32話 剣聖と竜騎士の落ちて行く日々6
去って行くアキトをジュリエッタは見つめる。
無様にぼろぼろ涙を流し、地面に爪を立てて引っ掻く。
「負けたビッチ。剣聖である私が荷物持ちのアキトに」
「…………ちっ」
あのビーストの女を除外しても、あのアキトの成長度は異常だ。
本気を出していなかったとはいえ、こっちはレアクラスにS級遺物持ちだぞ。
癪だが本気で潰すには、本気で修行し直すしかねぇか。
俺は立ち上がってエマを睨む。
「てめぇ、寝返ろうとしたなゲス」
「気のせいじゃないかしらー、ライのことを愛しているウホッ」
「白々しいゲス」
まぁいい、エマは前からこう言う奴だ。
同郷のアイラと一緒にパーティーを点々としてきたひねくれ者。
そのくせ行動力がなく他人に依存する。
アイラがいなくなった今、俺達に付いてくるしかないんだよな。
「ライ、先生のもとへ行くビッチ」
「荷物持ちに負けてちゃ、邪神討伐なんてできねぇよなゲス」
「一から修行をし直すビッチ」
「私は、付き合わなくてもいいウホよね?」
「エマも一緒ビッチ」
いやいやと首を左右に振るエマを引きずって、俺達はクルナグルの本部へと向かう。
◇
「なんですかその腕は! 本当に修行を続けていましたか!?」
「はひぃ!」
ジュリエッタは、ノルンにびしばし木剣を打ち込まれる。
俺でもひくほど容赦がねぇ。
そりゃあ大抵の怪我はハイポーションでどうにかなるが、あれは精神的に来る。
「アキトは優秀でしたよ! こちらの想像を超えて!」
「!?」
「なんて顔をしているのですか! アキトは貴方と同郷、それも同門の先輩ですよ!」
「それはビッチ!? あぐっ!?」
ノルンの木剣がジュリエッタの手を強く叩く。
思わず木剣を落としてしまった。
俺とエマは試合の様子を横になって見ている。
もうぼろぼろだ。
侮っていたぜ。
クルナグルの師範クラスがここまで強かったなんて。
ジュリエッタの試合を見てから、戦うべきだった。
おかげで徹底的にぼこぼこにされた。
エマは遠距離専門ってことで加減されてはいたが、それでも動けないくらいにはやられている。
あのアキトが、ノルンのすぐ下の実力者だって?
未だに信じられねぇが、ここの奴らはアキトを絶賛しまくりだ。
まさかあいつ、ずっと実力を隠してやがったのか。
いや、そんなはずはねぇ。以前の奴はどう見ても雑魚だった。
短期間で強くなった秘密があるのか。
だとしたらそれはどこに。
……奈落?
まさかな。あり得ない。
「ジュリエッタ、貴方の剣には邪が宿っています。なぜそうなったのですか」
「ちがっ、私はビッチ――」
「心が濁れば剣も濁る。私は貴方がここを出る際、忠告しましたよね。アキトならきっと貴方を剣聖として立たせてくれると。彼は良きパートナーだったはずです」
「ごめんなさい先生!」
「くっ、こちらこそすいません。私情が入ってしまったようですね」
ノルンは「今日はこれくらいにしましょう」と去って行く。
なんだよ、アキトアキト。
王様もノルンも、あの野郎にどんだけ入れ込んでんだ。
ただの寝取られ野郎なのに。
「違うんです先生、私は……ライと」
泣き続けるジュリエッタ。
しゃあねぇか。
本当はするつもりはなかったが、ジメジメしたのは嫌いだ。
これから邪神討伐って大偉業も待ってんだ。
やる気を出してもらわねぇと困るんだよ。
◇
木剣と木剣が何度も打ち合わさる。
一週間前は一方的だった試合が、今はそこそこ対等にできていた。
「急成長ですね。やはり剣聖のクラスなだけはあります」
「はい、ビッチ」
「ところで、その語尾はどうにかならないのですか」
「なりませんビッチ」
しかし、まだノルンの方が技術では上だ。
つっても剣聖の吸収力は半端ねぇ、もう一週間もあれば追い抜くだろう。
俺も試合を重ね、自身の実力って奴を見直した。
独学でここまできただけに、俺の戦闘法は穴だらけだった。
そこに気づけただけでも収穫はあった。
あとは聖竜槍を使いこなせれば――いだだだだっ!?
