18話 僕と魔族は刃を交える
王都を出発して一時間。
僕らは草原地帯をゆっくり歩いていた。
ぱたぱたぱた。
獣状態のエミリが僕らの周りを走る。
「ママー、抱っこしてなの。パパー、オヤツ欲しいなの」
「最近運動不足ですし、もう少し自分の足で歩きましょうか」
「オヤツはさっきあげたよね」
「ガーン、なの。青天の霹靂なの」
「「わぁ、難しい言葉よく覚えたね~」」
「馬鹿にするな、なの!」
エミリは可愛いけど、甘やかしてばかりもいられない。
この子をどうするかは棚上げしても、教育だけはきっちりしておかないと。
我が儘放題の子に育ってしまったら取り返しが付かない。
しかし、友達がいないのも問題かな。
年の近い子から色々学べることもあるだろうし。
僕は懐から地図を取り出す。
例の記号が記されたいにしえの地図だ。
壺のような謎の記号はやはり地下空間なのだろうか。
「一番近いのはグリンピアの近くみたいだ」
「鍛冶が盛んな街とお聞きしました」
「うん、そこで装備を新調しようと思う。あと指輪を作ってもらわないと」
「そうでしたね。ふふ」
指輪のデザインなどは、二人である程度決めているので問題ない。
それよりも気になっているのは装備の方だ。
実は少し前から剣にヒビがはいっているのだ。
スキルで強化しているとは言え、結構無茶な使い方をしていたし、元々そんなに質の良いものじゃない上に長く使っていたから仕方がないのかもしれない。
「アキト、止まってください」
「どうしたの」
「怪しい人達がこの先にいます」
アマネの聴覚が何者かを捉えたらしい。
僕はエミリに杖と服を渡し、戦いに備えるように言う。
道なりに進めば、そこには確かに妙な集団がいた。
五人の男達は盗賊だろう。
もう一方の二人組は外套を羽織り、フードを深くかぶっている。
一人はやけに体格が良い。もう一人は女性なのか、胸の辺りに膨らみがあった。
「だから、その女と荷物を置いて失せろって言ってんだよ」
「聞けぬ。それよりもこの辺りで強き者を知らぬか」
「うぜぇ、こいつらみんな殺していいか?」
「よさぬかアスファルツ。自分は無益な殺生は好まん」
「無視すんな! もういい、こいつらやっちまえ!」
盗賊の一人が大きい方へ斬りかかる。
だが、僕は即座に反応し、その盗賊の剣を剣で切断。
アマネも瞬時に三人を倒して見せた。
「ぎょへぇぇ!?」
「お仕置きなの! ビリビリの刑なの!」
最後の一人はエミリが魔法で倒したらしく、気絶しない程度の電撃を何度も放っている。
盗賊を気絶させた僕らは、二人組へと顔を向けた。
「怪我はないかな」
「ない。貴様達はずいぶんの強者のようだな」
「よくいる普通の冒険者だよ」
「そうなのか?」
「そうそう」
大きい方がフードをとる。
紅い目をした巨躯の男だった。
背中には使い込まれた大剣を背負い威圧感がある。
「自分はゴラリオス。ひとまず礼を言う」
「いいよ、もしかしたら余計だったかもしれないし」
もう一人がフードをとった。
「アタイはアスファルツだ。へー、ヒューマンにもできる奴がいるんだねぇ。てっきり雑魚しかいないとか思ってたけど、ふーん、美味そうじゃん」
「あはは……」
アスファルツは妖艶な女性だった。
ミディアムショートの紫色の髪は、癖なのか毛先がうねっていた。
何より目をひくのは、外套の隙間から見えるきわどい服装。
思わずその大きな胸に目を奪われる。
「アキト、だめです」
「え? え、え?」
アマネが僕の腕を掴んで引き離す。
よく見れば焦っているような表情だ。
小声で「アキトは渡しません」と呟いていた。
「あはははっ、可愛いじゃん! 男をとられるとでも思ったのかね!」
「純な者をからかうでない。まったく貴様ときたら」
「まーた説教か、ゴラリオス。これだから頭の固い童貞は」
「黙れ。童貞は力、貴様のような誰とでも寝るようなあばずれとは、意思の強さが違うのだ。目に余るようなら我が呪いで毛根を封じるぞ」
「上等じゃん。アタイの呪い、受けてみるかクソゴリラ」
