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停留所でバスを待つ。
朝一番のバスが来るまでにはまだ30分ほど時間がある。
少し先に見える建物は警察署のようだ。
ふと司のことが気になった。
司の自宅が放火された事件について、あそこに行けば何かわかるだろうか?
(いえ、忘れなきゃ)
今はここから離れることを優先するほうがいい。
司はこれからどうするのだろう。家族を殺された復讐のため犯人を捜し続けるのだろうか。司にそれだけのことが出来るのだろうか。あの様子では六花がそこまで面倒を見るつもりがあるのかどうかはわからない。
やはりこのまま町を離れるわけにはいかないだろう。
マリノは大きくため息をついた。そして、マリノはバスに乗るのを止め警察署に向かって歩き出した。
周囲を確認してから強く右足を踏み込んで、大きく3階の空いていた窓に向かって跳躍する。そして、窓から中へ入り込む瞬間に姿を黒猫へと変える。これも妖かしとなってすぐに出来ることになった一つだ。
(さて、どうしよう)
足を忍ばせて少し薄汚れた廊下を歩いていく。
警察署に忍び込むのは簡単だが、放火事件についての情報を得るのはそう簡単ではない。
どうしようかと様子を伺っていると、一人の中年の恰幅の良い男がこちらに歩いてくる。マリノはすぐに廊下の脇に置かれていた長椅子の下へと身を隠した。
ちょうど一つの部屋から若い男が顔を出した。
「よぉ」
顔見知りらしく、すぐに中年の男が声をかける。「頑張ってるか」
「お疲れさまです」
と若い男が頭を下げる。
この二人があの放火事件について語ってくれないだろうか、とマリノは心の中で念じる。
「そっちは? 例の放火事件、ホシは割れたのか?」
その言葉にマリノはピクリと耳を立てる。自分の願いが通じたのだろうか、それともこれも自分の妖かしとしての力が影響しているのだろうか。
「高木雄一、32歳。先日、バイト先をクビにされたようです」
「ガイシャとの関係は?」
「いえ、今のところありません。ただのゆきあたりばったりってことじゃないですか」
「そんな理由で家族全員殺されるなんてたまったもんじゃねえな」
「ええ、週末は家族で東京に旅行に行く予定になっていたそうで、ディズニーランドに行くんだと娘が嬉しそうに近所の人たちに話していたそうですよ」
「かわいそうにな」
そこまで聞けば十分だった。
マリノはそっと警察署を出た。