16話 王都観光に勤しむ僕ら
早朝、僕は布に包んだS級遺物と手紙を持って走る。
街は朝日に照らされ人気もない。
宮殿の正門に到着すると、僕は入り口を守る二人の兵士に一礼した。
「冒険者のようだが、宮殿に何用だ」
「これを陛下に渡してくれるかな」
「なんだこれは?」
「S級遺物だよ」
「おいおい、新手の冗談か」
「モンテール侯から手紙を預かってるんだ。たぶん証明になると思う」
門番は驚いたように互いに顔を見た。
遺跡の街を治める彼の名が出れば、彼らも看過できない。
一人が僕から手紙を受け取り、封蝋を確認する。
「確かにモンテール侯爵のもののようだ。よろしい、すぐに陛下との謁見を――」
「あ、それはいいよ。陛下とは会うつもりはないから。とにかくこの遺物を献上してくれればいいから」
「いやしかし、売れば億万長者だぞ。それを国に無償で差し出すとは正気か」
二人の兵士は困惑する。
みすみす大金を手放そうとしているのだ。
しかも陛下との謁見できるチャンスまで捨てている。
「では、せめて名前と所属だけでも」
「それもいいや」
「「はぁぁぁ!?」」
「とにかく陛下に渡して」
もう一人の兵士に遺物を渡す。
「じゃ」
「君、待ってくれ!」
僕は門番の制止を無視してその場を後にする。
◇
「あむっ、おいひいはの」
「手がベタベタじゃないか。口の周りも」
「ははほ、はへふ?」
「僕はいらないよ。ほら、拭いてあげるから」
エミリの口の周りに付いた串肉のタレをハンカチで拭く。
彼女のはねっ毛がぴょこんと動いた。
普通の髪の毛、だと思うけど妙に気になる毛。
毛は生き物のようにぴょこぴょこ動き、つい意識がそっちにいってしまう。
風もないのになぜ揺れているのだろう。
そう思って手を伸ばせば、毛はすいっと避けてしまう。
三回試したが掴むことはなかった。
なんだろう、この毛。
「こちらの買い物は終わりましたよ」
「あ、アマネ」
アマネが袋を抱えて戻ってくる。
僕らがいるのは市場だ。
多くの人が行き交い、店には山ほどの食材があった。
中には見たこともない野菜や果物があり、さすが国の中心地だと感心する。
おかげでアマネの購買意欲が刺激されている。
「アキト、あの食材はなんですか」
「あれは貝だよ」
「どうやって食べるのですか?」
「茹でたり焼いたり、かな。コリコリしてて美味しいよ」
「あっちは?」
「乾燥させた魚だね。炙ると美味しいんだよ」
「ふむふむ」
アマネの耳がぴこぴこ動く。
夕食をどのようにするか悩んでいるようだ。
まだ下から持ってきた白米があったはず、干物なら炊きたてのご飯と合いそうな気がする。
あとナホさんの漬け物もまだ残ってたかな。
「アキトはどちらが良いですか」
「今日は干物を食べたい気分かな」
「そうですね。あの魚、下の川では見なかったサイズですし、非常に興味があります」
「海の魚だからね」
「海!? あのお魚は海で獲れたのですか!?」
アマネはぱぁぁ、と嬉しそうにする。
地下空間において海はもはや伝説のような扱いだ。どこかにあるのは知っているけど誰も見たことがない、超巨大な水たまりである。
以前、海水はしょっぱいとテオ君に言ったことがあるのだけれど、彼は「そんな場所があったら塩が取り放題じゃん」なんてお腹を抱えて笑っていた。
彼に本物の海を見せたらどんな顔をするのだろう。
「パパ~!」
「あれ、エミリは?」
「向こうから声がしますが」
「また勝手に」
エミリがいつの間にか姿を消していた。
子供だし落ち着きがないのは仕方ないのだけれど、せめて一声掛けてから離れてもらいたい。
彼女は市場の近くにある本屋の前にいた。
「パパ、ご本買って!」
「文字読めるの?」
「うん!」
せっかく本に興味を持ったんだ。買ってあげるべきだろう。
それに僕達では教えられない常識も、本を読むことで学んでくれるかもしれない。
「あの、私も買ってもいいでしょうか」
「もちろん。じゃあ一人二冊までってことで買おうか」
「パパ、ありがとうなの!」
「アキトが旦那様で良かった」
エミリはすぐに本屋へ駆け込み、アマネは僕に深くお辞儀をしてからエミリを追いかけた。
遅れて僕も本屋へと入る。
独特の匂いがして不思議と落ち着く。
パーラでは古代文字に関する本を買ったけど、今回はどんな本を買おうか。
ちなみに古代文字は未だに勉強中だ。
