50話 僕は武道大会に出場する7
三回戦目。
準準決勝戦……次へ進めば準決勝である。
僕は舞台に上がる。
対戦相手はムスペルダムのウォーレン。
種族はドワーフだ。
現英雄の中で最強と呼ばれている人物。
小柄な老人が舞台に上がり観客へと軽く手を振る。
その手には彼と同程度の大きさの盾があった。
聖盾ダンフォート。
そして、盾という防具を攻撃に使う高い技量。
積み重ねた経験も膨大。
クラスもレアな『盾皇』ときている。
スキルは不明だが、恐らく相当に強力だと考えていい。
ナジュ村から負け知らずでここまで来たけど、今回は簡単に勝たせてもらえないだろうなぁ。
ウォーレンは細い目をさらに細め、僕をじっと観察する。
「ほうほう、双剣使いか。流派は……クルナグルと言ったところか」
「どうしてそれを!?」
「今まで幾度と戦ってきたからなぁ、ちょっとした動きで分かるようになった。しかしお主、ちと変わった気配を出すのぉ。こりゃあ読みづらい」
彼は盾を「よっこらしょ」と床に落とす。
「この歳になると重くてかなわん。そろそろ引退かの」
「…………」
「ところでそのピエロは、お主の趣味か?」
「今回だけ在籍させてもらっている滅殺道化団の衣装だよ」
「ほう、ならば本来は違う姿だと。正体を隠さなければならない事情があるのかのぉ」
審判が試合開始を告げる。
僕は先手をとり、至近距離から剣を振るう。
キィィン。剣が盾に弾かれ、真っ赤な火花を散らした。
それと同時に僕の姿勢が僅かに崩れる。
弾かれた瞬間、強烈な押し返しがあったのだ。
足で踏みとどまり、体勢を直そうとしたところで、ウォーレンがいないことに気が付く。
どこに!?
後ろから服を引っ張られ、僕は床にお尻を付けた。
「手加減せんでいい。本気でこい」
「いつの間に」
見上げた背後には彼がいた。
そうか瞬歩か。
姿勢を崩し、隙を作らせ一気に背後に回ったんだ。
やっぱり強い。
すぐさま立ち上がり剣を構える。
「どうして攻撃をしなかった」
「してもよかったが、まぁこれはあくまで催しだからのぉ。あんまり早く終わらせると後で文句を言われる。それに、儂はお主の実力を見てみたくなった」
彼は僕の剣を指さす。
「今のカウンターは、剣を粉砕し腕の骨を砕く一撃だった。それが無傷とは、いやはや大変興味深い。この盾皇のクラスの一撃を耐えたのだ」
「あ」
盾皇は剣皇と同じくパワー型のレアクラスだ。
それに耐えられるとすれば、斧やハンマー系のクラス、もしくは同等のレアクラスしかない。
で、僕は明らかに剣士だ。
ウォーレンはニヤニヤする。
「儂は永らく同等のクラス所持者を探しておった。レアクラスなんてものを授かり、無敗でここまで来てしまったのじゃ。人生で一度でいい、儂は負けてみたい。全力を尽くし敗北したい」
「え、遠慮してもいいかな」
「まぁそう逃げるな、若者よ。試合時間は限られておる、もしお主が剣皇ならば簡単には勝敗はつかんだろう。年寄りへのボーナスだと思って、ほんの少し本気で戦ってくれればいい。その代わりだが、勝利は譲ってやろう」
僕は僅かな時間で悩んだ。
顔も名前も所属も伏せている。
正体がばれることはない、はずだ。
なにより彼は強い。
どちらにしろ本気は出さなければならない。
だったらお願いを聞く方が優勝に近い。
それに僕も一度でいいから『本気』で戦ってみたかったんだ。
「その申し出、受けるよ」
「おおおっ、感謝するぞ若者」
彼は腰を落とし、盾を構える。
身体からは背筋が凍り付くような空気がにじみ出ていた。
朗らかな顔とは打って変わり、今は飢えた狼のような鋭さがあった。
「どりゃあああああああっ!」
「でりゃぁぁああああっ!!」
剣と盾がぶつかる。
会場に衝撃波が駆け抜け、舞台に亀裂が走った。
押される剣をさらに押し返し、互いの力は拮抗する。
仕切り直しとばかりに、僕と彼は後方へと飛び、瞬歩で間合いを詰めた。
双剣の連続攻撃。
息をするのも忘れ彼を殺すつもりで迫る。
だが、盾は的確に攻撃を弾いた。
ぶつかっては離れ、を繰り返し、隙あらば蹴りや拳をぶつける。
技術は向こうが上だが身体能力では僕が上だ。
呼吸を読み体勢を崩す攻撃を、僕は反射神経でなんとか躱す。
恐ろしく強い。一瞬でも隙を見せればやられる。
「うぉりゃっ!!」
「ふんっ!!」
渾身の打ち込み、ウォーレンは盾で防いで見せた。
剣と盾が不快な音を立てて拮抗する。
あと少し、もう少し戦えば勝てる。
「りょ、両者、そろそろ」
「「ん?」」
「すでに二時間以上戦っておりまして、勝敗を決めないと後の試合が……」
え、二時間?
