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妖かし四方山話 消え去りし者  作者: けせらせら
9/13

 再びマリノが小屋に戻った時、既に夕闇が広がりつつあった。

 警察署を出た直後、陰陽師くずれの男たちの姿を目にして、一度、町から離れていたため戻ってくるまでに時間がかかってしまったのだ。

小屋に入った時、そこに司の姿はなかった。

 六花だけが黙ったまま窓から外を眺めている。

「司ちゃんは? あの子はどこに?」

「なんだ? 戻ってきたのか?」

 視線を向けようともせず、面倒くさそうに六花が答える。

「ちょっと気になってね。で? あの子は?」

「さてな。街のほうへでも行ったのかもしれないな」

「街へ? 街には彼女の復讐相手がいるのかもしれないわよ」

「そうか。なら、復讐に行ったのかもしれないな」

 まるで興味がなさそうに六花は答えた。だが、それはどこか不自然なものに見えた。

「あの子、犯人がどこにいるかわかるの?」

「さあな。だが、自らを殺した相手の存在くらい本能で知ることくらいは出来るだろう」

 六花ははじめからそのことを予想していたのだろう。

「行かせていいの?」

「なぜだ?」

 六花はやっと視線をマリノのほうへと向けた。

「あの子、人殺しをするのでしょ?」

「――かもしれないな。だが、それがあの娘の望みだ。なんだ? 放火犯に同情しているのか?」

「そんなわけないでしょ。でも、そんなことをすればあの子……」

「そうだな。それが果たせればあの娘は消えていくかもしれない」

 感情を出さない六花にしては珍しく、少しその口調に寂しさがにじむ。

「……あなたは彼女を止めていたわけじゃないの?」

「私は他人の生き方に介入する気はない。おまえが止めればいいだろう。私はあの娘の生き方に口を出すつもりはない」

「どうしてそんな冷たい言い方を?」

「冷たい? そんなつもりはない。そもそも私に感情を求めるな。私はそんなつまらないことに感情を持つことはない」

 嘘だ。理由はわからないが、六花は司に特別な感情を持っているように思える。

「あの子が死んでもいいの?」

「あの娘はすでに死んでいる。死んで妖かしとなった」

「じゃあ、あの子はもう一度死ぬことになるんだわ。人間として死に、もう一度、妖かしとして死ぬ」

「妖かしの場合、死ぬというより消えるというほうが正しいがな」

「同じことよ」

「生命あるものはいずれ死にゆく。存在あるものはいずれ消えゆく。それが早いか遅いかの違いだろ?」

「そんなの悲しすぎる」

「誰が悲しむ?」

「彼女を愛した人。今は死んでしまったけれど、彼女の家族はきっと悲しむわ」

「悲しませればいい。苦しませればいい。それをなぜ嫌う? そういうものも人間にとって大切な感情ではないか」

「悲しむ感情が大切?」

 マリノはハッとした。

「どうした?」

「い……いえ……なんでもないわ」

「おまえはなぜここにいる?」

「急に何を?」

「おまえは何から逃げている?」

「それは……陰陽師くずれのーー」

「違うだろ。それはここに来てからのことだ。おまえはどうして逃げ回っている?」

 その六花の目をまっすぐに受け止められず、マリノは思わず視線を外した。今すぐにここから飛び出してしまいたくなる。それにも関わらず身体が動かない。ひょっとしたらこれも六花の力の一つなのだろうか。

「逃げまわっているわけじゃないわ。私はただ、自分の終わりを自分で片付けようと思っているだけよ」

「家族はいないのか?」

「いるわ……いえ、いたわ。もう昔のことよ」

「なるほどな。家族から逃げているわけか」

「だから、逃げているわけじゃないって言ってるでしょ。私のことに口を出さないで」

 マリノは思わず威嚇するかのように口調を強くした。だが、そんなものは六花にはまるで通じない。

「そう思いたいだけだろ。私の目から見れば、ただ逃げているように見える」

「あなたに私の何がわかるっていうの?」

「そうだ。私にはお前のような者の気持ちなどわからない。だから聞いている。なぜ、家族から逃げる? 妖かしとしての自分の存在に恐怖を感じたか?」

「そんなんじゃないわ……ただ、嫌になっただけよ」

「嫌になった? 妖かしとしての生き方か?」

「どうして?」

「お前のような者は時々いる。お前だけのことではない」

「私だけじゃない?」

「お前だけが特別だと思っていたか?」

「いえ……そんなつもりじゃーー」

「お前の心の中など手に取るようにわかる。人としての存在をあっけなく超えていく妖かしとしての人生がつまらなく感じたか? それも無理もない。人間としての存在と妖かしとしての存在はまるで違っている」

 まるで心の中を見透かすかのように六花は言った。

「そうね……妖かしになったことで、人として努力してきたことが、まるで意味のないものになってしまった。妖かしは人の存在のずっと上だものね」

「ふん、わかったようなことを。偉そうに」

「なんですって?」

「ハッキリ教えてやろう。おまえが感じたのはただの錯覚だ。それはお前が見て感じてきたものであって、真実とは違うだろう」

「真実と違う?」

「妖かしの能力は人間とは違う。身体能力は当然だが、それ意外のこともたしかに人間よりも上のことが多い。しかし、全てにおいて人間を超えているというものではない。人間だからこそのものもある」

「そんなのわかっているわ」

「いいや、わかっていない。お前はどうせ、人間と妖かしをまるで別のものと考えているのだろう。しょせん人間。しょせん妖かし。つまりはそうやって理由をつけて逃げているのだ」

 六花の言葉が胸に突き刺さる。

「それだけじゃないわ」

「他に何がある?」

「私はいつか消えるのでしょ?」

「消える? なぜそう思う?」

「私もあの子と同じ。不安定な存在よ。そういう人だって知っているわ」

「そうか。そういうことか。そうだな。確かにお前が妖かしとなった種は同じようなものかもしれない。だが、お前とあれは違っている」

「何が違うの?」

「意思だ」

「意思? そんなもので妖かしとしての存在が変わるというの?」

「当然だ。妖かしとは魂の存在だ。魂の在り方が妖かしとしての存在を左右するものだ」

 そう言ってから、ふいに六花の表情が変わった。

(これはーー)

 それがすぐに司の気であることに気がついた。

 彼女の気が震えている。その震えが、彼女に起きた事の重大さを物語っている。

 マリノは思わず小屋を飛び出していった。


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