17話 僕とアマネのデート
本日はアマネとデート。
エミリは宿で本を読んでいる。
あの子を一人残すのは少し心配ではあったが、宿に見守りを頼んだら快く引き受けてくれた。
一番高い部屋を連泊しているだけあって、色々サービスしてくれるのは非常にありがたい。
まだ新婚なだけに、二人だけの時間がもっともっと欲しい。
「今日はどこを巡りましょうか」
「その前に、その、手をさ」
僕の言葉にアマネが、ピクンとうさ耳を立てて立ち止まる。
見れば顔が真っ赤だ。
「アキトから……はうっ」
彼女は恥ずかしそうに顔を両手で隠す。
そっと左手でアマネの右手を掴むと、彼女は「はわわわ」なんて言ってもっと顔を赤くした。耳まで真っ赤だ。
手を繋ぐくらいなら、頻繁にしていると思うけど。
あ、そうか。
僕から声をかけたのはこれが初めてかもしれない。
最近はなんとなく雰囲気で繋いだりしてたし。
「あのさ、今日は――」
「ひゃわわ」
「アマネ?」
「はひっ!?」
彼女の顔から眼帯が落ちた。
どうやら締めが緩んでいたらしい。
蒼い双眸が露わとなり、美しい顔がさらけ出されてしまった。
街を歩いていた人々は時が停止したように立ち止まり、アマネの美貌に視線が集まり固定されていた。
慌てて眼帯を拾った彼女は「あ」っと漏らす。
「留め具が壊れています。どうしましょうか」
「どこかで直してもらうしかなさそうだ」
アマネなら自分で直せるだろうけど、荷物は宿に置いてきていて裁縫道具なんてものはない。
せっかくのデートを中断するわけにもいかないし。
ここはどこかの店で直しをお願いするべきかな。
「しばらく眼帯を付けられないけど、大丈夫?」
「長時間でなければ……あまり離れないでください。寂しいです」
彼女は潤んだ目で僕の腕にしがみつく。
眼帯がない彼女は恥ずかしがり屋で甘えん坊で、めちゃくちゃ寂しがり屋だ。
普段とのギャップが激しすぎて、思わず夜の甘々モードに切り替わりそうだった。
早めに眼帯を直さないと、むしろ僕が耐えられないかもしれない。
気が付けば周囲でがざわざわしている。
「信じられない美人だ」
「なんて素敵な方。あんなにも触れがたい同性を見たのは初めて」
「ちくしょう、どうして俺の隣にはあの子がいないんだ」
「自慢か。自慢なのか。ふざけやがって。羨ましいぞ、くそっ」
なんだか無駄にやっかみを買っている気がする。
ひとまずここを離れよう。
「きゃ!?」
僕はアマネをお姫様抱っこして、その場から走って逃げた。
「これで少しは顔を見られなくて済むね」
「アキトが私に、はうぅ」
アマネがかぶっているのは麦わら帽子。
その上からうさ耳がぴょこんと出ていた。
適当な店で買ったけど意外にしっかり作られている。
アマネは深くかぶって顔を隠していた。
「あの、アマネ……」
「離れないでくださいね。寂しくて死んじゃいます」
「そんなことないと思うけど」
「死ぬんです」
「はい」
左腕にしがみついて歩くアマネは可愛い。
しかも普段とは違い、今の彼女は周囲の動きに敏感でいちいちビクビクしている。
こういうのを考えるのは良くないかもしれないけど、この状態のアマネをもうしばらく見ていたい。
もちろん普段の彼女も可愛い。
けど、たまには裸眼状態のアマネとデートもしたいんだ。
「突然のことでしたが、たまにはこうして外の世界を直接見るのもいいものですね」
「前から気になってたけど普段はどんな風に見えているの?」
「私の特殊スキル心眼は、目を閉じていても周囲のものを把握できる優れた能力です。ですが一つ欠点があって、心眼で見る景色は白黒なのです」
暗闇でも見えるから便利だなとか思ってたけど、やっぱり完璧ではないのか。
心眼自体は割と有名な特殊スキルだ。
盲目の人に発現することが多く、種族や性別などは関係なく誰でも得ることができる。
