14話 剣聖と竜騎士の落ちて行く日々3
爆発音が響き、土が高く柱のように舞い上がる。
俺は魔族の兵を槍で串刺しにした。
近くではジュリエッタが剣で敵を切り伏せ、アイラが血の付いた拳を振るい続けていた。
「エマ、まだ構築できねぇのか!」
「完成したわよ! ホーミングレイ!」
賢者であるエマから、無数の光が放たれた。
閃光は曲線を描き、敵だけに命中する。
さすが賢者、魔法構築のタイムロスさえなければクソ強ぇな。
「ふぅ、第一波は片づいたか」
「無事だったようだな」
「ちっ、生きてたのか」
ドルリジアの英雄共も、ほぼ無傷で切り抜けていた。
リーダーのクリスって野郎はいけ好かねぇ。
鎧に敵の血すら付いていないときてやがる。
余裕ぶりやがって。
てめぇが強いのは、そのS級遺物のおかげだろうが。
「ふっ」
「ぎゃっ!?」
クリスが鞭のような蛇腹の剣を振るうと、矢を構えていた魔族の兵士の首が飛んだ。
聖蛇剣ジャリューナス。
広範囲の中距離を攻撃範囲とする、扱いの難しい遺物だ。
クラスこそ剣聖の一歩手前の剣王だが、実力は間違いなくジュリエッタよりも上だ。
それに奴の連れている二人の仲間も、俺達よりもつえぇ。
死ぬほど悔しいが、奴らは格上だ。
世界は広いってことなんだろうな、クソムカつくぜ。
おかげでどさくさにぶっ殺すこともできねぇ。
「一つ気になっていたのだけれど、どうして神殿にあるオーブをさっさと持ち出さないのかしら。魔族の手が届かない場所へ避難させれば、こんな戦いしなくて済むと思うけれど」
クリスはエマの指摘に首を横に振る。
「神殿の内部は何重にも結界が張られ、簡単にはオーブに近づくことができない。持ち出せるのは上位のクラスを有した清らかな者だけだ」
「なにその清らかな、なんとかって」
「端的に言えば、童貞か処女かどうかだ」
そこでピンときた。
ようするに自ら童貞だと宣言する奴に、オーブを手に入れる資格があると。
「け、剣聖殿なら、入れるのでは?」
「私は……無理です」
「他のお三方も?」
「はい」
つーことは誰も持ち出せねぇってことかよ。
しかし、クリスの野郎やけに目が泳いでやがる。
妙にそわそわしてやがるし。
まさか、こいつ。
「よし、ここには童貞も処女もいないと。ならば引き続き守るしかないな」
「待て。てめぇ、童貞じゃないのか」
「ば、ばばば、馬鹿を言うな。わたしは、童貞ちゃうわい」
挙動不審に焦り出すクリスに、仲間の二人は溜め息を吐く。
ずんっ。
突然、男が落下してきた。
分厚い大剣を右手に持つ、巨躯を誇る男。
鋭い牙を見せて笑い、紅い眼を愉悦に染める。
風になびかせるのは紅いマント。
灼熱のゴラリオス。
その顔を見て、俺は歓喜に震えた。
「自分は四天王が一人、灼熱のゴラリオス。問答無用で押し通る。命惜しくば尻尾を巻いて逃げるがいい」
やっとお出ましか。
てめぇを待ってたんだよ。
さっさとぶっ殺して、頭の呪い解かせてもらうぜ。
「お前らは出るな。俺様だけでいい」
「いや、全員で戦うべきだ。君は奴のプレッシャーが分からないのか」
「だせぇ、怖じ気づいてんのか。指くわえて見てろよ、すぐにこの俺が片付けてやる」
「ライ、頑張って。貴方は無敵の竜騎士よ」
「おう」
その通り、俺は最強の竜騎士。
まだ使役するドラゴンは手に入れちゃいないが、いずれクソ強ぇ奴を手に入れて、大空を舞ってやる。
「久しぶりだな、ゴラリオス! すぐにぶっ殺してやんよ!」
「くははは、その顔見覚えがあるぞ。ビルナスにいた、虫けら共だな。性懲りもなくこのゴラリオスの前に立つか、よかろう一対一で相手してやる」
弾丸のように飛び出し、槍を胸めがけて突き込む。
ぎゃぉおん。
甲高い金属音が響く。
大剣によって矛先が弾かれた。
ちっ、けどこの程度は予想済み。
俺の力は接触してから始まるんだよ。
「ぬぐっ? 力が抜ける?」
