12話 遺跡の街で思い出作り3
すやぁ、と眠り始めるアマネ。
よほどエミリの毛が暖かいらしい。
というかずいぶんと、モフモフだ……僕も触ってみたい。ゴクリ。
「ママ、起きてなの。苦しいなの」
エミリは前足をばたばたさせ、なんとかアマネの腕の中から逃げ出す。
「はっ、私、今寝てましたか!?」
「ぐっすりと」
「恐ろしいほどの気持ちよさに襲われ……そこから記憶がありません。辛うじて思い出せるのは、柔らかいもふもふしか……まさか、エミリのスキル?」
「エミリ、ママを眠らせるようなスキルないなの! 勝手に眠ったなの!」
だよね。僕もそう思う。
でもあのふわふわの毛に顔を埋めたら、誰だってああなる気はする。
今のエミリ、ぬいぐるみみたいだし。
ぼふん、エミリは煙に包まれ少女の姿に戻った。
「くしゅん!」
エミリが、くしゃみをする。
そういえばまだ裸だった。
アマネが慌てて毛布をリュックから取り出し、エミリの体にかぶせてやった。
ここは最下層、気温はかなり低い。
とりあえず燃える物を床に置き、火を付けて焚き火も作る。
これで体も温まることだろう。
「服を買ってあげないといけませんね」
「あー、大通りに子供の服を売っている店があったような」
「じゃあエミリによく似合う、可愛らしい服を――」
アマネの耳がぴくりと動く。
どうやら魔物が近づいているらしい。
「…………」
「エミリ?」
エミリは毛布を纏ったまま立ち上がる。
薄暗い奥からレッドスケルトンが現れた。
「エミリ、今すぐ戻れ!」
「すぐに私が始末を!」
「大丈夫なの。エミリは強いの」
何をするつもりだ?
エミリは右手を突き出し魔法を放った。
眩い煌炎が球体となってスケルトンを覆う。
ほんの数秒、魔物は灰も残らず消えた。
あんな高威力の魔法は、生まれて初めて見た。
「今のは……」
「魔法、でしょうか」
「もう、むりなの」
エミリはへなへなと倒れる。
突然のことに僕らは驚きつつ、エミリに駆け寄り抱きかかえる。
「しっかりしろ!」
「エミリ!」
ぐぅううううう。
地下中に響くような、大きな腹の音が聞こえた。
「お腹、すいたのなの」
ただの空腹と分かって、俺とアマネは噴き出して笑った。
「あむっ、美味しいなの!」
エミリは尻尾をぱたぱた揺らし、無我夢中で食料を喰らう。
その食事スピードはむさぼる、と表現しても差し支えない勢い。
実は噛まずに飲み込んでいるのではと思ってしまうほどだ。
どれほど腹が減っていたのか。
一週間分あった保存食を、たった十五分そこらで胃袋に収めてしまった。
「げぷっ、満足なの」
「良い食いっぷりだな。将来大物になりそうだ」
「健康なのは間違いなさそうですね」
エミリの腹が異様に膨らんでいる。
アレだけ食べればそうなるのは当然だ。
長い眠りについていた分の栄養を、体が補給しようとしているのだろうか。
それとも成長期だからか、いや、たぶん両方だと思う。
「もうすぐできますからね」
「ママは器用なの」
エミリが飯を食っている間に、アマネは仮の服を作っていた。
ちくちく針と糸で、みるみる布を縫い合わせて形にする。
彼女の裁縫技術はナホさん直伝らしい、手慣れていて見ていて気持ちが良い。
「はい、完成」
できあがった服に袖を通したエミリは、嬉しそうに尻尾を振る。
「ありがとう、ママ!」
「ふふ」
エミリはアマネに抱きついて顔を擦り付ける。
こうしてみると、本当の親子のようだ。
「しかし、エミリの魔法にはほんと驚いた。もしかして賢者なのかな?」
「普通の魔法使いなの」
「じゃあレアスキルのおかげ?」
「たぶん、そうなの」
エミリはステータスを開いて、僕の方に向けた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
【名前】エミリ
【年齢】7
【性別】女
【種族】ターヌ
【クラス】魔法使い
【スキル】鑑定Lv5・トリプルハイブーストLv5
【特殊スキル】変化
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
レアスキルの鑑定があるじゃないか。
トリプルハイブーストは聞いたことがないな。
だが、たぶん魔法を強化しているのはこいつだろう。
それよりも種族だ。
ターヌ部族……聞いたことないな。
全く記憶にない部族名だ。
もしかすると絶滅した部族の生き残り、かもしれない。
ビースト族には消えてしまった部族が数多く存在する。
その中の一つだと考えれば、僕が知らないのも納得できる。
「アキト、一度地上に戻りますか?」
「そうだな、もう少しだけ探索してから戻るとするか。もしかするとエミリに関する何かが見つかるかもしれないし」
「確かにそうですね。では、もう少しだけ探索しましょう」
というわけで、僕達は五十階層で探索の継続する。
「パパ!」
突然、エミリが大きな瓦礫の辺りで鼻を鳴らし始めた。
僕とアマネで瓦礫を退かしてみると、その下から大量の遺物が見つかる。
「お手柄だよエミリ!」
「えへぇ、なでなでして欲しい、なの」
エミリの頭を撫でる。
褒められて嬉しいのか、エミリは満面の笑みだ。
僕とアマネは遺物を確認する。
どれもよくわからないものばかり、ほとんどは売りだな。
ふと、たたまれた紙のような物を見つける。
触ってみると手触りは布のようにも感じられた。
恐る恐る開いてみる。
……地図?