ただ、発現条件が何年も目が見えない状態を維持させる、ということもあって得られる人は一握りだそうだ。
「アキト、どうして皆さん私の顔を見ようとするのでしょうか」
「アマネが綺麗で可愛いからだよ」
「…………」
「?」
急に彼女が黙り込むので、不思議になって下からのぞき込んだ。
アマネは目を潤ませ、今にも泣きそうな顔だ。
おまけに顔も朱に染まり、白い首までピンク色になっている。
「へ、変なことを言ったかな」
「違います、アキトが私を可愛いって、それが嬉しくて、ふにゅう」
よし、ずっと眼帯を外しておこう。
僕の中にいる、黒き狼がそうするべきだと声高々に叫んでいる。
そこへ白い狼が「それはよくないよ」と現れた。
黒き狼と白き狼がにらみ合う。一触即発の状態だ。
「私、すごく幸せです」
アマネの満面の笑みに、僕の中の二匹の獣は戦意喪失した。
可愛いは争いさえ止める。
全てがどうでも良くなるのだ。
「僕も幸せだよ」
「うふふ」
互いににっこり笑顔を交わす。
こうして街をぶらつくだけでも最高に楽しい。
おっと、ぼーっとしていて今日の予定を忘れるところだった。
僕はとある場所へと彼女を連れて行く。
「ずいぶんと多くの方がいますね」
「ここは観光名所だからね」
僕らが来たのは王都の中心部付近にある塔だ。
王都で一番高い建物となっていて、最上階から見る景色は最高の眺めだ。
ただ、僕の目的とするものは塔ではなく、その裏手にあるもの。
塔の裏に回り込めば、そこでも大勢の人が集まっていた。
キィン。
甲高い金属音が響き渡り、見守る人々から拍手が贈られる。
その中心には、傷だらけの大きな金属の球と剣を持つ男がいた。
男は金属球にできた傷を近くにいる女性に見せる。
女性はその傷の深さに、笑顔で応えていた。
「あれは何をしているのですか?」
「絆の試練だよ。何を始まりとしてそんな話になったのかは分からないけど、あの球を割った恋人は永遠の愛を成就できるって噂だ」
「そんなものが王都に。素敵ですね。ちなみにこれまで割った方は?」
「ここ百五十年はいないらしいよ。僕の知る限りでも三人しかいないって話だし」
割ったのはいずれも歴史に名を残す英雄。
三人が永遠の愛を成就できたのかは不明だけど、こういうのは気持ちが大事で結果なんてどうでもいい。恋人同士の気持ちが盛り上がれば成功……そう『王都のデートスポット』って本に書いてあった。
僕が考える以上にデートとは奥が深いようだ。
十分ほど待って僕らの順番がくる。
周囲では観光客で埋め尽くされていた。
塔を登った後にここへ来るのは定番の流れ、だそうだ。
僕にはよく分からないけど、挑戦するカップル達を眺めるのは楽しいようだ。
「沢山の方に囲まれて恥ずかしいです。ふにゅう」
「ごめんね。すぐに終わらせるから」
「ま、待ってください。でしたら私も」
剣を抜いた僕に続き、アマネも槍を抜く。
普通は男性だけの挑戦なので、女性の挑戦に周囲がざわついた。
「いくよ」
「はい」
+99まで強化した剣で金属球を一刀両断。
間髪入れずアマネが交差するようにさらに球を切断した。
辺りに異様な静けさが横たわる。
僕とアマネは武器を納め、互いに微笑んだ。
わぁぁああああああっ!!
直後、すさまじい声量が空気を震わせる。
まるで爆発したかのようだった。
観光客達は「伝説を見た!」とか「同時に二人なんて史上初!」などと興奮状態。
「ごめん」
「きゃ」
アマネを抱き上げ、僕はその場から高く跳躍。
建物の屋根に着地してそのまま逃げる。
「しばらくこのままでもいいかもしれません」
「え、ずっと走らされるの」
僕の首に腕を回し、うさ耳を垂れ下げる奥さんはご機嫌。
明日には王都を出るけど、新婚らしい良い思い出ができたのかな。