29話 僕は師匠に会いに行く4
七段への試験に向けて修行が始まった。
僕の場合、当日行われる全ての試験に合格しなければならないので、よりハードである。
まず誰でも挑戦できる六級~一級の取得。
その後、一級までの階級を取得した者のみに取得が許される初段。
初段を得た者だけに取得が許される二段。
二段を得た者だけに取得が許される三段。
とまぁ、十段まで階級があり、師範代になるには七段まで取得する必要がある。
ちなみに師範になるには師範代として十年の経験を必要とする。
師範になれば支部を開く許可が得られる為だ。
うん、ハードじゃなくベリーハードだった。
先生は僕を殺すつもりなのかな。
とはいえ僕も先生から直接指導を受けた一人。
一級までの基礎的なことは把握している。
問題は型に加え、筆記試験と試合が行われる初段からだった。
型は覚えればいいだけだし、試合についても今の僕なら全然余裕、それよりも筆記試験が僕の頭を悩ませた。
「――何度言ったら分かるのですか! ここは同門の気持ちを考えて『修行し直せ』と伝える場面でしょうに!」
「でも、そんなこと言われた相手は落ち込むよ」
「落ち込ませるのです。負けた者はより強くなろうと奮い立つ、クルナグルはスポーツではありません。命を奪う実践、生半可な気持ちにさせてどう責任をとるつもりですか」
「ひぇ」
「逃がしません。さぁやり直しです」
席を立ったところで耳をつままれ座らされた。
相変わらず指導中の先生は怖い。
普段は女神のようだけど、今はオーガにしか見えない。
問題も問題だ。クルナグルの歴史についてはすらすら書けるけど、精神的な問いは超難問。
ううう、早くアマネといちゃいちゃしたい。
「手が止まってますよ!」
「はいっ!」
◇
敷地でひたすら型をさせられる。
隣では瞬きすらしない先生が、じっと見ていた。
「そこ! 脇が開いています! 昔はあんなにも綺麗にできていた『二翼の型』が、どうしてこんなに汚いのですか! 今までサボっていましたね!」
「ご、ごめんなさい」
「二翼の型は、唯一誰よりも得意としていたはずでしょう! 二翼の型をとったら貴方に何が残るのですか! 二翼で世界をとるつもりで励みなさい!!」
「はいっ!」
二つの木剣を振るい続ける。
◇
剣と剣が交わる。
先生と僕の間で火花が散った。
敷地を駆けながら無数の刃を互いに弾き、隙を探す。
さすがは先生、剣皇である僕とここまで戦えるなんて。
もちろん手加減はしている。
今はパワーよりも速さと技巧を磨くとき。
周囲では門下生達が観戦している。
「やべぇ、まるでみえねぇ」
「あの人あんなに強かったんだ」
「師範代までの試験全て受けるらしいぜ」
「なんだ、ただの化け物だったのか」
「誰だよアキトさんを挑戦者とか言い出したの」
「…………」
さらに剣圧が強くなる。
先生は剣師のクラスだが、実力ではジュリエッタを遙かに上回っている。
表に出ていないだけで桁違いの実力者というのはいるものだ。
もし肉体強化のスキルがなく、クラスのみだったとしたら、先生と対等には戦えなかったかもしれない。
「はぁ!」
「しまっ――」
強化した剣で先生の剣を砕く。
切っ先を向けられたノルン先生は、にっこり微笑んだ。
◇
試験当日。
僕は二本の木剣を手に緊張していた。
「無理はしないでくださいね」
「うん」
「がお~、虎さんも応援してるなの」
「ありがとう」
虎の着ぐるみを着たエミリを抱き上げる。
気に入っているのか最近はずっとこの格好だ。
ぴょこんと出たはねっ毛が、ぺちぺちと僕の頭を叩いた。
よし、合格するぞ。
「これにて七段の筆記試験は終了です。お疲れ様でした」
試験用紙が回収され、僕は疲労で机に突っ伏した。
すでに時刻は夕方。
ここまで十二の試験を受けてきた。
六級から三段までは、すいすいいけたのだ。
けれど四段から筆記試験の難易度が跳ね上がり、出題に死ぬほど頭を悩ませることに。