そろそろ力押し一辺倒をどうにかしたいかな。
できれば技を学びたいところ。
そこでとある本が目に入る。
『クルナグル流基礎剣術その1』
クルナグル家は剣術の名家と呼ばれており、非常に名が知られている。
剣聖として名を連ねる者達の三割がこのクルナグル名を冠しているか、教えを受けた門下生だというのだ。
おまけに剣で名を上げた者の多くがクルナグル剣術を身につけていて、あのジュリエッタもこのクルナグル剣術を学んでいる。
まぁ、たまたま生まれ育った村に、クルナグル剣術の使い手がいたからなんだけどね。
実は僕もその人から剣を教わったのだが、ジュリエッタとはセンスが違い過ぎて初歩の初歩しか教えてもらえなかった。
一応、後からジュリエッタに教わりはしたけど、彼女の説明は感覚的でどうもよく分からなかったのだ。それに結局センスがなさすぎて真似する事もできなかったし。
今なら、身につけられるかもしれない。
それから僕は『ビースト族の愛で方』なんて本を手に取った。
これはエミリの為に買う本だ。
決してアマネのどこを触れば喜ぶとか知る目的の本じゃない。
でも……念の為に確認だけしておこう。
うん、兎部族についても書いてある。
その後、二人と合流。
エミリは恋愛ものの小説を二冊買い、アマネは料理本と食材について書かれた本を購入した。
◆
「なんだと!? S級遺物を献上!!?」
「はっ、鑑定の結果間違いないかと」
俺達の上官が陛下に恭しく返答する。
その前には神々しい斧が置かれていた。
騒然とする謁見の間。
同席する俺と相棒は、緊張でカチコチになっていた。
今朝はいつものように宮殿の門を守っていた。
何事もなければ、今頃帰宅してベッドで熟睡していたのだ。
そう、あの青年が突然現れなければ。
青年は手紙と遺物を置いて名乗ることもなく去ってしまった。
その後、俺と相棒はひとまず上官に報告し、なぜ強引にも引き留めなかったのだと怒られることに。
いやだって、あいつ引き留める前に消えてたし。
あれを止めろとか無理だって。
めちゃくちゃ足速いし。文句を言うならあんたが止めてくれれば良かったんだ、と思ったが上官なのでぐっとこらえた。
で、上官は斧を鑑定後、俺達を連れて謁見の間に訪れたというわけだ。
「なぜその者を引き留めなかった。S級遺物の発見がいかなる功績であるか、知らぬ訳ではあるまい。ましてや献上ともなれば、余が自らその者に礼を言うわねばならぬ」
「陛下の申されることは重々承知しております。ですがその者は匿名を希望しており、接した兵に名を明かすことなく去ってしまったのです」
上官が俺達を庇ってくれている。
俺と相棒は目を合わせ『あの人に一生付いて行こうぜ』と無言の言葉を交わした。
陛下は顔をしかめ、髭を撫でる。
近くにいた宰相が陛下に声をかけた。
「陛下、その者はモンテール侯の手紙を残しております。もしかしたら素性が記されているやもしれませぬ」
「そうか、モンテールは直接会っているのだな」
封筒を受け取った陛下は、数枚の便箋を取り出し目を落とす。
「ふむ、冒険者の持ち込む遺物を買い取ってもらいたいと書かれておる。名前は……蜜月組。聞いたことがないの」
「買い取りを希望していたにもかかわらず、なぜ献上する気になったのか」
「宰相よ、そこは問題ではない。この者達がS級遺物を無償で国へ納めた事実が重要だ。余は国主として大義に応えねばならぬ」
陛下が「その場にいた者を呼べ」と上官に命令する。
とうとう出番だ。
俺と相棒は上官に呼ばれ陛下の前に出る。
「其方達が遺物を受け取ったのだな?」
「はっ、はい!」
「その者はどのような人物だった」
「まだ若く、身のこなしから並の者ではないかと」
「ほぉ、実力があると」
「そこまでは。ですが、我々に引き留める間を与えず、尚且つ目にも留まらぬ速さで消えたことは驚嘆すべきです」
俺も相棒もそれなりにできる。
だからこそ門番を任されているのだ。
「よかろう、其方らの言い分はよく分かった。ただ者ではなかった故に引き留められなかったというわけか」
「恐れながら申し上げますと、その通りです」
「宰相」
「はっ」
「蜜月組とやらを探せ。まだ王都にいるやもしれん」
「承知いたしました」
ようやく解放された俺と相棒は、胸をなで下ろした。
ふぅ、マジでクビになるかと思った。