15話 僕達は王都へ
お待たせいたしました。連載再開です。
15話はそれほど以前と変わりありませんが、次話より流れが変わります。
僕達は森の小道を進む。
鳥のさえずりが心地良くついつい足を止めてしまう。
「パパ、ママ、早く来るなの!」
「あんまり急ぐと危ないよ」
「迷子になっても知りませんからね」
「大丈夫なの、エミリの鼻はとってもよく利くなの。どこにいてもパパとママの匂いを見つけるなの――ふぎゃ」
エミリは小石につまずいて転ぶ。
ほら、やっぱりなにかあった。
足下を見ないで走るからだ。
「すりむいてない?」
「怪我はないけど、口の中砂だらけなの」
「ふふ、気をつけてね」
「はふぅ、ママのなでなで好きなの」
エミリは目を細めて嬉しそうにする。
アマネもエミリが可愛くて仕方ないようで、二人きりになるといつもエミリの話ばかり。
ま、そう言う僕もエミリのことしか話してないのだが。
気が付けば本当の娘のように、僕らの間にすっぽり収まっていた。
安心して暮らせる家族と家を探してあげるつもりだったけど、だんだんそんな気も失せてきている。
これがいいのか悪いのかはまだ分からない。
「アキト、王都まではあとどのくらいですか?」
「歩いて数時間、ってところか。もう目と鼻の先だよ」
「手紙もちゃんとありますよね」
「ここに。侯爵がわざわざ用意してくれたんだ。なくしたりしないさ」
僕は胸の辺りを叩く。
モンテール侯から預かった手紙は、王都にある王宮に入る為の許可証のようなものだ。
以前は剣聖であるジュリエッタがいたことで、すんなり入ることができたが、今となっては顔パスは無理だろう。
とにかく、陛下にお会いしてS級遺物を買い取ってもらうのだ。
それともう一つ、王都ではやるべきことがある。
僕はポケットから例の地図を取り出した。
地図には壺のような記号が十個記されている。
もしこれが想像通りなら、この世界にはまだ未知の地下空間が九個存在することになる。
奈落を記した地図かどうかは、直接確かめるのが一番だろう。
とは言え一番近いところでもかなり離れた位置にある、真偽について考えるのはもう少し後になりそうだ。
それはそうとまずは王都で観光しないと。
お金もあるし、都で贅沢な思い出も作っておきたいな。
この旅は新婚旅行でもある、全力でアマネと楽しまないとさ。
「アキト」
「うん」
周囲の森から木々の倒れる音がする。
僅かに地面が揺れ、重量のある生き物が走っているのが感じ取れた。
「まだ追ってくる、どうにかできないのか!」
「我らだけでは難しいかと、どうか貴方様だけでもお逃げください」
「それはならん! 忠義に厚いお前達をどうして置いて行けようか! こうなったのも自らが招いたこと、堂々と戦い誉れある死を選ぶ!」
道に飛び出してきた三人が、ひしっと抱き合う。
一人は装飾の施された格の高い防具を身につけており貴族のように見える。
他の二人は護衛役の騎士かなにかだろう。
雰囲気から何かに追われているのは確実。
「アバァァ!」
「来た!」
遅れて出てきたのは、大型の魔物トロールだ。
身長はおよそ五メートル。
右手には馬鹿でかい棍棒が握られていた。
まだこちらには気が付いていないようで、薄汚れた背中を向けている。
僕はアマネに目配せし、無言の指示を出す。
アマネにはエミリを守ってもらうつもりだ。
あいつの始末は僕がする。
彼らを見捨てるわけにもいかないしね。
「トロール君。まずはこっちを相手してよ」
「アババ?」
「こっちだよ。ほら、おいで」
「アバ!」
僕達を見てトロールは満面の笑みになる。
餌が増えた、とでも思ったのだろう。
自分が狩る側だと疑いを持っていない様子だ。
実際はその逆だとも知らず。