なんだか喧嘩が始まりそうな雰囲気だ。
アマネに目配せして、ここは退散することにした。
「エミリ、もう行くよ」
「うん」
エミリは黒焦げになった盗賊の男を枝でつんつんしていた。
なんとなくあの二人には関わらない方が良さそうだ。
足早に僕らはその場を後にしようとする。
ズッ、シン。
目の前でゴラリオスが着地した。
「そう急いで逃げるな」
「ちょっとくらい遊ぼうじゃん。ね」
すぐ後ろにはアスファルツ。
僕らは挟み込まれていた。
なんて足の速さ。とてもヒューマンとは思えない。
「改めて自己紹介しよう。自分は四天王が一人、灼熱のゴラリオス」
「アタイは四天王が一人、淫縄のアスファルツ」
「まさか魔族!?」
僕らは武器を抜いて構える。
なぜこんなところに魔族が、しかも四天王って魔王に次ぐ実力者じゃないか。
「ちょうど満足できそうな相手を探していたのだ。少し前に戦った奴らでは不完全燃焼だったのでな」
「アタイはペットが欲しいだけだから、強さとかどっちでもいいんだけどね。でもさ、やっぱ調教し甲斐のある奴を手に入れたいじゃん。可愛い顔しててさ、良い声で鳴く豚がさぁ」
アスファルツは鞭を取り出し、地面を鋭く叩く。
ゴラリオスも大剣を背中から抜いた。
こうなったらやるしかないか。
「僕が大きい方を倒す、君は向こうを相手して欲しい。それと逃げられそうだったらエミリを連れて離脱してくれ」
彼女はこくりと頷く。
逆にエミリは「パパとママを守るなの、悪い奴は消し炭にしていいって本に書いてあったのなの」なんてやる気満々。
おかしいな、恋愛を主とした小説作品を買ってあげたと思うのだけれど。
「参る」
直後、僕とゴラリオスの剣が衝突する。
強烈な打ち込みを受け止めた僕の足は、僅かだが地面に沈んだ。
「ほぉ、我が剣を止めてみせるか。やはり並々ならぬ実力者、あの者達とは格が違うようだ。血肉沸き立つ、存外の興奮だ」
「一人で盛り上がってるところ悪いけど、こっちは君達と戦うつもりはないんだ。大人しく国へ帰ってくれないかな」
「それはできんな。先ほども言ったが、自分は満足できる戦いを求めてここにいる。もし貴様が戦いを放棄するというのなら、代わりに千の人間を殺す」
「どうしても退かないつもりか」
剣と剣が鬩ぎ合う。
さすがは魔族の幹部、力は人外のレベルだ。
僕でなければ、最初の一撃で剣ごと真っ二つだっただろう。
ピキ、剣から嫌な音がする。
「じっくり楽しもうではないか」
「僕は君ほど戦闘狂じゃないからお断りするよ」
「っつ!?」
ゴラリオスの剣を押し込む。
力によほど自信があったのだろう、僕が上回ったことに驚きを隠せない様子。
「ヒューマンの身でありながら、魔族よりも勝っているだと……?」
「驚くようなことかな。種族的な基礎能力の差はどうしようもないけど、それ以外で埋めてしまえばヒューマンであろうと魔族と対等以上に渡り合える」
「スキル――いや、クラスか」
一瞬の隙を逃さなかった僕は、込めていた力を一気に緩めて大剣の刃に剣を滑らせた。
宙にゴラリオスの頭部が飛んだ。
ぼとっ、地面をバウンドして僕の足下で転がる。
「無意識に侮っていたようだ。それでもこの灼熱のゴラリオスが負けるとはな」
「ひぇ!? しゃべった!??」
頭部の状態で言葉を発する相手に戦いてしまう。
魔族の身体ってどうなってるの?
気味が悪いんだけど。
「実に気に入った。名を聞いておこう」
「蜜月組のアキトだけど」
「我が魂に刻みつけよう。次に会う時が楽しみだ」
ゴラリオスの身体が足下から黒い粒子になって消えて行く。
頭部もさらさらと砂が崩れるように風に流されていた。
彼はにやりと笑みを浮かべ、完全にいなくなってしまった。
なんだこれ、僕は何と戦っていたんだ。
「なんだい、あのクソゴリラやられちまったのかい」
残されたアスファルツが、余裕の笑みを浮かべる。
がっちり縄に縛られた状態で。
彼女は冷や汗を流し、地面でしゃくとり虫のように這いずって逃げていた。