19話 鍛冶師の願い1
「なんだい、あのクソゴリラやられちまったのかい」
残されたアスファルツが、余裕の笑みを浮かべていた。
がっちり縄に縛られた状態で。
彼女は冷や汗を流し、地面でしゃくとり虫のように這いずって逃げる。
どうやらアマネとエミリにやられたらしく、ロープで縛り上げられ捕まっていた。
「問題なかったみたいだね」
「はい。エミリがタイミング良く動きを封じてくれたので楽に捕まえることができました」
「あんな奴、ちょちょいのちょいなの。エミリが読んだ本では、エッチな服を着ている人は、すぐに負けるって相場が決まっているらしい、なの」
「うん、あとでどんな本かじっくり聞かせてもらおうかな」
普通の恋愛小説かと思っていたけど、どうも違う気がしている。
昨日なんかエミリが「主人公の口癖はクソナメクジ、なの」と言っていたし。
僕は必死で逃げ出そうと這いずっているアスファルツの前に回り込んだ。
「一つ聞きたい、ゴラリオスは死んだのか」
「あいつが死んだ? 冗談、あれは影みたいなものだよ。本物のあいつは魔王様の元から一歩も動いちゃいないのさ」
「影?」
「この縄を解いてくれたら、ベッドでその辺りの説明をしてあげるよ。最高に刺激的な体験を味わわせてあげるからさ」
「遠慮しておくよ」
「そうかい。でもあんた達気に入ったよ。ペットにして可愛がってあげたいねぇ。ま、今回は諦めるしかないみたいだけど」
その口ぶりはゴラリオスとよく似ていた。
まるで今ここにいる自分が別物のような語り。
すぐに彼女も影と呼ばれるものなのだと思い至る。
「本当のアタイらと戦えば、こんな風にはいかないよ。なにせこの身体じゃ、本来の力の半分も出せないからね」
「全力ではなかった、と?」
「手の内は見たさ。次はこうはいかないよ――」
「アキト!?」
アマネが何かを察して声を発するが、その時にはもう遅かった。
淫縄のアスファルツは苦しみ始め、みるみる顔が青白くなって行く。
唇は紫色に変わりチアノーゼが出ていた。
程なくして彼女は呼吸を止める。
口内に毒でも仕込んでいたのか。
数秒後に身体は黒い粒子に変わり、ゴラリオスと同様に形を失う。
やはり彼女も影だったのだ。
厄介な連中に目を付けられてしまった。
僕らはただ新婚旅行をしているだけなのに。
また来られると面倒だな。はぁ。
「二人とも怪我はない?」
「はい」
「パパ、頑張ったから褒めて! すりすりして!」
はいはい、君は甘えん坊だな。
エミリを抱き上げて頬ずりした。
◇
グリンピア――鍛冶で有名な街だ。
歴史は非常に古く、ビルナスが建国される以前からこの街はここに存在していたのだとか。
なぜこの街に鍛冶師が集まるのか。
その理由は、かつて五大名匠の一人メルクリウスがこの街で暮らしていたからだ。
彼は死の間際、弟子達に四つの技術書を探すよう言い残した。
技術書には剣・槍・斧・杖の奥義が記されており、彼が亡くなった後、弟子達は街のあらゆる場所を捜索したという。
しかし、見つかったのは槍と斧のみ。
次第に噂を聞きつけた鍛冶師達がこの街に集まり、さらに技術書が金になると踏んで多くの冒険者達が押し寄せた。
そして、現在に至る。
「もくもく、煙突から雲ができてるなの」
「ふふ、そうね」
「沢山かんかん鳴ってるなの」
「あれは鍛冶師が武器を作成している音だよ」
街の至るところで金属音が響く。
工房が多いせいか、街の中は外よりも気温が二、三度高い気がした。
大通りを進み、とある店に目が留まる。
そこは老舗らしき落ち着いた雰囲気の武具屋。
工房と繋がっているらしく裏側の建物には煙を吐く煙突が確認できる。
反対に通りの向かい側では、人の出入りが激しい武具屋があった。
真新しくお洒落な外観の店で、店の入り口では衣装を着けた女性店員が呼び込みをしている。
鼻の下を伸ばした男性冒険者達は、次々に吸い込まれて行く。
「旦那様は行きませんよね?」
「あ、あはは、行くわけないじゃないか」
「パパの目が向こうに向いてるなの」
