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一瞬、自分が閉じ込められたのではないかと不安に感じたが、どうやらこの結界はそういうものではないようだ。自分の中にある力には何の制限も感じられない。むしろ外側からこちらの存在を消し去るタイプのものらしい。
「どうして私を護ってくれるの?」
「護ったつもりはない。無駄に人に会いたくないのは私も同じだ。それにあの者たちを好きにはなれない」
「あれが誰なのか知っているの?」
「あれは陰陽師くずれだ。以前、『宮家陰陽寮』と呼ばれる組織の中である揉め事があった。その結果、一部の陰陽師たちが組織から離れて勝手に行動するようになった。あれはそういう者たちだ」
「どうしてそんな人達が私を追うの?」
「奴らにとって妖かしは退治するものか、式神として使うもののどちらかだ」
「式神?」
「妖かしを自らの手下として使うことだ」
「詳しいのね」
この少女、妖かしだから知識があるというわけではなさそうだ。そもそも六花とは同じ妖かしといえども、大きな違いがあるように思える。
「立場上、それなりにな」
「立場?」
「おまえが気にする必要はない。お前にはお前の、私には私の、人それぞれ立場があるというだけのことだ。私は自分の存在を常に隠して生きている。多くの者の目に触れないようにしている」
「あなたも誰かに追われているの?」
「さてな。自分を追っている者の存在をハッキリと知るものは少ないものだ」
「どういう意味?」
「お前だって自分を追いかけている者たちの正体を知らなかったではないか。ま、奴らはヘタな追いかけ方をするから相手に悟られて逃げられる。しかし、上手い追手ならば追われていることに気づかせることもない」
「つまり気づかないだけで、他の追手もいるかもしれないということ?」
言っていることはわかるような気がするが、ずいぶん遠回しな言い方のように思う。
「うむ。そういうことだ」
六花はそう言って満足そうに頷いた。
一方でもう一人の少女は、マリノたちの会話にもまったく興味を示そうともせず、ただじっと膝を抱えて遠くを見つめて黙っている。
よく見るとその少女は六花よりもさらに年若く見える。
「そっちの子は? 司ちゃんだっけ? ずっと一緒に行動をしているの?」
「いいや、つい最近だ」
「どうして一緒に?」
「こいつの家はな、三ヶ月前に火事によって両親が死んだ。もちろん、こいつ自身もな。そして、こいつだけが妖かしとなった」
「どうしてその子だけが妖かしに?」
「恨みの感情を持ったからだ。両親は娘を助けたいという強い思いを持ちながら、煙に巻かれて死んでいった。しかし、こいつだけは火をつけた犯人を見ていた。その犯人への憎しみがこいつを妖かしに変えた」
「犯人って……それじゃ放火なの?」
「そうだ」
「そんな……辛いことが」
さすがにその司の境遇にはマリノも同情の念を抱いた。
「言っておくが、今のこいつに辛いという感情はないぞ」
「ない?」
「そんな感情を持たないからこそ、この世にまだ留まっていられるのだ。もちろん感情の全てがないわけではない。恨みの感情はしっかりと持っている」
「恨みの感情がなければ消えてしまうとでもいうの?」
「その可能性は高いな」
何の感情も見せずに六花は言った。
「犯人は? あなたは知っているの?」
「そんなものに興味はない」
「捕まったの?」
「さあな」
六花はまるで興味がなさそうだ。
「ねえ、司ちゃん」
マリノは司に声をかけた。だが、司は何の反応も示さない。
「無駄だ。それは何も話さない」
「どうして?」
六花は少し面倒くさそうな表情をしてからーー
「その娘はもともと話をすることが出来ない。私たちの言葉もほとんど聞こえていない」
「障害が?」
「生まれつきだ」
「……そう」
今、司は何を考えているのだろう、とマリノはその姿をジッと見つめた。
司はやはり何の反応もせず、ずっと膝を抱え遠くを見つめている。