25話 剣聖と竜騎士の落ちて行く日々5
王都に戻った俺達は、まずオーブが砕かれたことを報告した。
「――報告はすでに届いておる。どうやら魔族はこちらの予想を上回る速さと戦力で、二つの神殿を攻め落としオーブを奪取したようだ」
「んなこたぁどうでもいいんだよ。問題は復活する邪神をどうするかだろゲス」
「うむ、貴殿の言う通りだ。ところでそのゲス、というのはなんだ? 眉毛もないようだが?」
「ま、魔族の呪いだ……ゲス」
「ぶふっ!」
笑うんじゃねぇぇ!!
ぶっ殺すぞ!
おい、そこの騎士てめぇの顔を覚えたからな。
「おほん、このような非常時に不謹慎だったな。それとメンバーが一人足りないようだが」
「そっちは抜けただけだゲス。足手まといはいても邪魔なだけだからなゲス」
「ならば仕方ない。今後は三名で頑張ってもらうしかあるまい」
本来なら俺じゃなくジュリエッタが国王と話をするのだが、あいつはあれ以来覇気がなくなってやがる。
おまけにエマもぼーっとしがちで、どこを見ているのかよく分からない。
時々「アイラもそう思うでしょ。うんうんそうよねウホッ」といないはずのアイラと会話をしている。気味が悪い。
「ところで蜜月組の件だが」
「心配しなくても捕まえてやるゲス」
「そうか、まぁしかし、あくまでついででよい。直に目覚めるであろう邪神への対抗策を練る方が重要だ」
「それでなんだが、もう一度試練を受けさせてくれゲス」
「S級遺物への再挑戦か? しかし……」
渋る国王に俺はとある提案をする。
「考えたんだが、間接的に使うってのはできないゲスか」
「秘められし力を行使しないのであれば、単純な武器として使用することは可能だ。だが、それで邪神とまともに戦えるだろうか」
「陛下、それについてお話しが」
宰相がクソジジイに耳打ちする。
ひそひそ話をしやがって。
いちいちムカつくぜ。
「そのようなことが可能なのか」
「はっ、数人の剣聖がその方法で使用した記録がございます。しかし、なにぶん外法でして、どのような影響があるか」
「ふーむ、余としては気乗りせぬが、伝えるだけ伝えてみよう」
宰相が下がり、クソジジイが俺を見る。
「一つだけ、所持者にならなくとも、遺物の力を引き出せる方法があるそうだ。それは外法と呼ばれ、禁忌の術として使用が禁じられている」
「そんなものがあるならさっさと使えよ」
「最後まで聞くのだ。禁忌の術とは使用した者に必ず重い足かせを付ける。それは遺物を手放した後でも一生続く、言わば呪いのようなものだ」
呪いだと。
またか、またなのか。
バキッ。
怒りのあまり奥歯が砕けた。
どうする、まともにやっても拒絶される可能性が高い。
単純に武器として扱うのもありだが、それでも魔族共には到底及ばない。
だったらここであえて呪いを追加して、ゴラリオスとアスファルツをぶっ殺せば、結果的に抱える呪いは一つだけになる。
癪だが今の俺には断れねぇ。
「おい、てめぇも受けるゲスよな」
「私は……」
「まさか今さら怖じ気づいてゲスか。魔族も、あいつも、始末しねぇとこの先がねぇって分かってんだろゲス」
「違う、そうじゃなくて、私はただいつ結婚してくれるのかなって、気になってるビッチ」
はぁぁぁ?
今聞くことか??
こいつ、んなことで落ち込んでいたのか?
