒ。でもさ、ナナミと一緒なら新しい世界が見つけられそうな気がしたブヒよ。助けられた恩を返したいってのもあるしブヒッ」
「アイラほど大層な理由はないウホッ。単純に冒険者に飽きたウホ。呪いももう解けなくてもいいかなって思ってたから、お酒でも飲みながらのんびりだらだら余生を過ごすつもりウホよ」
「鍛冶師がだらだらできるなんて誰が言ったっすか! 朝から晩までバリバリ働いて貰うっすよ! なんせウチはまだまだ貧乏鍛冶屋っすからね!」
「考え直したウホッ。そっちに付いて行くウホよ!」
逃げようとするエマをナナミが羽交い締めにして、アイラとロープで縛り上げた。
アイラもエマも活き活きとしていている。
本当は冒険者なんて向いてなかったのかもしれない。
「そう言えばアキト、瞬歩の極意はちゃんと覚えれたブヒッ?」
「うん。アイラの丁寧な指導のおかげで以前よりも移動がスムーズになったよ」
この数日間、アイラに改めて指導を受けている。
以前にも教えて貰ったことはあったが、あの時はよく理解できていなかった。
いや、理解はできていた。できていたが、教えを体現するセンスと身体能力がまるでなかったのだ。
今では『瞬歩もどき』から真の瞬歩を得るに至っている。
ちなみにエミリの方もエマから魔法の知識と技術を授かっている。
今までのような火力で押しつぶすだけだった戦闘方法に、彼女が編み出した奇抜な魔法と繊細な魔力操作が加わり、エミリはより強力な魔法使いとして生まれ変わったのだ。
「エマの魔法はすごいけど、なんだか酒臭いなの」
「酒臭い……私の魔法が、ウホ?」
エミリの不意打ちにエマは真っ白となる。
そんなたわいもない話をしている内に、ナナミの暮らすグリンピアへと到着。
三人は馬車から降り、僕らを見送る。
「生きて戻ってくるっすよ!」
「アキト、お前が本当の英雄だブヒッ」
「またねウホッ」
手を振る三人に手を振り返し、俺達は先を進む。
◇
キュベスタへ入ったところで、男衆との別れが来た。
馬車を止め、マオス達と挨拶を交わす。
「地下空間への道は渡した紙に記したとおりだから」
「何から何まですまないな。我々も調査が済み次第、邪神討伐に協力しよう」
「マオス達はそのまま奈落に戻ってほしいかな。これは僕が地上でやり残した役目、みたいなものなんだ。レインとは浅からぬ因縁を感じていた。なんとなくだけど、これは僕がやらなければならないといけない気がしてたんだ」
マオスは僕を引き寄せ抱擁する。
その腕は力強く、言葉はないけど僕を強く肯定していた。
「アキト、お前が何者なのかはもう問題ではない。お前は我が男衆の、我が村の自慢の戦士だ。故に威風堂々と戦い邪神を倒してこい。英霊たる戦士の魂は常にお前達を見守っている」
マオスを含めた五人は槍を天高く掲げ吠える。
僕とアマネも武器を抜いて空へ吠えた。
「お前達の子供を楽しみにしているのだ。ちゃんと生きて戻ってこい」
「うん」
「はい」
マオス達の乗った馬車が走り出す。
彼らとは進行方向が違うので、ここで別れるしかなかった。
見送りながら僕は脳裏に不思議な光景を見た。
『あー様、また眠りに入るの?』
『許しておくれ。僕は君達と同じ時間には生きられないんだ。僕は言わば亡霊、今を生きる君達とは一緒にはいられない』
『一人で寂しくないの?』
『寂しい、なんて感情はとっくの昔に捨てたよ』
『あ、いいこと思いついた。これから生まれてくる子孫に、あー様を大英雄だったって伝えておくのはどうかな。それなら、あー様が戻ってきてもきっと大歓迎されて寂しくないよ』
『ふふ、それは悪くないね。次に目覚める時が楽しみだ』
僕と銀兎部族の少年が楽しそうに会話をしていた。
自身の両手は細く皮膚はたるんでいる。
まるで年寄りのようだ。
少年の目に映り込む僕は、皺だらけの年寄り。
浮かべる微笑みは寂しそうだった。
「――アキト?」
「あ、うん」
アマネの声で意識が現実に戻る。
僕らは馬車に乗り込みエダンへ向けて出発した。
◇
エダンの都へ到着。
白亜の巨門をくぐり抜け二台の馬車は街の中へ。
「エルフがいっぱいなの!」
「綺麗な街並みですね。時々見える建物は遺跡でしょうか」
「うん。エダンは古の庭園を中心に栄えた国なんだ。森に囲まれた今でも大切に遺跡を保存しているそうだよ。エダンの庭園って言えばすごく有名なんだ」
エダン――エルフの大国として知られている。
元々この辺りは荒野だったそうだが、エルフ達は古代の庭園から多くの植物を持ち出し、少しずつ緑を増やしていった。そのせいかエダンの周辺には珍しい花々が多く自生しており、この国には毎年多くの観光客が来るそうだ。
「そろそろ着くみたいだ」
先を行くシリカの馬車が速度を落とす。
御者である僕も馬の足を遅くした。
二台の馬車はとある屋敷の敷地へと入り、噴水の回りをぐるりと回って玄関前で停車する。
ドアを開け放って出てきたのはエダンの英雄クラリスだった。
「ひっ!?」
「いずれ再会するだろうとは予想してたけど、こうも早いとは……」
アマネは悲鳴を漏らし、僕はため息を漏らす。
大会中はメイクをしてたので正体はバレてないはず。
ひとまず怯える奥さんをなだめる。
「ようこそエダンへ。遠方よりの長旅、ずいぶんとお疲れになられましたでしょ? ささ、お茶を御用意しておりますのでゆっくりしてくださいませ」
「歓待感謝します。ですがその前に紹介を、あちらが我が国の新しい英雄パーティー蜜月組です。アキト様、クラリスさんへ自己紹介を」
「はい」
僕らはクラリスへ挨拶をする。
聞くところによると、クラリス嬢は英雄でありながら公爵の娘だという。
シリカ様とも旧知の仲だそうで、今回のエダンでの活動をサポートしてくれるそうだ。エダンにいる間は彼女の屋敷でシリカ様も僕らもお世話になる予定である。
「あら、貴方どこかでお会いしたかしら?」
「いいえ、初めてです」
「そう? でも、あちらの方ともどこかで会ったような……」
「お初にお目にかかります」
アマネは笑顔を作ってクラリスに挨拶をした。
向こうはまだ引っかかりを覚えているようだが、はっきり思い出せず怪訝な様子だった。
「でっかい屋敷なの、お家の何十倍もあるなの」
「ここは都へ訪問した際に使用する別宅でして、領地にある本宅はより贅をこらした作りとなっております。お見せできないのが残念」
屋敷のエントランスは広々としていてここだけで暮らせそうだ。
ただ、僕はギラギラした雰囲気はあまり好みではないので、内心でナジュの自宅の方が過ごしやすそうだなと思っていた。
「なんだか落ち着きませんね」
「だね」
アマネも同じことを考えてたのか、こそっと耳打ちする。
「伝え忘れておりましたが、小生は戦いを拒まない主義でして。いつでもどこでもお相手する所存。ヤってヤってヤりまくりましょうね。あら、興奮したら濡れてきました」
クラリスは鼻息荒く、目をハートマークにしていた。
なんなんだ、この人……。