しつ恋々~幼馴染に振られたからトライを決めて駄々をこねるのは間違っているのだろうか~
「宗吾…私達、もう別れましょう」
ある日の放課後、幼馴染にして彼女である紫藤景と一緒に帰っていたときのことだった。
もうすぐ互いの家にたどり着き、最後にイチャつきつつも、互いに惜しみながらまた明日と言いあうはずのいつもの別れの流れが、憂いを帯びた彼女のガチトーンによってぶったぎられる。
早い話が、別れ際にマジの別れ話を持ち出されていた。思わず目が点になるのも無理からぬことではないだろうか。
「ほぇ?」
「別れましょうって、そう言ったの」
二度言った。別れましょうって、二度言った。
そんなに大事なことだったんだろうか。俺はまるで別れたくないというのに、景にとっては俺と別れるというのは、繰り返して言う必要があるほど大事なのか?
「別れましょう」
三度目だった。追い討ちだった。トドメだった。
え、なに?なんでなの?俺、そんなになんか悪いことした?
怒濤のお別れ三連コンボを決められて、俺はとっくにKO寸前。グロッキー状態だ。
白旗上げて座り込み、そのまま幼馴染の靴でも舐めたい気持ちになる。
生まれた時からの幼馴染。
学校でも評判になるほどの美人で頭もいい彼女に、自分では釣り合わないと分かっていても当たって砕けろ、駄目だったらリセマラして何度でも告白し直せばいいさそのうち頷いてくれるだろの精神で、幾度も自分の想いを伝え、つい数ヶ月前にようやく大きなため息まじりにOKの返事を貰えたばかりだというのに、この仕打ちはあんまりにもあんまりではないか。
「り、理由を…せめて理由を聞かせてくれ!」
「理由、ね…そんなの、自分の胸に聞いてみればいいじゃない。それでも強いて言うのなら…そうね、その必要ができたってところかしら」
にべもない言葉。取りつく島もないとはこのことだろうか。
仮にも彼氏相手にするとは思えないほどそっけない。
「そ、そんな…」
「もう満足?とにかく私達はもうおしまいってことで。それじゃ、私は行くから」
また学校でね、と手をヒラヒラとさせて去っていこうとする愛しの彼女。
その後ろ姿には、未練の欠片も見当たらない。マジで別れるつもりのようだ。
いや、彼女の中では既に俺との関係はとっくに終わったものなのだろう。それでも学校でなんて言葉を残せるのだから、なんという胆の太さだろうか。
「ま、待ってくれ…」
それに比べ、俺はどうだ。
まるで頭が追い付かず、なんとか立っているだけで精一杯。
声だって震えている。これでは景に届くことはないだろう。
(俺は…俺は…!)
なんて惨めでちっぽけな男なのだろうか。
確かにこれでは振られるのも当たり前のことかもしれない。
だけど、それでも…!
「諦められるかボケェェェェェェェェッッッッッッッ!!!!!!」
「ひでぶっ!?」
悠然と去っていこうとする彼女の背中に、俺は猛烈なトライを決めていた。
その際景の細い腰をガッチリと掴んでしまい、彼女は勢い余って地面と顔面タッチダウンを決めていたようだが些細なことだ。
例え俺より先にアスファルトの路上に熱烈なキッスをかまそうと、彼女に対する愛情が損なわれるなんてあり得ない。豚のような悲鳴を上げようともだ。
母なる大地に彼女のファーストキスを百合NTR見せつけプレイをされて奪われたくらいがなんだっていうんだ。俺は彼女を心から愛していることに変わりはない。
それくらい俺の景に対する愛情はバベルより高く、ムー大陸より深かった。
「嫌じゃ!嫌じゃ!俺は絶対、別れとうない!別れるのはいやじゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!」
その愛情を今一度伝えるべく、俺は彼女の背中に思い切り頬擦りをしながらあらんかぎりの大声を張り上げた。
場所は路上のため、多くのご近所さんがこちらを見るが、俺だと分かると皆さんすぐに目を逸らしていく。いつものことだと思ったらしい。
日頃の行いって大事だなぁと改めて実感していると、ピクピクと痙攣していた景の体が今度はブルブルと震え始める。
「け、景!俺の思いが伝わって…」
感激してくれたのか、そんなに嬉しかったのかと喜色ばんだところで、景の顔がグルリとこちらを向いた。そしてその顔を見て、俺もまた眼を剥いた。
怒り狂った般若がそこにいたのだ。
「なにさらすんじゃクソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!!!」
「かばすっ!?」
鼻から一筋の鮮血を垂れ流しながら、振り向き様のショートアッパーをかましてくる彼女によって、俺の顎は跳ね上がった。
見事に彼女の拳は急所を貫き、俺はもんどりうって景の体から引き剥がされる。
な、なんていい拳持ってやがるんだコイツ…こっちのほうまでパーフェクトなのかよ…!
