41話 僕はあめ玉で興奮する
隣国のキュベスタを抜け、その向こうにあるドルリジアへと入る。
この国は遺跡が多く、今も上空を空中遺跡が飛んでいる。
周辺諸国において最も大きな国家であり、経済的にも軍事的にも頭一つ抜けている。
そして、クルナグル流剣術のライバル『アウナス流剣術』の本部がある国でもある。
クルナグル流は攻防バランスのとれた技術を伝承する一方、アウナス流は攻撃特化の苛烈な技を得意としている。
ドルリジアの歴代英雄にはこの流派の者達が名を連ねているそうだ。
その他にも格闘術や槍術が盛んで、高名な流派が数多くあるのだとか。
定期的に行われる総合武道大会は、観光の目玉でもある。
なだらかな草原を歩きながら僕らは会話をする。
「武道大会、面白そうですね」
「うん。毎年この時期に開催されるそうだから、運が良ければ見られるかもしれないね」
「エミリはご馳走をお腹いっぱいに食べたいなの」
「うんうん」
まだ旅費には余裕がある。
せっかくドルリジアに行くのだから、良い宿に泊まって豪勢な食事をしたい。
たまにはアマネとお酒を飲むのも良いかな。
ドルリジアの夜景は素晴らしいって聞くからね。
「あれがこの国の中心だよ」
「ずいぶんと立派な門ですね」
「ふへ~、裸のおっさんが二人いるなの」
ドルリジアの都の入り口には、石造りの巨大な門があり両側には、それぞれ剣と拳を構えた半裸の男性の石像があった。
この国のかつての英雄だそうだけど、詳しいことは知らない。
ただ、見応えがあって観光客には人気のようだ。
「そうだ、エミリ。くれぐれもドラゴンに変身しちゃだめだからね」
「え~」
「おやつ買ってあげないよ?」
「了解なの!」
彼女の変身能力はすでに危険なレベルに達している。
ここに来るまでにきちんと扱えるように練習はさせたが少々心配だった。
街中でエルダードラゴンになられると大騒ぎだからね。
僕らは人の流れに乗り、そのまま街の中へ。
そのまま街をまっすぐ貫く大通りへと入り、気になる店を見る度に足を止めた。
路地に入ればすぐそこは住宅街だが、趣があってずっと眺めていたくなる気持ちになる。
新しい風景を見る度に、旅をしていて良かったと心から思える。
「アキト、これ面白そうですよ」
「相性クッキー?」
「三種類の味があって、同じ味を引き当てたカップルは結ばれるそうです」
「あの、僕らもう結婚してますけど?」
「さらに結ばれるのです!」
あ、はい。
可愛い奥さんの言う通りにします。
てことで店主にお金を渡し、金属の箱の中にあるクッキーを一枚取る。
「……イチゴの味かな」
「私は柑橘系です」
「葡萄の味がするなの」
三人ともバラバラだ。
しょぼんと落ち込むアマネの頭を撫でてやる。
「クッキーぐらいで相性なんて分からないさ」
「アキト~」
「すぐいちゃいちゃするなの。ウチのパパとママは困ったものなの」
「営業妨害なるんで、そろそろ向こうに行ってくれないか」
エミリと店主の言葉にハッとして、店の前から移動する。
「アキト、これも楽しそうですよ」
「紐の付いた飴か」
「エミリ、この大きいの欲しいなの!」
次にアマネが見つけたのは飴。
絡み合った紐の先に飴が付いていて、小さければハズレ、大きければアタリ、二つの紐が一つの飴に繋がっていれば大アタリだ。
この街、カップル向けの商品が多いなぁ。ま、いいけど。
よし、この紐にしよう。
「あ」
「え」
出てきたのは大きめの二つの紐が繋がった飴だった。
アマネは嬉しさにうさ耳をぴょこぴょこさせる。
見るからに歓喜のオーラが出ていた。
それはそうとこれ、どうやって食べるのだろう。
するとアマネが恥ずかしそうに耳元で囁いた。
「夜に、二人で食べませんか?」
「詳しく聞きたい」
「その時になってからです。恥ずかしいのでここではダメです」
興奮して息を荒くした僕を、顔を真っ赤に染めたアマネがモジモジする。
二人で……一つの飴を?