「俺のエナジードレインの味はどうだ」
「なるほど、吸収系のスキルを有していたか」
エナジードレインは接触すればするほど生命力を奪う。
さらに俺には、強力なカードがある。
スキル脚力強化。
Lv30の脚力強化は速すぎて凡人には見えない。
この速度に付いてこられる奴なんてこの世にいねぇ。
「死ねっ!」
奴の脳天めがけて槍を突く。
がしっ。
寸前のところで槍が掴まれた。
「これで本気なのか?」
「嘘だろ!? 俺の速度を見えるはずない!」
「一つ大切なことを教えてやろう」
「うぎっ!?」
みしり、奴の膝蹴りが鳩尾にめり込む。
「ヒューマンと魔族の決定的な違い、それは基礎能力だ」
「うぎゃぁぁあああっ!?」
倒れたところで右腕を踏みつけられる。
骨の砕ける音が聞こえた。
「同じクラスなら基礎能力の高い魔族が勝るのは明白。だからこそ、貴様らは知識、技術、精神で対抗するのだろう。なんだこのお粗末な力は、我ら魔族を愚弄しているのか」
「あ、ああ……」
奴の、冷たい眼が俺を見下ろす。
やめろ、やめてくれ。
俺はまだ死にたくない。
「だが、今回は少し楽しめた。もう少し生かしておいてやろう。故に、さらなる呪いを貴様に与える」
奴は大剣を地面に刺し、しゃがんで俺のズボンを引き脱がした。
そして、あそこの毛を掴む。
「我が呪い、受けるがいい」
まさか、やめろ、やめてくれ。
ぶち、ぶちぶちぶち。
「ひぎゃぁぁあああああああっ!!」
「ははははっ、泣いて叫べ! 貴様は生き恥をさらし続けるのだ!」
毛が、俺の毛が!!!
激痛とショックで股間が濡れる。
「見よ、これが貴様の剛毛だ。ぶふっ、なんと無様な姿か」
「ちくしょう……ちくしょう……」
奴はこれみよがしに、ふぁさぁと毛を風にのせて捨てる。
返してくれ。
俺の、男の誇りを。
「さて、余興は終わりだ。オーブはいただく」
ゴラリオスはジュリエッタ達を蹴散らして見せた。
べきっ。ばりん。
ゴラリオスの左手の中でオーブが砕け散る。
「三つ目、完了」
奴は結界を壊すことなく神殿からオーブを持ち出した。
それはあり得ないことだった。
魔族が聖なる結界を素通りできるなど。
地面に倒れたままのジュリエッタは奴に手を伸ばす。
「どうやって、オーブを、中には結界が……」
「知らぬ訳ではあるまい。結界を素通りできる存在を」
「まさか」
「そう、童貞だ」
この場にいた全員が衝撃を受ける。
嘘だろ、あの見た目で童貞だと。
歳も三十ほどに見えるんだが。
「残り二つ。次、会う時までに強くなっておくのだな」
奴はマントを翻し「次はどこの毛をむしられたいか考えておけ」と去った。
残された俺達は、失ったあそこの毛を想って泣く。
◇
ビルナス国宮殿にて。
「破壊されてしまったか。貴殿達には期待をしておったのだが――まさかあそこの毛を、ぶふっ、おほん、すまぬ」
新たな毛を失った俺達を、国王や騎士が笑う。
やはりハイポーションを飲んでも毛は戻ってこなかった。
上と下の毛を取り戻すには、奴を倒すしかない。
騎士の一人が「お漏らし竜騎士」と呟いた。
くそっ、ぶっ殺すぞてめぇ。
すぐにゴラリアスを倒して毛根を取り戻してやる。
「諸君には伝えねばならぬことがある」
「もしや次の襲撃場所が?」
「うむ、貴殿らにはムスペルダムへと向かってもらう。すでにオーブは残り二個、襲撃があるとすればそこだ」
国王は「それと」などと言葉を付け加えた。
「貴殿らには蜜月組なる冒険者パーティーを探してもらいたい」
「その者達が何か?」
「大したことではない。とにかく見つけた際は、王宮へ来るように伝えてもらいたい」
「承知しました」
蜜月組?
聞いたことねぇパーティーだな。
どうせ犯罪者かなにかだろ。
オーブを守るついでに捕まえてやるよ。
どうせ雑魚だろうしな。
俺達は謁見の間を後にした。
【訂正報告】
最後の部分に若干の変更を行いました。