40話 僕は故郷へと帰還する6
あけましておめでとうございます!
本年もどうかよろしくお願いいたします(*^▽^*)
険しい山道を登り、エルダーのいる場所へと向かう。
この辺りは村人でも近づかない領域だ。
それ故、道らしい道もなく方向感覚と土地勘を頼りに行くしかない。
しかしながら僕らは、優れた身体能力を有していることから、山で遭難する確率は極めて低い。
常人じゃ回り道する難所もすいすい行けるわけだし。
村を目指してひたすら直進もできなくもない。
「パパ~。ママ~、はやくーなの!」
「いつも以上に元気だなぁ」
「変身のお勉強と言っていますが、単純にドラゴンを見てみたいだけのようですよ」
「そうなの?」
「ふふっ、エルダーを見てからずっとそわそわしてましたから」
でも気持ちは分かるよ。
エルダーはカッコイイドラゴンだ。
僕も日が暮れるまで、エルダーを見つめていたことがある。
そのくせ怖くて近づくこともできなかったけど。
「なんだか歩き慣れたように進みますね。アキトもエミリも」
「へ?」
指摘されて気が付いた。
知らない道のはずなのに、エミリも僕も惑うことなく進み続けているのだ。
ぼんやりと行くべきラインが見えているというか、ちょっと気持ち悪いなこれ。
生い茂った草を掻き分け、崖の上へと出る。
下から見るよりここは広いようだった。
「エルダーなの!」
「エミリ、待つんだ。まずは僕から」
「え~」
「不満そうな顔をしない」
「なぬ~」
むにゅ、とエミリの両頬を指で挟む。
さて、向こうに敵意があるか確認しないと。
崖の上で丸くなって眠るエルダードラゴン。
時折、風が吹いて雄々しいたてがみが揺れていた。
一歩。
二歩。
三歩。
ぱちり。エルダーがうっすら目を開く。
すると大きく目を見開き、静かに身体を動かした。
おっと、警戒させたか。
「キュゥゥン」
エルダーは甘えるような声で、頭部を地面すれすれまで伏した。
予想してたのと違う反応。
ただ、同時に当然とも思える気がした。
ゆっくりと近づいて顔に触れる。
エルダーは顔を擦り付け再び甘えるような声を出す。
「ラージ」
声に振り返ると、エミリがぼーっとこちらを見ている。
「ラージ、久しぶりなの……」
「キュゥゥン」
ずきんと頭に痛みが走った。
『ラージ、君とはお別れだ』
『キュゥゥン』
『次会う時、僕は君を忘れているかもしれない。許しておくれ』
『お父様、そろそろなの』
『うん。いつかまた会おう』
閃光のような映像と声が、頭の中にほんの一瞬だが浮かんだ。
ラージと呼ばれたドラゴンはまだ若く、僕の後ろにはエミリに似た美しい女性がいた。
なんだこの記憶。
どうして僕にこんなものが。
「カッコイイなの!」
「可愛いですね」
ぼんやりしている間に、エミリとアマネはドラゴンに触れていた。
「エミリ、大丈夫なのか」
「なんのことなの?」
「さっきラージって」
「この子の名前なの? うん、ぴったりなの!」
あれ、忘れてる?
自分で言ったことなのに。
それとも今のは僕だけが見た幻覚なのか。
「懐かしいなの」
「会ったことあるの、エミリ?」
「ううん。でもそんな気がするなの」
エミリがぽろりと涙を流した。
エルダー――ラージの眼にも涙が。
「アキト?」
「え? あれ、おかしいな」
僕の目からも涙がしたたり落ちていた。
たぶん僕はこのドラゴンを知っている。
生まれる前から。
表現が正しいのかは分からない。
そう言うしか表現しようがないのだ。
「君はずっとこんなところにいて寂しくなかった?」
「グルッ」
「そうだよね。寂しくないわけないよね」
僕はラージに飛び乗った。
この座り心地、やっぱり懐かしい。
何度もここに座った気がする。
「さ、アマネ」
「はい」
妻に手を差し出し引き上げた。
後はエミリだけ。
「エミリ?」
「今なら――」
エミリは空中でくるんと回転して変身する。
出現したのはもう一頭のエルダードラゴンだった。
とうとうドラゴンへの変身ができるようになったのか。
「パパとママが小さく見えるなの」
「エミリが大きくなったんだよ」
「グルゥ」
「ラージが付いてこいって言ってるなの」
ラージは翼を大きく開き、風の流れを読む仕草を見せてから崖から飛び降りた。
遅れてエミリも飛び立つ。
村の上空を旋回し、真上から一望する。
これが僕の育った村。
真下ではわらわらと村人が集まり、僕らを見上げていた。
「また会いに来るよ」
「グルゥ」
「もし村人がやってきても攻撃しちゃだめだよ」
「グル!」
穏やかな眼には知性を感じさせる。
世界は広いな、こんなドラゴンもいるのか。
僕は二人を連れて山を下りようとした。
「御達者でアキト様」
振り返ればラージがこちらをじっと見ていた。
聞こえた声は、君のものなのかな。
こんな話を聞いたことがある。
永く生きたドラゴンは、人以上の知恵を付け人語を解すると。
僕はラージに笑顔で手を振った。
◇
「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうよ、あと一ヶ月いなさい。ね、エミリちゃんもそう思うわよね」
「ジィジ、バァバ、大好きなの!」
「「えへへぇ」」
こらこら、二人とも顔がだらしないよ。
デレデレすぎて見てられない。
だいたい一ヶ月もいたら、なし崩し的に一年以上引き留められそうだ。
急ぐ旅じゃないけど、のんびりしすぎるのもそれはそれで問題だし。
あともう一つ気掛かりがある。
アマネが子供を産んだら、エミリが粗雑に扱われないかだ。
その点は僕もアマネも注意するべき点だけど、二人にも平等に接してもらえるようにお願いしたい。
「――ふっ、我が息子ながら愚かだな。エミリちゃんの可愛さは、下手をすると生まれた孫よりも強いかもしれん」
「エミリちゃんって私達のツボを押さえてるのよねぇ。もう可愛くて可愛くて、生まれてくる孫は期待しているけど、エミリちゃんほど愛せるか心配だわ」
「あ、うん……」
「なんだか不安になってきました」
アマネの不安を払拭する為に励ますが、僕も内心で不安だった。
恐るべきはエミリの掌握術。
たった数日で両親がエミリに堕とされていた。
「心配するななの、生まれてくる弟はエミリが愛情を注ぐなの」
「弟と決まったわけじゃ……」
「じゃあ弟と妹にするなの」
「そう上手くゆくものじゃ……もういいや」
「なの?」
子作りの知識がないエミリは、小首を傾げる。
「またね。父さん母さん」
「すぐにまた来るんだぞエミリちゃん」
「アマネさんもお元気でね」
まったく僕の心配をしてないな、あの二人。
山の方を見ると、ラージが起き上がってこちらをじっと見ていた。
次に来た際は、肉でも持っていってあげよう。
道沿いに歩き出せば、アマネがそっと指に指を絡ませてくる。
「次はどこに行くのですか」
「それなんだけど。この地図によると、ドルリジア国の近くに地下空間がありそうなんだ。遺跡も多い国だし、観光するにはいいかなって」
「美味しい物、たらふく食べられるなの?」
「たぶんね」
アマネがそっと頬にキスをする。
「どうしたの?」
「えへへ、急にしたくなりました」
彼女は恥ずかしそうに顔を赤くした。