44話 僕は武道大会に出場する3
翌日より本戦が開始された。
僕はAブロックで、対戦相手はドルリジアの英雄クリス。
初戦で優勝候補とあたるなんて運が悪い。
S級遺物・聖蛇剣ジャリューナスは厄介極まりない。
恐らくぎりぎりの接戦になるはずだ。
しかもクリスは剣王のクラスを有し、アウナス流の門下生である。
クラスこそジュリエッタに一歩及ばないが、実力は確実に上だと評されている。
僕は舞台にあがり、クリスと対面した。
「道化師とは、いやしかし本戦に出場するのだから腕が立つのは間違いないか」
「僕は滅殺道化団のピエロだよ! よろしくね、アハッ!」
「そうやって隙を誘う策か。油断できない相手のようだ」
あれ、クリスにはこの作戦は通用しないのかな。
そうだよね、英雄だもんね。
闘技場では観客達がクリスに声援を送る。
僕に向けてのものはほぼない。
審判が開始の合図を告げる。
「君には悪いが、すぐに終わらせるっ!」
「!?」
蛇剣が伸びたかと思えば、鞭のようにしなって切っ先が僕の腹部を狙う。
この大会では救急員と大量のハイポーションが用意されている。
つまり腹を貫いても相手は死にはしない。
「よっと」
「避けたか。次!」
「わっ、ほっ、ぬへっ、アハッ」
道化らしくおどけながら躱し続ける。
変則的な軌道に見えるが、手元を見ればどのような攻撃なのかある程度の予測はできる。
それにまだ鞭ほど速くもなく目で追えるレベルだ。
「なにしてんだよピエロ、クリス様が困ってるだろ!」
「あはははっ! なにあの面白い動き、ウケる!」
「クリス様手加減してんだな。一発で終わらせると面白くないから」
「さすが英雄さまね。観客の気持ちをよく分かってるわ」
うんうん、観客の反応は良いみたいだ。
リッティやニッキーに、散々コミカルな動きを練習させられたからね。
これも新婚旅行のいい思い出になりそうだ。
反対にクリスは冷や汗を流している。
「本気を出してないとは言え、これに難なく付いてくるのか……わたしも無意識に侮っていたようだ。ならば!」
聖蛇剣の速度がさらに増す。
常人ではこの軌道は見えないはずだ。
「へっ、ぬはっ、はひっ」
「まだ避けられるのか!?」
さすがに僕もギリギリだ。
これ以上の速さになれば恐らく回避はできない。
会場が静まりかえっていることに気が付く。
観客達は口を開けて固まっていた。
あ、もう僕に飽きちゃったのかな。
そうだよね、避けてばかりじゃ面白くないよね。
僕は双剣を抜き放つ。
クルナグル流『二翼の型』。
クルナグルには双剣を扱う技術がある。
噂では二翼の型こそが、開祖が最も伝えたかった型なのではと言われている。
開祖が双剣使いだったことを考えると納得もできる。
ガ、キンッ。
剣で蛇剣の腹を弾く、刹那に距離を詰め腕の切り飛ばしを狙う。
あの武器は長さを長所としている故、攻撃の内側に入られると途端に不利になる。
彼ほどの人物なら対策はあるだろうが、それがなんなのかをまずは確認する必要がある。
「恐れ入った。わたしの剣をああも簡単に捌くとはな」
「!?」
蛇剣が瞬時に長剣となる。
その剣で僕の剣を防いで見せた。
「本来ならS級遺物の真の力を見せてやるのだが、それは本大会では禁じられていてな。純粋にアウナス流の剣士として参加している」
「さすがドルリジアの英雄さまだね、アハッ!」
「類い希な身体能力と技術、その道化の下にある本当の姿に興味が湧いてきた。君は一体何者なんだ」
「僕は滅殺道化団のピエロだよ♪」
「くっ!」
一本は防げても、こちらにはもう一本ある。
攻撃の機微を察したクリスは、僕の腹部に蹴りを入れて距離を作った。
「信じられん。剣王のわたしが気圧されているだと」
「アハッ。僕はピエロだよ」
「世の中にはこのような強者が隠れていたのか……しかし、道化師と言うには気味が悪いな」
再び蛇剣が振るわれる。
その攻撃はもう見た。
剣皇の僕には通用しないよ。
素早く双剣の一つを鞘に収め、空いた手で蛇剣を掴んで見せた。
「……は?」
そこからすたすたとクリスのもとまで歩き、首筋に刃を向ける。
クリスは青ざめた顔を引きつらせた。
「武器を使えなくした上で、これか。せめてクラスだけでも教えてもらえないか」
「ごめん。それは秘密なんだ」
「……そうか、剣について語り合えればと思ったのだが」
クリスさんが負けを認め、審判が僕の勝利とする。
だが、観客はざわつき戸惑っている印象だ。
自国の英雄が無名のピエロに負けた、そうなって当然だ。
僕は周囲に向けて大げさに一礼して、退場した。
◇
大会会場には屋台が複数出ている。
出場者には無料で振る舞われ、ちょっとしたグルメを楽しむことができた。
「おかしいな、エミリにはここにいてとお願いしたんだけど」
待ち合わせ場所にエミリがいない。
せっかく欲しがっていた麺料理をもらってきてあげたのに。
控え室近くの通路には僕しかいない。
選手の控え室は男女に分けられているので、あらかじめ顔を合わせる場所を決めていたのだが。
ちなみにそろそろアマネの試合だ。
で、さっき負けたニッキーは控え室でしょんぼりしている。
いいところまでは行ったんだけどね。相手が悪かった。
「パパ~」
「あ、エミリ。どこに行ってたんだ」
「えへへ、秘密なの」
トイレかな?
出場者の付添人としてきてるから試合には出てないはず。
僕はまだほかほかの麺料理をエミリに渡した。
「これはヤキソバって言うらしいよ」
「美味しそうな匂いなの」
「だね」
僕はアマネと一緒に食べるので、先にエミリに食べてもらう。
フォークで口に頬張ったエミリは目を輝かせた。
よほど美味しいらしい。はねっ毛と尻尾が盛んに動いている。
「ぜっぴんなの。九十点付けるなの」
「そろそろアマネの試合を観に行こうか」
「飲みものも欲しいなの」
「ちゃんとあるよ」
二人で観客席に移動する。
ちょうどアマネが舞台に上がり、対戦相手と向かい合っていた。
どうやら相手はハンマー使いのようだ。
三メートル近くの巨漢、使い込まれた武器、見るからにパワー型である。
男はニヤニヤしながらアマネを見下ろしていた。
「へへ、いい身体してるじゃねぇか。誘ってんのか」
「これはお世話になっているパーティーの衣装ですよ」
「俺様が勝ったらやらせろ。誘ってるんだからいいよな」
「あの、私の話聞いてますか?」
メイクをしていても分かる。
アマネはあきれ顔だ。
体格差からアマネの勝利は薄い、と観客は思うだろう。
試合が開始される。
ぼとんっ、五秒も経たないくらいに床に腕が落ちた。
「え、あ、ひぎゃぁぁああああああっ!」
「負けを認めて、すぐに救急員にくっつけてもらってください。それと私には素敵な旦那様がいるので、貴方には一切興味はありません」
「ひぃ」
ニコッと柔和な笑顔を見せたアマネ。
対戦相手は腰を抜かして震えた。
たぶんさっきのやりとりにムカついたんだと思う。
なんとなく怒っている感じだ。
審判がアマネの勝利を認める。
僕らを見つけた彼女は手を振った。