ごくり。
今夜はエミリを早めに寝かせないと。
しかし、アマネは天才だ。僕にはそんな奇抜なアイデア出てこなかった。
「おっきいのとれたなの」
「でかっ」
エミリが取ったのは、ハズレの三倍ほど大きな飴だった。
口に入れればエミリの頬が膨らむ。
口から紐が出ているので、引っ張ってみるとでろんとヨダレまみれの飴が出てきた。
「とっちゃだめなの!」
「ごめん」
もごもごしながら、頭のはねっ毛がぴょんぴょん上下に揺れる。
前々から気になってたけど、あの毛って尻尾みたいにエミリの感情に反応するのだろうか。試しに掴もうとすると、ひょいと避けられた。
エミリはこっちに気が付いていない。
偶然?
でも明らかに、僕の手を避けた。
もう一度。ひょい。
もう一度だ。ひょい。
あと一回だけ。ひょい。
「アキト、どうしたのですか」
「……なんでもない」
見なかったことにしよう。
僕らは適当なカフェに入り、それぞれ飲み物を注文する。
お洒落なテラス席で味わう異国の空気はいい。
「冒険者、でしょうか。やけに武装した方を見かけますが」
「たぶんあれじゃないか。武道大会」
「ああ、それで妙にそわそわしている方を頻繁に見るのですね」
「さっきチラシをもらったんだ」
チラシには武道大会について書かれている。
チケットは国の運営する販売所で購入しないといけないらしい。
せっかく来たんだし、見てみたいよね。
「アキト、エリクサーってなんでしょうか?」
「未だ再現不可能な遺物だよ。どんな傷も病気もたちどころに癒やしてしまう、現在ある回復薬の中で最高の効果を有しているって噂だ。エリクサーがどうかしたの」
「いえ、優勝賞品にあるので」
「ほんとだ。ふむふむ、優勝者には最強の称号とエリクサーが贈られる、か」
興味をそそられないなぁ。
準優勝者にも多額の賞金らしいし。
「三位を見てください」
「おおっ」
三位はどこでもフカフカ枕、という賞品だ。
効果に関しても記載がある。
頭に敷くだけで、数秒で眠りに落ちてしまう貴重な遺物らしい。
寝起きもすっきりこれで寝不足知らず、だそうだ。
揃ってエミリに視線を向ける。
僕とアマネが考えることは一緒。
正直、今すぐ大金を支払ってでも欲しい。
ただ、大会に参加するとなると……たぶん目立つよね。
大会への出場も良い思い出にはなると思うけど、ここは仕方がない諦めよう。
「悪いが、抜けさせてもらうぜ」
「そんな! 契約と違う!」
「巫山戯た格好をさせられるなんて聞いていない。他で良さそうな助っ人を見つけるんだな」
道化師の格好をした女性が、体格の良い男性を引き留めようとするが、彼は軽く振り払い去って行く。
残された女性は肩を落としてうなだれた。
「あの方はなんでしょうか」
「普通の道化師、って感じじゃないね。腰に武器もあるし冒険者なのかな」
「はではで、なの」
冒険者には希にだけど、仲間意識を高める為に服装をそろえたりするパーティーがいる。
そういうところは独自のルールが多くて、色々と敬遠されがちだ。
その代わり目立つし安定して仕事が舞い込むとか。
しかしながら道化師、なんてのは初めて見た。
「どうしよう……団長に怒られる。はぁぁ」
女性はとぼとぼ力なく歩いて行く。
僕は彼女の顔に注目した。
道化師なだけに、メイクはばっちりしている。
あれだと容姿は分からない。
「ねぇ、君!」
「はい?」
振り返った女性道化師は、きょとんとした顔をした。
「少し僕らと話をしないかな」
「なるほど」
考えを察したアマネがにっこり微笑む。
理解ができないエミリは「むー」と眉間に皺を寄せていた。