「エミリ、欲しい物があるならなんでも買ってあげるからね」
「わーい! 新しい小説が欲しいなの! それからお菓子と――」
アマネがジト目でこちらを見ている。
「この店を見てみようか。ね」
「むぅ」
彼女の手を引いて店へと入る。
「うわっ、ひどい剣」
店主の女性に剣を見せたら呆れられた。
いやまぁ、確かに荒っぽい使い方はしていたけどね。
杖代わりにしたり、床にある服を剣で引き寄せたり、物干し竿代わりにしたり、肩たたきにしたり、極めつきはドラゴン斬ったしさ。
いくらスキルで強化してても壊れる時は壊れる。
「直せるかな?」
「買い換えた方が早いっすよ。たぶん力と装備が釣り合ってないっす。ほら、よく見て、刀身が少し曲がってるっす」
ほんとだ、気が付かなかった。
やっぱりこの剣には無理させてたんだな。
反省。
「このお店、鍋を売ってるなの」
「軽くて使い勝手が良さそうですね。旦那様に相談してみましょうか」
「エミリ、お料理してみたいなの。パパとママに美味しいものを沢山食べてもらいたいなの」
「ふふ、それは楽しみですね」
「頑張るなの! ずっと一緒にいられるように、二人の胃袋を掴むなの!」
もしかするとエミリはああ見えて、拾われたことを気にしているのかもしれない。
そろそろじっくり話をした方が良いかな。これからのこととか。
僕は店主に視線を戻し、会話を続けることにした。
「お勧めの剣とかあるかな。できれば頑丈なのが良いけど」
「予算は」
「えーっと、一千万くらい?」
「ぬへぇ!? こ、これは予想以上の上客!?」
途端に店主の目尻が下がり腰が低くなる。
ちなみに店主はビースト族だ。
部族は虎のようで、赤毛の長い髪の毛をポニーテールにしている。
頭にある虎耳が可愛らしい。
「すぐに良さそうなのを見繕うっす! あ、お茶もお出ししないとっすね! うぎゃ!?」
店主は床に置いていた鎧に足を引っかけ盛大に転ぶ。
その衝撃で棚が倒れ商品が散乱した。
小山となった商品から顔を出した店主は、にへらと笑って奥へと走って行く。
……変な人だな。
◇
結果は全滅。
渡された全ての剣が、一度振っただけでなんらかの不調を起こした。
もちろんスキルで強化すれば使えないこともないけど、僕が欲しいのは強化せずとも使える武器。うっかりスキルを使い忘れた、なんてこともあり得るだけに、ここはできるだけ慎重に選びたいところ。
ただ、肝心の店主が涙目だ。
「申し訳ないっす。自信を持って用意した剣が、まさか力不足だったなんて。どう、お詫びをしたらいいものか。とりあえず脱ぐっすね。ああ、どうして止めるっすか!」
「当たり前です。お詫びでどうして脱ぐことになるのですか」
「こいつ、パパに色目を使おうとしてるなの! 許さないなの!」
アマネが店長を羽交い締めにし、エミリが杖で顔をぐりぐりする。
お茶を啜る僕は、どうこの場を収めたらいいのか頭を悩ませる。
「君は悪くない。たぶん原因は僕だ」
「え?」
「実は僕のクラスは剣皇なんだ」
「剣皇!??」
途端に店主の目が輝いた。
虎耳がピンと立ち、縞々の尻尾が直立して揺れる。
強烈に興味を引いてしまったのか、彼女の目は僕を凝視した。
「あの、ウチは鍛冶師のナナミっす。どうかもう一度だけチャンスをもらえないっすか」
「別に良いけど……この店で一番頑丈な剣もダメだったよね?」
「あの子達は一般的なクラスに向けた武器っす。言うなれば誰でも使えるように、ほどほどに作ってるっすよ。予算も技術も加減しなければ、強力な武器が作れるっす」
「特注ってことか」
武器に詳しくないから明確に説明できないけど、彼女は非常に腕が良い気がするのだ。
実際に作った剣を触ってみたけど、どれもよくできていて手になじむ感じがした。
それにこれもなにかの縁、予算はたっぷりあるし、ここは一つ彼女にお願いしてみるのも悪い話ではない。
「じゃあお願いするよ」
「待って欲しいっす」
ナナミは手で僕の言葉を止めた。
「半額にするから、一緒に幻の技術書を探して欲しいっす」