「さ、さすが俺の彼女だ…間違いなく世界を狙えるぜ…」
「黙れクソウゴ!私の美貌になんてことすんのよ!これじゃ美人が台無しよ!!ああ、もうなんてこと…!」
言ってることはしおらしいが、立ち上がりながら血が垂れ出てる鼻を親指でビッ!と拭って腕でゴシゴシしてる姿はとっても漢らしかった。
さっきのアッパーといい、並の胆力を持った美少女には到底できない芸当だろう。それを見て、俺は改めて惚れ直す。
「すまない…俺、責任取るよ!結婚しよう!」
「は?なに言ってんのこのクソボケカスは。なんでアンタと結婚なんてしなきゃいけないのよ」
現実を見なさい現実を。そう言って呆れた顔で文字通り景は俺を見下してくる。昔から尊大なところがあった我が幼馴染は、さらに自己愛を肥大化させているようだった。
「なんでって、俺達恋人だろ!?将来一緒になるのは当然だ!」
「だからアンタのそういうところがね…もういいわ、ハッキリ言ってあげる」
俺の渾身のプロポーズを何故かため息で受け流しつつ、景はその長い黒髪を軽く鋤いて整えてゆく。それを見て、俺は未だに生まれたての小鹿のように震える足に克を入れ、なんとか立ち上がった。
あれは幼馴染の俺だからこそ分かる、昔から景が大事な話をするときの癖だ。なら俺もそれに応え、正面から彼女に向き合わないといけないだろう。
「なんだよ…悪いところがあるなら、ちゃんと直すから…」
「直しようがないわ。だって私、イケメンが好きなんだもの」
「ふぇ?」
え、イケメン?イケメンってイケてる顔面の略?要するに顔ってこと???
フツメンの俺は訳も分からず、幼馴染の言葉を脳内で反復横飛びさせるのだが、景はそのまま言葉を続ける。
「ほら、私って超絶スーパーウルトラ美少女でしょう?」
「お、おう」
ピタリと右手を頬に当て、陶酔するかのようにウットリと話す景は、早くも自分の世界に浸りつつあった。
いや、確かに美少女は美少女だし、言ってることは間違いじゃないんだが、自己評価高すぎて幼馴染の俺でもちょっと引くぞ…
「そんな私には、やっぱり相応の相手が彼氏じゃないと相応しくないと思うの。ハッキリ言うと、宗吾じゃ釣り合わないのよ。将来性もなさそうだから、下手すれば私も働かないといけなそうじゃない。そういうの、私絶対嫌だから。働きたくないから」
そういってニッコリ笑顔を浮かべる景。
その綺麗な笑顔とは裏腹に、言ってることはドブのような最低さだ。まさにゲスの極みである。
「そ、そんな…な、ならなんで俺と付き合ったんだよ!?キッパリ断れば良かったじゃないか!」
それでも惚れた弱みからか、彼女を責めることは言えない俺は浮かんだ疑問を口にした。そこに一筋の希望があるのではないかと、とにかくすがりたかったのだ。
「ああ、それね。しつこかったからよ。あと幼馴染としての同情と、一回付き合ってあげれば満足すると思ったのがあるわね。ついでにいえばちょっと欲しいアクセがあったから買ってもらおうと思ったのと、将来のために付き合う練習してみようかと思ったのもあるわ。要は貢がせて練習台にしたかったの」
「ふぇぇぇ」
切りおった。バッサリ希望の糸を切りおったぞこやつ。
しかも的確にことごとく望みを潰してきやがるし、さらに性格のクズっぷりまで惜しげもなく披露してくる隙を生じぬ二段構えという念の入りよう。お釈迦様もびっくりだ。
「まぁそういうことだから。これでも宗吾には感謝してるのよ?幼馴染としての情はあるし、嫌いじゃなかったから付き合ったわけだし。だから宗吾も私と一時でも付き合えたという超絶幸運を糧に、これから頑張ってコツコツ日銭を稼いで生きていきなさい」
私はそれをシャンパン片手に嘲笑ってあげるから、と笑いながら言い切った後、景は体を反転させる。
今度こそ言いたいことは言い切ったらしい。その顔はなんとも晴れやかだ。これからの未来に、希望を持っているのだろう。
その未来に、俺はいない。もう俺が彼女の隣に立つことはないのだと、背中がハッキリ語っていた。
「それじゃあね、宗吾。今度こそ、さようなら」
そういって彼女はまた去ろうとして…
「嫌じゃァァァァァァァァッッッッッッッッッ!!!!!!」
「ヘブンッ!?」
俺のうっちゃりに塞き止められた。
油断もあってか、まともに食らった景は土俵際で粘ることもできず、そのまま熱々の公共道路と再びディープキスをかましていく。
クソッ!羨ましい!だが、俺だってそのうち必ず…!!
「なにすんのよこのカスゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッッ!!!!!!」
「うおおおおっ!?あぶねっ!!」
一瞬思いを馳せていた俺に、立ち上がり様景が飛び膝蹴りを浴びせてきたが、ギリギリでなんとか回避する。
さすがに二度目とあっては立ち直りも早いようだ。我が彼女ながら、景は相当なバトルセンスの持ち主でもあるらしい。
「避けるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっっっっ!!!!!」
「避けるわぁッッッッッッッ!!!」
そのまま立て続けに平手に掌低、上段蹴りを繰り出してくるが、紙一重で俺はそれらを避け続けた。
女の子に暴力を奮うわけにもいかないし、何より景は俺の彼女。怒り狂う彼女に向けて、俺は説得を試みる。
「落ち着け!そして結婚しよう!」
「繋がりが意味不明じゃボケがぁっ!」
景は腕をかっぴらいて爪を立て、勢いよく突きだしてくる。
あぶねっ、今かすったぞ!!
「俺はやっぱりお前が好きだ!今は無理でも、いつか絶対景に釣り合う男になる!だから!」
「整形して宝くじ当ててから出直せこのカスゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッッッッ!!!!!!」
聞き耳持たないとはこのことか。
俺はこんなにも愛を囁き、想いをぶつけているというのに、景から帰ってくる言葉は辛辣極まりないものばかり。
とても話が通じる状態ではない。これでは俺の愛を証明することなんて、とても…
そんな弱気の虫が脳裏をかすめる。だけど…
「……待て!待ってくれ、景!」
だけど、それでも諦めるわけにはいかないんだよ…!
「なによ、命乞いなら聞かないわ。私の顔に傷を付けたアンタだけは生かしておくわけにはいかないから…!」
「俺は、俺は景が好きだ!愛している!どうしても諦めきれないんだ!好きなんだよ!」
俺は自分の想いをありったけ言葉に込めて吐き出した。
ほんの僅かでも構わない。仮にも幼馴染から彼女になった仲なんだ。嫌われて別れたわけではないというのなら、まだチャンスがあると思いたかった。
「な、なにを…」
俺の言葉を受けて、景が動きを止めていた。顔も赤らんでいる。照れているのが丸わかりだ。
なら、もうここしかない!俺の声が景に届いている今この瞬間が、俺にとってのラストチャンスだ!
「俺は景の顔が好きだ!顔だけが好きだ!性格が腐ってることなんて、とっくの昔にわかってる!それでも付き合って、結婚したいと思ったのは、景の顔が超絶好みだったから!それだけだ!それ以外はどうでもいい!顔の良さで俺は9割のことは許すから、残り1割の下水の混ざったドブのような性格にも眼を瞑る!」
そう感じ取った俺は、一気に畳み掛けた。
これは間違いなく、俺の本心。100%純粋な気持ちから発せられたものだった。
紫藤景は人のゲスい部分を煮詰めたような女の子であったが、顔がいい。なら許せる。何故なら顔がいいからだ。
人間第一印象は顔が8割を占めるというが、まさにその通りだと俺は思う。
「…………」
「俺は景の顔が好き!景はイケメンが好き!顔がいい相手が好きという意味で、俺達は間違いなく似た者同士だと思う。つまり相性がいいんだ!絶対俺達は、上手くやっていけるはずだ!」
顔さえ良ければ大抵のことは許せちゃうわけだから、本当に美少女というのは得な生き物だ。
そしてイケメンもまた然り。似た共通点を持つ俺達は、やはり幼馴染なんだなと、心の中で苦笑した。
「だから景、もう一度俺と…!」
「言いたいことは、それだけ?」
そういって景の体がゆらりと揺れた。
俺が話し始めてから、急にうつむき出したのだが、もしかしたら照れているのかもしれないと、淡い期待を抱いてしまう。
「あ、ああ!だから、俺達よりを戻…」
「殺すわ」
…………パードゥン?
その後、街中を走り回って互いに過呼吸に陥った俺達はなんとか支えって帰路についた。
なんだかんだで別れも有耶無耶になったので結果オーライだと思う、うん。
なお、その日から景は顔に関してはあまり触れなくなり、その代わり高収入勝ち組になるべく彼女から激しくしごかれることになるのだが、それはまた別のお話。
自分はなにを書いているんだろう…
下の評価押して貰えると嬉しかったりしまする(・ω・)ノ