今回の試験なんか勉強した範囲外も出てきて大変だった。
開祖の愛用していたパンツの色、なんて僕が知るわけないだろう。
僕は木剣を握り次の試験会場へ。
七段は十人を相手に勝利することが合格条件だ。
しかもその十人は全て六段の実力者。
一度の負けも許されない。
会場では六段者が鋭い視線を向けていた。
その中の一人が僕に声をかける。
「ノルン師範のお気に入りだか知らないが、実に気に入らないな。突然現れていきなり七段になろうなんて。必ずここで阻止してやるよ」
「確かにそうだね。僕が目障りなのは事実だと思う。君達のかけてきた時間と情熱に比べれば、そう思って当然だよ」
「なんだ、よく分かってるじゃないか。だったらさっさとここから消えろ」
男が胸ぐらを掴もうとした瞬間、僕は瞬歩で背後に回り込んだ。
「期待を裏切るわけにはいかないんだ。だから君達を倒すよ」
「いつの間に!?」
会場の端に座り呼吸を整える。
審査員として三人の師範がこの場にいた。
ノルン先生の姿はない。
「アキト六段、前に」
「はい」
試験試合は十対一の形式で行われる。
スキルや魔法の使用も制限されていない。
相手を殺さなければなんでもありだ。
ただし、相手を戦闘不能にするのは、手に持った木剣でなければならない。
「始め!」
試合が開始され、即座に二名がかかってくる。
僕は振り下ろされた木剣を、受けるとほぼ同時に破壊。
瞬時に戦闘不能にした。
「なんて速さ、あんなの六段の動きじゃない」
「どうするんだよ。一斉に囲んでボコボコにする話だっただろ」
「散開だ、各自で隙を見てやれ。あいつを七段になんてさせるな」
「なっ、まわりこまれ――木剣が!?」
木剣の破片が床に落ちる前に、次の木剣を砕く。
最後の一人を前に足を止めれば、会場に無数の落下音が響いた。
九名は柄だけを握りしめ、呆然と立ちすくんでいた。
開始から僅か十秒。
もしかしたらそこまでかかっていないかもしれない。
「なんなんだよお前、そんなに強いのにどうしてここにいなかったんだよ」
「僕だってここに来たかったさ。けど、才能がなかった」
「何を言っているのか、わけわかんねぇよ!」
「ごめん。そうだね」
最後の一人の木剣を砕く。
彼は両膝から床に崩れ落ちた。
「て、天才か……ちくしょう」
見上げる彼は心底悔しそうだった。
僕はしゃがんで肩を叩く。
「えっと、修行し直せ?」
「はい……そうします」
良かった。
気持ちが通じた。
きっと君達なら七段になれるはずだ。だから頑張って。
その後、筆記もぎりぎり合格し、僕は七段の証である刺繍入りのグローブを受け取った。
◇
「おめでとうっ! 貴方ならできると信じていました!」
「万歳なの! お祝いのちゅーなの!」
会場を出たところでエミリに抱きつかれ、頬にキスされる。
先生もいて、彼女は涙ぐんでいた。
「アキト、おめでとう」
「うん」
遅れてアマネもやってきて、微笑んでくれる。
この一週間を乗り切れたのは、アマネが支えてくれたからだ。
無理に七段になんてならなくて良かったのかもしれない。
男の意地というのだろうか。
夫として、妻にカッコいいところを見せたかったんだ。
「これで貴方も一人前ですね。師匠として大変喜ばしいです」
「先生……」
「お祝い、が必要だと思いませんか?」
「まぁ、そうなのかな?」
「聞けばお二人は、まだ式をきちんと挙げていないとのこと。なのでわたくしが密かに準備を進めていたのです」
式? あ、結婚式か。
先生には地下のことは伏せているから、やっていないってことになっていたんだっけ。
実際、地上では式は挙げていないし。
まだ指輪も交換していない。
「天才剣士アキト七段の式に、参列しない門下生はいないでしょう。当日は名誉師範に最高師範も来てくださります。二人ともかっこ悪い姿は見せないように、いいですね」
は、はい……。