「ライ!?」
「おや、腰痛の呪い、でしたか? エマさん湿布を貼ってあげてください」
「わかってるウホッ」
「さ、ジュリエッタ。続きです」
くそっ、しばらくなかったのに。
これじゃあ満足に戦いもできねぇし、腰も振れねぇ。
「まだ剣に邪を感じますが、これ以上言うべきではないでしょうね。アキトが特別過ぎたのです」
「先生、私を見てくださいビッチ! アキトではなく!」
「ちゃんと見てますよ。詳しい事情は聞いておりませんが、貴方とアキトどちらが正しい剣の道を進んでいるのかは理解しています。すっかり変わってしまいましたね」
「あれはアキトが弱かったから、ビッチ!」
「あれとは?」
「!?」
ジュリエッタは足が絡まり地面に尻餅をつく。
木剣の切っ先が彼女の眼前に向けられた。
ノルンは大きく溜め息を吐く。
「教えられるだけのことは教えました。精進しなさい」
「はい……ビッチ」
◇
街に鐘が鳴る。
晴天に恵まれ最高の式になりそうな予感がする。
「みんな、集まってくれてありがとうビッチ!」
「おめでとう、ジュリエッタ」
俺の隣でウェディングドレスに身を包むジュリエッタ。
クルナグルの本部からは、師範、師範代、同期が参加している。
剣聖の式とあって街の住人も大勢見物に来ていた。
くくく、悪くねぇな。
アキトの野郎に見せてやりたかったぜ。
寝取られた女が結婚するところをな。
ジュリエッタがブーケを投げる。
どすんっ。
その時、空からなにかが降ってきてブーケを取ってしまった。
「なんだこれは?」
「ブーケってやつじゃん。ぶふっ、あんたに似合わない~」
「ミッチャンが欲しかったなぁ。ストーキングできそうなイケメンと、愛を育む、グフフ妄想はかどるわぁ」
「てめぇ、ゴラリオス、ゲス!?」
現れたのはゴラリオス、アスファルツ、それと前回見たオレンジ色の髪をしたやけに前髪の長い少女。
四天王の三人が、よりにもよってこんな日に現れやがった。
「ふむ、蜜月組がここにいるはずなのだが……一足遅かったか。まぁいい、強者との戦いはそう急くものでもない。これはアスファルツにやろう」
「え、いらないし。ミッチャンにやるじゃん」
「くれるならもらう。どうもね、花嫁さん」
ふざけんなよ。式をぶち壊しておいて。
ちょうどいい、ここに現れたのなら三人ともぶっ殺してやんよ。
俺とジュリエッタが武器を構える。
エマ、サポートを――どこ行ったあいつ?
「うわぁああ、待って、どこ触ってんのよ、ウホッ!」
エマは逃げ出す人の群れに巻き込まれ、そのまま遠くへと消えて行く。
肝心な時に役に立たねぇ。
いっそのこと始末して別の奴を引き入れるか。
ダメだ。あいつはまだ使える。それに身体も俺好みだしな。
「おい、ゴラリオス、今日こそ決着を付けてやるぜゲス」
「そこにいるのは……そうだ、英雄の蒼ノ剣団だったか。このような場所で再び会うとは奇遇だな」
「てめぇらと会話を楽しむつもりはねぇゲス!」
聖竜槍の力を引き出す。
槍が輝きみるみる身体能力が向上した。
繰り出した無数の刺突が、ゴラリオスの身体を傷つける。
「ぬう!? これはまさかS級遺物!?」
「これでてめぇと互角ゲスな! 偉そうに魔族との違いを垂れてたが、力さえ並べば俺が負けるなんてありえねぇゲス!」
「そうか、そうきたか。見逃した甲斐があったものだ」
奴はぬぅぅと大剣を抜く。
とうとう武器を抜かせた。
俺を敵と認めたってことだな。
このまま畳みかける――いだだだだ!?
