21話 鍛冶師の願い3
地下墓地に到達。
作りは神殿のような石造りとなり、空気は妙に重く感じる。
墓地なだけあって死が満ちている気がする。
「どうかな、隠し部屋みたいなのはありそう?」
「……ないなの。あればきっと鑑定に反応するはずなの」
うーん、困ったな。
このメンバーで未発見の技術書を手に入れられるとすれば、鑑定スキルを有するエミリだけなんだけどな。
僕はもちろん、アマネもナナミも探索系のスキルは持っていない。
シーフのクラスでもあれば話も違っただろうけど。
「とりあえず手分けして探そう。もしあるとしたらここだと思うんだ。僕とエミリがこっち、アマネとナナミは向こうを頼んだ」
「分かりました。行きましょうナナミさん」
「見つけるっす、ウチの店を潰させないっすよ……」
ナナミはぶつぶつ呟きながら、奥へと向かって行った。
残された僕とエミリは見合わせる。
「パパ、肩車!」
「はいはい」
よっこらしょ、と。
ちょっと重くなったかな?
少し背も伸びたみたいだし、ちょっとずつだけど成長しているようだ。
エミリが僕の髪をぎゅうっと鷲掴みにする。
それにしても、なんで髪を握るかな。
僕らはアマネ達とは逆の方向へと歩き出す。
「エミリは僕らと一緒で楽しい?」
「うん! パパもママも優しくて大好きなの! ずっと一緒にいたい!」
「でももしかしたら、エミリにふさわしいお父さんとお母さんが、この先で見つかるかもしれないよ」
「いやなの、エミリはパパとママがいいの! パパとママに見つけてもらって良かったなの! 離れたくない!」
エミリは僕の頭をぎゅぅと抱きしめる。
彼女の足が首にがっちりはまり、締め上げ始めた。
ぐるじい、エミリ、わかったから足を緩めて。
「はぁ、死ぬかと思った」
「エミリはパパを殺してでもしがみつくなの」
「なんて重い愛なんだ」
おっと、気持ちを切り替えないと。
ぼーっとしていると技術書を見逃してしまう。
「それで技術書らしきものはあった?」
「鑑定に引っかからないなの」
「うーん、そもそも前提が間違っているのかもしれない」
「どういうこと?」
「つまり地下にはないってことだよ」
四つの内、二つが地下で見つかれば残りも地下にあると考えがちだ。
しかし、五大名匠のメルクリウスは、地下に隠したとは一切言っていない。
灯台もと暗し、と言う言葉がある。
もしかしたら僕らが考えているよりもすぐ近くに、二つの技術書を隠してあるのかも。
それも部外者では見つけられない、弟子にだけ手に入れられるような……。
そこでハッとした。
可能性の高そうな場所を思いついたのだ。
「すぐにアマネと合流しよう!」
「どうしたのパパ!?」
「分かったんだ。技術書のありかが」
◇
僕らは地上に戻り、ナナミの店へと戻る。
「急いで戻ってきたっすけど、本当にあるっすか」
「一つ聞くけど、ここは代々受け継いできた工房なんだね?」
「そうっすよ。表の店は増築っすけど、裏手にある工房と家はメルクリウス様がご存命の時代からあったものっす。一族の宝っすよ」
だとすればやはりここにある。
工房の中をゆっくりと歩く。
視線を巡らせ違和感を探した。
煤にまみれたレンガの壁、その中でたった一つ小さな模様のあるものを見つける。
僕はそのレンガを引き抜き、奥にある何かを掴んだ。
「それはまさか、技術書っすか!?」
「このレンガに刻まれた模様に見覚えはあるかい」
「メルクリウス家の家紋っす。どうしてウチの壁にこれが」
「彼がどうして隠したのかは不明だけど、弟子が技術書を見つけられないことを恐れたんじゃないかな。だから必ず見つけられるだろう場所に、印を付けて隠した」
でも、それが逆に発見を大幅に遅らせることとなった。
弟子達もまさか自分の工房に隠されているとは考えないからね。
外にばかり目が向いて、本当に探すべき場所をスルーしていたんだ。
それに煤だらけで気が付こうにも気が付けなかった。
「これは、剣の技術書っす! ウチにこれが! ああ、ああああああ!! ウチも、ご先祖様も報われたっす!!」
ナナミは技術書を抱えて大泣きする。
「よしよし、なの。嬉しい時は沢山泣いていいのなの」
「えっぐ、あ゛りがと゛う゛、えみりぃちゃぁぁああん!!」
ナナミは腕で目元を拭い、深呼吸した。
「三人とも、感謝するっす! これで最高の剣を造ることができるっす!」
勢いよく立ち上がった彼女の胸が、ぷるんと跳ねた。
◇
ナナミは三日三晩、工房に籠もった。
絶えず金属を打つ音が響いてくる。
時々心配して中を覗いてみたが、彼女の鬼気迫る顔を見ると声をかけられなかった。
名匠メルクリウスが最も得意としていたのが剣だそうだ。
S級遺物には劣るものの、その強度に切れ味はすさまじいと聞く。
だからこそ期待してしまう。
四日目の朝、ナナミが姿を現した。
「あ~、疲れたっす」
半裸のナナミが家の中へと入る。
ちょうど本を片手にコーヒーを飲もうとしていた僕は、驚きの余り股間にカップを落としてしまう。
あつ、あつつっ!
「ナナミさん、なんて格好ですか!」
「ふぁ? あ、そっか、暑かったから脱いだんだ。三人が自宅で寝泊まりしているのを、うっかり忘れてたっすよ」
「この女、やっぱりパパに色目を使ってるなの! パパはママのなの!」
「二人ともそう怒らないで……あんっ」
エミリが杖で胸をぐりぐりする。
やめて、それが僕を逆に追い込むんだ。
別の意味で股間が熱い。
ず、ずぼんを穿き替えてこよう。
アマネの視線から逃れ、僕は二階へと駆け込んだ。
◇
そっと鞘から剣を抜く。
鏡のように美しく磨き上げられた刀身は、眩く光を反射した。
恐ろしく握り心地が良く手になじむ。
素材はアダマン鉱、希少な金属を使っているだけあって頑丈さは折り紙付きだ。
「それと、これもっす」
「もう一本?」
「サービスっす。それとお代は不要っす」
「それはさすがに」
「技術書を見つけてくれただけで充分っすよ。これ以上もらったらご先祖様に怒られるっすよ。なはは」
同じ剣をもう一本受け取る。
予備ってことかな。
気を遣ってもらって申し訳ない。
いざという時の為に二本とも装備しておこうかな。
「それとアマネの槍も整備したっすよ。質問なんすけど、この槍どこで手に入れたっすか」
「これは父の形見なんです。私も詳細は知りませんが、なんでも村の下から出てきて、父が使い始めたと。遺物なのでしょうね」
「やっぱりすか。普通じゃないなって一目で思ったっすよ」
へぇ、アマネの槍は遺物なんだ。
知らなかった。
確かに男衆が持つ武器とはデザインが違う。
「エミリ、エミリは!?」
「杖を調整したっすよ。ただ、ウチは専門じゃないから、本格的にはいじれないっすね。とりあえず心臓であるコアをより頑丈な金属製の杖に移して、打撃武器として使えるようにしたっす」
「ありがと、ナナミ!」
「可愛いエミリちゃんの為っすよ」
ナナミは胸を揺らしてサムズアップする。
不意に背後で視線を感じた。
「むー」
そこにはふくれっ面のアマネが。
ナ、ナニモ、ミテマセンヨ。