そんなに戦ってたの??
審判の声に僕らは、これが試合だったことを思い出す。
夢中になりすぎていたらしい。
同時に寂しい気持ちにもなる。
遊びほうけて、空が暗くなってから帰る時間を思い出した、そんな気分だった。
もしかすると僕も、本気で戦えないことにストレスを抱いていたのかも。
だからなのか、妙にすっきりしている。
「とりあえず満足じゃ。というかもう体力の限界じゃな」
「ウォーレンさん、ありがとう。本当は勝てたのにわざわざ僕に合わせてくれて」
「ほほほっ、買いかぶりすぎじゃ。儂は単純に、頭を空っぽにして戦いたかっただけじゃからなぁ。試合の勝敗なんぞ興味がない」
会場が静まりかえっていることに意識が向いた。
誰もが口を開けて固まっている。
やっぱりやり過ぎたみたいだ。
次の試合は自重しないと。
「儂にだけ名前を教えてくれんか。他言はせぬ」
彼の言葉にほんの一瞬だが考えを巡らせた。
信用してないわけではないが、彼から名前が漏れないとも限らない。
僕は目立ちたいわけじゃない。ただ可愛い奥さんと穏やかに新婚旅行をしたいだけ。
なので答えは決まっていた。
「秘密だよ」
「そうか、残念だな」
彼は審判に近づき「儂の負けだ」と告げた。
そのせいで会場が大きくざわつく。
ウォーレンさんは笑顔で舞台を降りた。
◇
控え室へ向かう途中、聖蛇剣のクリスさんとエルフ女性がいた。
あの人は確か……エダンの英雄クラリスさん。
整った可愛らしい顔立ちにドレスを着ていて、腰には二丁の銃があった。
「一回戦ぶりだなポロン」
「そうだ――うん、そうだね♪ アハッ」
ポロンは僕の偽名だ。
今は滅殺道化団のポロン。
はぁ、そろそろこの口調と格好にも疲れてきたな。
「あのウォーレンに勝つなんて、君は一体何者なんだ」
「どこにでもいるピエロだよ♪」
「黙秘、なんだな」
すっと、クラリスが僕の手を掴む。
それから胸にぐいっと感触が伝わるほど近づけた。
「先ほどの戦い見事でした。あんな本能をむき出しにした戦いを観たのはいつぶりでしょうか。興奮のあまりぐっしょり濡れてしまいました♡」
「あの、その……濡れた?」
「見てみますか? きっと滴っていると思います」
「結構です!」
スカートをめくり上げようとしたところで止める。
なんなのこの人。
素が出ちゃったじゃないか。
「邪魔をするなクラリス嬢。彼はこちらがスカウトする」
「お邪魔なのはそちらでしょうに。彼はこの小生の身体を求めているのです。見てくださいこのエロチシズムに染まった彼の目を」
「なんの話をしている! 貴殿もパーティーへ誘いに来たのだろう!」
「あ、そうでしたね。ついベッドへのお誘いを、テヘ♡」
二人が口論を始めたので、僕はそろりそろりと脇を抜けた。
ふぅ、今回は目立ちすぎたみたいだ。
準決勝戦では大人しくしよう。
控え室前にも人がいた。
ナナミとカスタードだ。
「お帰りっす、いやぁすんごい戦いだったっすね!」
「やり過ぎたと反省してるよ」
「あ…………」
カスタードが僅かに口を開いて閉じた。
それからナナミの背中に隠れる。
「次はアマネとカスタードの戦いだね」
「カスタードは辞退したっすよ」
「そうなの?」
「ウチらは優勝は目指してなかったんすよ。ついでというか。目的の相手がいなくなって、ここにいる理由もうないんすよね」
カスタードがこくこく頷く。
ずいぶんとナナミに懐いているんだな。
ずっとべったりだ。
「じゃあもう街を離れるの?」
「最後まで見て行くっすよ。蜜月組サポートメンバーとして、三人の雄姿をこの目に焼き付けなければならないっす!」
ナナミは大きな胸を揺らしてVサインをしてみせた。






