53話 まだ見ぬ地下へ僕らは行く1
ドルリジアの都にほど近い森。
そこで僕らはキノコ狩りをしていた。
そもそもここへ来たのは地図に記された地下空間を探す為。
……なのだが、至る所に見かけるキノコの群生に、いつしか僕とアマネは目的を忘れ籠を片手に夢中となっていた。
「このキノコ、食べられるでしょうか。どうエミリ?」
「鑑定に食用って出てるなの」
「こっちはどうかな」
「猛毒なの」
僕は握っていた真っ赤なキノコを投げ捨てる。
別のものだったか。
故郷でよく見る食用のキノコとそっくりだったから騙された。
おおっ、こっちに茶色い美味しそうなキノコが!
離れた位置でアマネが、紫色の明らかに毒がありそうなキノコを採っていた。
「これは?」
「食用の美味しいキノコなの。特に香りが良いって鑑定に出てるけど……すんすん、なんだか落ち着く匂いなの」
「これはどう見ても食用だよね」
「ママ、パパがより強力な猛毒キノコを採ってきたなの!」
またか。キノコの判別はほんと苦手だ。
逆にアマネはどうやって食用だけを引き当てているのか不思議だ。
「グガァァアアアッ!」
「あ」
どうやら野生のワイバーンの縄張りに入ってしまったようだ。
数メートルほど高い場所から、見下ろしながら咆哮する。
相手するの面倒だなぁ。
ちらりとエミリに目配せすれば、やれやれと子供らしからぬ動作をする。
ぼふんっ。
現れたのは雄々しい姿のエルダードラゴン。
薄紫のたてがみを風になびかせ、光沢のある鱗は差し込む陽光を反射する。
ワイバーンは目を丸くして硬直していた。
エミリがひと吠えしただけで、猫に追いかけられる鼠のごとく逃げ出す。
「ドラゴンの姿にも慣れたみたいですね」
「でも、まだ三十分持続するのが限界なの。それにすごく疲れるし」
元の姿に戻ったエミリは、自身の獣の耳を手でくしくしする。
改めて思うが変身はすさまじい能力だ。
視認し、直接触れることで、限りなく本物に近い力を手に入れることができる。
持続時間も日に日に伸びていて、もはや弱点は変身後の強い疲労感くらい。
「ママ~、ご褒美ちょうだいなの!」
「はいはい、よしよし」
「ママ、ママ、大好きなの」
「私もエミリが大好きですよ」
あれ、僕にはないの?
僕にもパパ大好きって言ってもらいたいな。
そう言えば、何か忘れてるような。
「いつ地下なんとか探すなの?」
「それだ」
キノコばかり考えてて、肝心の地下空間探しを忘れてた。
僕らはキノコ狩りをやめて、本格的に森の探索を開始した。
「穴、ありますか?」
「こっちにはないかな。そっちは?」
「奈落らしき大穴はないですね」
「ぐるぐる回ってて~、目が回るなの~」
エルダーに変身したエミリの背中に乗り、森の上空を何度も旋回する。
眼下では緑色の絨毯が広がっているようだった。
視界に建物のようなものが入る。
「エミリ、あっちになにかある」
「了解なの!」
巨大な皮膜をはばたかせ、滑空するように高スピードで飛翔した。
それは朽ちた遺跡だった。
かつては塔のようにそびえ立っていた建造物らしいが、今は半ばから崩れ無数の窓だったであろう四角い穴は虫食いのようにみえる。
しかも広範囲にわたりそれらがあった。
かつてここに街があったのだろう。
大通りらしき比較的広い場所でエミリは着地する。
「穴はなさそうかな」
「ですが他に関係しそうなものも見当たりませんでしたし。少し探索をしてみませんか。もしかしたら手がかりが見つかるかもしれません」
「そうだね、そろそろマオスに報告できそうな発見もしておきたいところだ」
元に戻ったエミリが、ぱたぱた尻尾を揺らして走って行く。
彼女は近くの一際大きな遺跡へと入った。
「なんじゃこりゃ、なの!」
「どうした!?」
僕らは急いで駆けつける。
遺跡に入った直後に僕とアマネは足に急ブレーキをかけた。
遺跡内部のエントランスらしき空間の床に、大きな穴があったのだ。
エミリも穴の前で棒立ちとなっている。
「これがそうでしょうか?」
「でも、奈落のような穴とは違うよね。どちらかというと破壊されてできた感じがするけど」
「ん~、うっすら底が見えるなの」
のぞき込むエミリの言葉を受けて、僕もじっと底を見つめる。
かなり深いが、確かに底らしきものが見える。
「とりあえず降りて確認してみよう」
荷物からロープを取り出し、頑丈そうな柱にくくりつけた。
先に僕が底へと下る。
……瓦礫しかないな、あれなんだろう?