「この辺りは覚えがある。たぶん大陸の地図だろう」
「壺のような記号はなんでしょうか」
「十コくらいあるな……あれ、ここって」
そうだ、奈落がある場所だ。
だとすると残り九コも同様のものが。
これを見るとやはり奈落は古代文明の遺産なのだろう。
ひとまず地図を懐に収める。
「アキト、これってもしかして」
アマネが斧を持ってくる。
それは装飾が施された美しい武器だった。
触れることすら恐れ多い、そんな気にさせる。
誰かが言っていたのを思い出した。
S級遺物かどうかは見た瞬間に分かる、と。
「エミリ、鑑定ではどう出てるかな」
「S級と書いてある、なの」
やっぱり。
とうとう七つ目が発見されたんだ。
しかも僕らの手で。
「大発見ですね! 妻として誇らしいです!」
「見つけたのは僕じゃないけどね」
「パパ、偉いなの! おめでとうなの!」
「いや、僕じゃない……もういいか」
僕の手柄は家族の手柄、そう思うことにしよう。
遺物をリュックに収め、地上へと戻ることにした。
◇
S級遺物を見つけた僕らは、ひとまず領主の元へ。
国宝級の品をそこらの商人が買い取ることはできない。
なので一番金を持っていそうな、領主に売ることにした。
「申し訳ないが、こちらで買い取ることはできない」
「えぇ!?」
パーラの領主、モンテール侯は首を横に振った。
「貴殿の言う通りこれはS級だろう。だが、あいにくこちらには、買い取れるほどの額がなくてな。もう少し早く来てもらえれば、それも可能だったのだが」
「困ったな」
「もちろんどうしても売りたいと言うのなら、数億と爵位で取引しても良いのだが」
正直、そこまでお金は求めていない。
爵位なんてまったく興味がないし。
でも、だからといって安く売り払ってしまうのも、どうなのかと思ってしまう。
これはたった七つしかないS級遺物の一つなのだ。
「ではこうしよう、私が一筆したため王宮に遺物を持ち込めるようにしよう。それなら相応の支払いも期待できるはずだ」
「それだとモンテール侯には、得るものがなにもないように思えるけど」
「何を言っている。この街でS級が再び発見されたのだぞ、十二分と言える大きな利益となる。探索者が押し寄せ、より一層活気づくだろう」
領主は満足そうに髭を撫でた。
「うわぁ、綺麗ですね」
「高すぎて体が震えるなの。ぶるぶる」
空中遺跡の中央には、巨大な塔が存在している。
領主はそこに住んでいて、いつも街を一望しているそうだ。
ちょうど地平線に太陽が沈もうとしていた。
一握りの人間しか見られない景色に、僕達は時間を忘れる。
今夜はモンテール侯の勧めで、塔に泊まることになったのだ。
手紙を書くには時間がかかるらしい。
それまでの間、ここで過ごしてもいいと許可をもらった。
「こっちに来て」
「はーい、なの!」
ぱたぱた、エミリがアマネの元に走る。
どうやら買った服をさっそく着せるようだ。
十分後。
「じゃーん、なの!」
エミリが手を広げて服を見せる。
「よく似合ってて可愛いよ」
「パパに褒められたなの、大好きなの!」
「僕は君のパパじゃないけど……」
「パパはパパなの! だっこ!」
「はいはい」
言われるままにエミリを抱き上げる。
「ほっぺすりすりして!」
「え~」
「ひぐっ、ママ、パパが」
「します! させていただきます!」
ぷにぷにほっぺに頬擦り付けると、エミリはきゃきゃはしゃいで喜ぶ。
まったく我が儘だな。
ただ、自分の子供ができたようで悪い気はしない。
エミリを下ろし、僕はバルコニーで再び外の景色を見る。
「アキト」
隣にアマネがやってきた。
「新婚旅行というのもいいですね」
「君には、僕がいた世界を見てもらいたかったからね」
「ふふ、もっと傍に寄ってもいいですか」
「うん」
アマネが肩に頭を預ける。
僕は二人だけの穏やかな時間が大好きだ。
いつまでもこうしていたくなる。
彼女の左手を見て、とあることが浮かんだ。
「結婚指輪、作らないとね」
「指輪ですか?」
「こっちでは結婚の証として、お揃いの指輪をつけるんだ」
「知りませんでした。村ではそのような習慣はなかったので」
「仕方ないよ。君達のご先祖様が地上にいたのは二百年前だしね。色々違ってて当然さ」
「それもそうですね」
僕はアマネに指輪を贈ると約束する。
いつしかお互いに指を絡ませ手を握っていた。