54話 まだ見ぬ地下へ僕らは行く2
休憩を行った後、僕らは長い階段を下り最奥へと到達した。
そこには重厚な金属製の扉があり、僅かだが開いていて光が差し込んでいる。
僕はアマネとエミリを下がらせ、扉に手を掛けた。
「――本当に、あった」
扉の向こう側には広大な大地が広がっていた。
自然に育まれ天井からは太陽光に似た光りが降り注いでいる。
壁側の上部にいるおかげで一望できた。
「アキト、ここがそうなのですね!」
「地面の中に、こーんな広い場所があるなんてびっくりなの!」
「こっちに階段がある。行こう」
壁際に設置された階段を下り、地面を目指す。
どうやらここは奈落ほど大きな空間ではないようだ。
反対側の壁がずいぶん近く感じる。
草原に降り立ち、緩やかに吹く風に深呼吸した。
「村に戻ってきたみたいですね」
「そうだね。ここを調べ終わったら、一度戻ろう」
そっと彼女と手を繋ぐ。
ようやく報告できそうな発見ができた。
大手を振って村に戻れそうだ。
目を離していると、エミリは獣の姿となって右左と全力疾走していた。
「エミリ、行くよ」
「はーいなの」
戻ってきたエミリをアマネは抱き上げた。
「――ここにも人はいないみたいだね」
朽ちた建物群を見つけたのだが、人の気配はなく静けさに満ちていた。
建物は地上にあったものとよく似ているものの、まだ原型を保っている物が多く、比較的放置された時間が短いことが予想できる。
しかしながら、それでも相当の年月が経過していることは間違いない。
「住人はどこへ行ったんだろう。避難区域って」
「あそこに大きな建物が見えます。国王が暮らしていた宮殿でしょうか」
街の中心部には、白い奇妙なデザインの建物があった。
宮殿なら地下空間について詳しい情報も得られるかもしれない。
「見て見て~、かっこいいスライム見つけたなの!」
エミリが黄金色のスライムを捕まえてきた。
やはりここにもボーナスモンスターはいるようだ。
捕まったスライムはしばらくエミリの遊び道具とされていた。
「――統括管理センター?」
「宮殿ではないのですか」
プレートにはそう書いてある。
シンプルな門構えだが、建物は見上げるほど大きい。
それでいて異質だ。
宮殿には不可欠な華やかさがない印象。
余分な物を削って冷たい威圧感だけを強調した雰囲気だった。
僕は閉め切られた門を力で強引に開ける。
敷地は草が生え放題、入り口まで掻き分けながら進む。
ここならずっと気になってた地下空間がなんなのか分かるかもしれない。
赤ん坊の僕がどうしてあんな場所にいたのかも。
時々見える、不思議な記憶についてだって。
みし、みしみしみし。閉め切られたガラス製だろう入り口の扉をスライドさせた。
扉が全開となると、一気に空気が中へと流れ込む。
やはり長い期間、ここは誰も触れることなく放置されていたようだ。
「ずいぶんと綺麗ですね」
「慌てて出て行った、って感じじゃなさそうだ」
恐らくここにはヒューマンが住んでいた。
実はいくつか人骨を見つけたのだが、そのどれもがヒューマンのものだったのだ。
「こっちに絵があるなの」
壁には大きな石版が飾られていた。
空から箱のような物が降りてくる様子が描かれ、人々はそれに対し頭を垂れている。
縁には古代文字が刻まれ絵をぐるりと囲んでいた。
「天より舞い降りし龍なる人々あり、彼らは我らに英知を授けた。彼らは再び天へと戻り、我らは地に溢れ多くを支配した」
「龍の人々とは?」
「僕にもなんとも。現代の書物には出てこない言葉だ」
もしかして古代人よりも格上の存在がいたのかな。
でも、それらはどこかへ消えた、ってことなのだろうか。
「パパ、続きがあるなの」
奥へ進むと、別の石版が飾られていた。
そこには王様らしき人物が椅子に座っていて、人々は崇めるように頭を垂れていた。
やはり縁には文字が刻まれている。
「龍なる人々去りし後、我らは王をいただき他の国家を傘下に収める。ベルハザードの威光は彼方まで届き、聖王都は世界の中心と成した」
ベルハザードは恐らく国の名前、聖王都は首都だろう。
もしかすると僕が見たあの光景は、その街だったのかもしれない。
しかし、発展した文明も滅びた。原因はたぶん邪神。
僕は続きを求めて歩みを進める。
「ないな……もう終わり?」
「まだ一階部分ですし、上の階にあるのかもしれませんね」
「こっちに階段があるなの」
まだ探索していない部分が多いが、僕らはひとまず二階へと上がることにした。
適当なドアを開けて中を覗く。
机が複数あるだけでがらんとしていた。
壁際に見慣れない物があるので押してみると、突然天井に明かりが灯る。
「うわっ!?」
思わず尻餅をついてしまった。
さすが古代文明、部屋にこんな機能まで付けているなんて。
「アキト、こっち」
「アマネ?」
別の部屋を見ていたアマネから呼ばれる。
向かった部屋では無数の武器が保管されていた。
僕らの身につけている上級戦士の防具も保管されていて、他にも見慣れない物がいくつかあった。
手に取った剣を軽く抜いてみる。
「まだ使えるみたいだね」
「こっちに私と同じ槍が!」
「ほんとだ」
アマネの槍と同じものが数え切れないくらい置かれていた。
しかも新品同様につやつやしていて刀身は鏡のように反射している。
やっぱり彼女の槍は遺物だったようだ。
「一本もらっておいたらどうかな」
「ですがこれは父の形見ですし」
「いつでも使えるように保管しておけばいいんじゃないかな。いざという時、予備があった方が良いしさ」
「それもそうですね。ではこちらを予備に」
アマネは新しい槍を予備としてリュックに収納する。
どうしても形見の方を使いたいようだ。
僕はグローブと靴を見つけて身につけてみる。
「すごくフィットする。なんだか懐かしい気分だ」
「きゃ、勝手にサイズが」
アマネはブーツに足を通した瞬間、自動的にサイズが調整されたことに驚く。
衣類ですら現代とは別物らしい。
しかし、これだけ武器があれば安心だ。武器不足ってことにはならないだろう。
一応、移り住んだ際のことも考えて探索しないとね。
そう言えばエミリはどこに行っているのだろう。
探検するとか言って消えてしまったが。
「あの、アキト、ちょっとだけいちゃいちゃしませんか」
「!?」
アマネがもじもじしながら僕を誘っている。
今はエミリもいない。二人きりで甘い時間を過ごすことができる。
彼女はしゅるりと眼帯を外して素顔を見せた。
まつ毛の揺れる大きな目が僕を映していた。
彼女を抱き寄せ、唇と唇を近づける。
僕と彼女は顔が近づくほどに瞼を落としていた。
「パパ~、ママ~、面白い物見つけたなの~!!」
「「わっ」」
エミリが現れ、慌てて離れる。
「何してたなの? 今の何なの?」
「「…………」」
僕らはしつこく聞いてくるエミリから目をそらした。