俺は猛烈な腰の痛みに地面を転げ回った。
「ライ!? まさかあの呪いがビッチ!」
「よそ見してんじゃないよ」
「あぐっ!?」
隙を突かれてジュリエッタは鞭に打たれて倒れる。
見下ろすゴラリオスは困り顔だ。
「なぜ急に苦しみだしたのだ」
「さぁ? ミッチャン分かるかい?」
「合成魔法で強引に遺物と契約を結んでるっぽいね。前にもそういう英雄を見たことあるけど、例外なく残念な奴が多いんだよね。ストーカーのし甲斐がないっていうか」
「ふむ、禁忌の術か。しかし、そこまでして抗おうとする心意気は良しとする。きちんと強くはなっているようだからな」
「あのさぁ、あんた強ければなんでもいいって考え、そろそろどうにかした方がいいじゃん」
「口出し無用。すでにやるべきことも果たした。しばらく好きにしても良いと魔王様がおっしゃったのだ」
「イケメンをストーキングし放題。わくわく」
俺はちらりとクルナグルの奴らを一瞥する。
残っているのはノルンだけ。
他の師範共は住人の避難に動いているようだ。
「そこまでです! 即刻街から立ち去りなさい!」
「先生、逃げてビッチ」
「女の剣士か……強者の香りがする」
ゴラリオスが興味を示し、ゆらりと動き出す。
「まずは名乗りなさい」
「自分は四天王が一人、灼熱のゴラリオス」
「私はクルナグル流師範、ノルン」
「アキトと同じ構えをするのだな」
「当然です。彼は私の弟子なのですから」
奴は「ほう、師匠か」と呟いた。
次の瞬間、ノルンとゴラリオスの戦いが始まる。
剛力に対しノルンは片手剣で柔の剣を振るう。
大剣を剣で流し、素早くがら空きの脇腹に刃を走らせた。
「敗者には罰を与えないとね」
「!?」
目の前でしゃがんだミッチャンが、ニヤニヤしていた。
「ミッチャン優しいから、面白そうな相手は見逃してあげるんだよ。それにお兄さん、呪いで甚振ると良い声で鳴きそうだし」
「やめ、やめろ……」
「心配はいらないよ。ミッチャンの呪いは『その人の罪を容姿で表現する』ってやつだから。善人ならむしろイケメンになれるんだよ」
手が、顔に近づく。
やめろ、やめてくれ。
俺はこの顔が一番好きなんだ。
ぎゃぁぁああああああっ!
「ライ――ぶふっ!」
「どうなった!? どうなったゲスか!?」
「あらら、これはひどいじゃん」
「罪深き男だね~」
誰か、誰か鏡を持ってきてくれ!
俺の顔がどうなったのか教えてくれ!
「じゃあこっちも」
「いやぁぁあああああああっ!!」
ジュリエッタの顔が、変化する。
凹凸がなくなり、のっぺらとなったところで『へのへのもへ』俺には読むことのできない文字が浮き上がった。
なんだ、何が起きている。
「この呪いは子供には受け継がれないから心配はいらない。あはははっ、ご結婚おめでとう。ミッチャンからのお祝いだよ」
どがんっ。ゴラリオスが建物へ直撃する。
「ぬぐっ、さすがはアキトの師匠と言ったとこか。楽しすぎてつい時間を忘れそうになる」
「戦闘狂ですね」
「自覚している。だからこそ無駄な殺生もしないのだ。強者を殺し続ければ、いずれ戦う相手がいなくなってしまうのでな。そして、弱者も未来の強者。血肉沸き立つ戦いを永劫にし続けることが我が望み」
「ですが、魔王と邪神は違うのでしょう?」
「無論その通りだ。あの方々は自分のように甘くはない。故に本気で抵抗するがいい。さもなければ、根絶やしにされるぞ」
上空から一頭のワイバーンが降下する。
四天王の三人は背中に乗り、あっという間に去ってしまう。
「無事ですか二人とも――ぶふふっ、ごめんなさい!」
ノルンは俺達を見るなり口を押さえて去って行った。
ちくしょう。
俺の顔、どうなったんだよ。