「そこの者、早く逃げるのだ! こいつは見た目に似合わず動きが素早い! ここは我らに任せよ!」
「大丈夫、すぐに終わるから待ってて」
「なっ」
彼らの言う通り、トロールは意外に素早い。
さらに皮膚も硬い為に刃が通りにくく、図体を生かした上からの攻撃を得意としている。
以前の僕なら、確実に避けて通る相手だっただろう。
「アバァ!」
棍棒を振り上げ、僕を叩き潰そうとする。
大きく真上に振り上げた棒が、まっすぐ頭上へと落ちてきた。
ずんっ。
それを難なく片手で止める。
衝撃によって足が僅かに地面に沈んだ。
「アバァ!?」
「すぐに逃げれば良かったのに」
トロールは必死に棍棒を振り上げようとするが、ぴくりとも動かない。
当然。僕が掴んでいるのだから。
五指が棍棒にめり込み、めきめきと鳴る。
「馬鹿な、あの一撃を片手で止めただとっ!?」
「おおおっ、もしや上位クラス!?」
「彼は我々を救ってくれるようです!」
抱き合う三人が何やら騒いでいる。
できれば早くこの場から逃げてもらいたいのだけれど。
一方、トロールは未だに棍棒を振り上げようと、顔を真っ赤にしていた。
もういいかな。
片付けさせてもらう。
そのまま勢いよく棍棒ごとトロールを持ち上げる。
そして、おもいっきりぶん投げた。
トロールは木々をへし折りながら森を横断。
二百メートルほど離れたところにある岩山にぶつかった。
ず、しん。
衝撃が森を揺らした。
一斉に鳥が飛び立ち、周囲が騒がしくなった。
「怪我はないかい」
「「「…………」」」
三人は怯えた眼で僕を見ていた。
助けたのにそんな顔をされると少し悲しい。
「あの」
「「「ひぃいいいいっ!!」」
え。
三人は全力でこの場から逃げ出した。
そんなに僕が怖かったのかな。
でもまぁ、仕方ないのかもしれないね。
今の僕は普通の人からすると化け物とそんなに変らないし。
「お疲れ様です」
「うん」
「あいつら失礼、なの! パパが助けたのに!」
「もういいよ」
エミリを抱き上げて、アマネと手を繋ぐ。
二人が頬を擦り付けてきたので、僕は十分に満たされていた。
◇
王都に到着した僕らは、高級宿のスィートルームをとった。
安宿しか知らなかった僕には、何もかもが驚きの連続である。
部屋に台所が付いてて、遺物である冷蔵庫もあって、ベッドはふかふかだし眺めは最高。
おまけに三人分の寝室があって、ソファのあるリビングまで備えられている。
「きゃはははっ、ぼよーん! ぼよんぼよん!」
「コーヒーを淹れますね」
「うん、ありがとう」
アマネが台所へと行き、コーヒーを作ってくれる。
すぐ隣の部屋ではエミリが高級ベッドの上で飛び跳ねていた。
ドアが全開なので何をしているのか丸見えだ。
……あとで僕も飛び跳ねてみようか。
「はい、どうぞ」
テーブルにコーヒーが置かれ、僕は口を付ける。
淹れ立てで熱々だ。
でも程よく苦くて美味しい。
「それでこれからどうしますか」
「先にこの手紙を届けるよ。観光はその後かな」
「あの武器、一体いくらぐらいになるのでしょうか」
「さぁ、僕にも想像できない」
「もし沢山いただいたらどうしますか」
うーん、使い道までは考えてなかったなぁ。
それにもし数十億とかになったら、持ちきれないかもしれない。
ああ、しまったなぁ。
売ることばかり考えてて、手に入れたらどうなるか想像できてなかった。
でも、手紙を書いてもらってるし、国宝級のS級遺物をずっと持ち歩くのもどうかと思う。
「アマネはお金欲しい?」
「私はアキトさえいてくれれば、なくても全然構いませんよ。旅の資金もレッドドラゴンを狩ったことである程度ありますし」
「じゃあさ、S級遺物を国にタダであげるのはどうかな」
「タダですか?」
「正確には献上かな」
アマネはにっこりと微笑み「ふふ、タダであげちゃいましょう」と言った。