山積みとなる瓦礫の下に、僅かだが扉の縁らしきものが見える。
僕は山に登り、瓦礫を一つづつ退かす作業に移る。
遅れてアマネが落下速度を落とす遺物でふわりと舞い降りる。
エミリもロープでするする下りてきた。
「手伝ってくれ。この下に何かあるんだ」
「はい!」
「エミリも手伝うなの」
三人で黙々と邪魔な物を脇へと投げ捨てる。
一時間が経過した頃に、下から五メートル四方の頑丈そうな金属の扉が現れた。
これ、どうやって開くんだろう。
扉の横に小さな蓋のようなものがあった。
開いてみれば中には、魔法陣が刻まれた円形のクリスタルがはめ込まれていた。
もしかして、スイッチなのだろうか。
試しに手を押し当ててみる。
『認証完了:第三避難区域へのゲートを開きます』
ごごご、がこん。
床が大きく揺れ、ごりごりと音を立てながら扉がゆっくりと開き始めた。
完全に開いたところで下に金属製の階段があることに気が付く。
かつん、かつん、かつん。
僕は階段を一歩一歩警戒しながら降りる。
降りきった先には狭い通路がまっすぐ延びていた。
上にいる二人に手で『問題ない』と合図を送る。
「保存状態が良いみたいですね。朽ちずに綺麗なままです」
「この階段、すべすべしてて面白い音がするなの」
薄暗いのでランタンを取り出し明かりを点ける。
俺を先頭に通路を進むことにした。
「アキト、あそこに扉があります」
「開けてみよう」
通路の途中に扉を見つけた。
僕は恐る恐る開ける。
中にあったのは柄が金属のブラシだった。あとバケツも。
掃除道具を入れる場所みたいだ。
進んだ先に壁に貼られたプレートを見つける。
そこには古代文字で『武器庫・医務室・ラウンジ』と『第三避難区域』と書かれていた。
「やはり誰もいませんね」
「静かだな」
ラウンジに到達した僕らは、ドーナツ型に設置されたソファに腰を下ろす。
休憩するにはもってこいの広い部屋だった。
「ぬひゃ!? 動いたなの!??」
エミリが四角い箱の前で奇声を上げる。
見れば箱には明かりが灯り、ガラス張りのように外から中が見えるようになっていた。
近づいて中をじっと観察する。
透明な袋のような物がいくつも棚らしきものに置かれている。
だが、袋の中身は粉状になっていて、元がなんだったのかは判別できなかった。
時間が経ちすぎて形を保てなくなったようだ。
箱の外側には『食品販売機』と記載されている。
古代人はこの箱で食べ物を手に入れていたのだろうか。
突然、脳裏に映像と声が流れた。
『僕の奢りだよ』
『またその甘いコーヒーか。私はブラック派なのだが』
『疲れた時は甘い物に限るって言うだろ。いらないならいいけど』
『そうは言っていない』
手に収まるほどの円筒形の物体を、僕は目の前のレインに渡していた。
彼はあの時よりもかなり若く、古代の下級兵装を身につけていた。
横方向からオレンジ色の光が見え、僕とレインは揃って高い場所から古代の街を一望していた。
そびえ立つ無数の塔。空を翼もなく飛んで行く金属の塊。
地平線までびっしり建物に埋め尽くされ、自然なんてものはここからでは一切見ることはできない。
「――はぁはぁ、なんだ、今の!?」
現実に戻り、僕は床に両手を突いていた。
幻覚?
それにしてはリアルすぎる。
「大丈夫、アキト!?」
「パパが! パパが大変なの!」
「二人とも落ち着いて、なんともないから」
立ち上がった僕は、光る箱のガラス面に映る自分の顔に目を向けた。
僕は、一体誰なんだ?