「ああ、いいぜ。結婚してやるゲス」
「本当!? 嬉しいビッチ!」
ばーか、んなものするわけねぇだろ。
てめぇは雌ブタ、ただの道具なんだよ。
誰が道具と結婚する奴がいる。
今は聖剣を握らせる為に、調子に乗らせてやるよ。
聖剣のない剣聖なんてクソほどにも役に立たねぇからな。
「陛下、外法で聖剣の所持者になるビッチ!」
「そうか……これ以上は言うまい」
謁見の間に聖剣と聖竜槍が運び込まれる。
そこへ複数の魔法使いと錬金術師が入室し、魔法陣を構築する。
錬金術師はのたくった文字が書かれた札を剣と槍に貼り付け、俺達の手の平にも特殊なインクで浸した筆で文字を書く。
俺とジュリエッタが武器を握った瞬間、びりびり電気のようなしびれがあった。
『汝は我を持つ、持つ、シガ、資格、ガガガ……ゴウ、カク』
マジか。くくく。
これで遺物は俺の物になった。
「私も聖剣に……いぎっ!?」
隣にいたジュリエッタが、胸を押さえて苦しみ出す。
「消えた。私の胸が消えたビッチ」
「嘘だろ……まな板じゃねぇかゲス」
「どうしよう!?」
「そんなこと知るか――!?」
すさまじい激痛が腰を襲う。
立っていられなくなり、床に両手を突いた。
な、んだこれは。
いでぇ、いでぇぇえ!!
不意に腰の痛みがなくなる。
「どうやらジュリエッタは胸がなくなり、其方は腰痛持ちになったようだな」
「ざけんなよ! こんなのでどうやって戦えって言うんだゲス!」
「宰相、よく利く湿布薬を」
「はっ」
俺は大量の湿布を渡された。
◇
ジュリエッタはそこそこ胸があった。
サイズで言えばDくらいだ。
今では見る影もない。
ようやく元に戻ったエマは、胸がなくなったジュリエッタを見て首を傾げた。
どうやらここしばらくの記憶がないようなのだ。
呪いについては最初からそうだった、と無意識に記憶を改竄したのか話を振ってもまるで理解を示さない。
ちなみにいないはずのアイラに話しかける癖はなくなっていない。
相変わらず気味が悪い。
「私の、私の胸が……」
「いだだだだだ!」
ジュリエッタは呆然とし、俺は腰が痛む。
普通の腰痛とは違い、腰が悪くなったわけではない。
突然、腰に激しい痛みが走るのだ。
間隔は規則性がなく、二、三日まったく痛まないこともあれば、一日に何回も襲ってくることもある。
腰は立てなくなるほど痛む。
湿布で痛みを緩和しても、足が生まれたての子鹿のようにガクガクするのだ。
だが、俺はその痛みを受け入れる代わりに手に入れた。
聖竜槍レイバーン。
これで俺は最強だ。
最強の竜騎士になった。
ゴラリオス共をぶっ殺す日が待ち遠しいぜ。
で、俺達は馬車でとある場所に向かっている。
そこはクルナグル流剣術の本部。
ジュリエッタが言うには、そこで対邪神に備えて鍛え直すつもりらしい。
道場なんて弱い奴らが行くところだと言ったんだがな。
こればかりは、いつもいいなりのジュリエッタが聞かなかった。
ま、どうでもいいが。
「私の胸が……」
「うるせぇゲス、胸がなくなったくらいで取り乱すんじゃねぇゲス」
「でも、これじゃあライが私をビッチ」
「心配すんな。胸がないくらいで捨てやしねぇよ、ゲス」
「ライ!」
てめぇに胸があろうとなかろうとどうでも良いんだよ。
そもそも俺は尻派だしな。
「そうだ、これから行く本部にはお師匠様がいるの。ライにも紹介するビッチね」
「どっちでもいいゲス」
「ノルン先生、私が聖剣に選ばれたこと褒めてくれるかな」
「弟子が出世したら喜ぶに決まってるわウホッ 良かったわねジュリエッタ」
「うん、ビッチ」
「誰がビッチだウホッ」
「違う、これは語尾で、ビッチ」
エマがキレてジュリエッタの胸ぐらを掴む。
「アキトは、わたくしの自慢の生徒です!」
「いえいえ、そんな」
「ご結婚おめでとう。アマネさんも素敵です」
「ありがとうございます」
ジュリエッタが愕然とする。
そこには白いタキシードを着たアキトがいて。
大勢の人間が奴らを祝福していた。