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福島県の南、新潟県に近い小さな山沿いの町の森の中をマリノは早足で進んでいる。
森の中を進んでいくと小さな山小屋が見えた。
この辺りは夏場、登山客が現れるらしいので、おそらくはその緊急避難のためのものだろう。
マリノは小屋の前で立ち止まり、中の様子を伺った。ブルージーンズに白いシャツという軽装の自分の姿はとても登山者には見えないだろう。もしも、誰かと出会うことがあれば、その人の記憶を操作する必要がある。しかし、既に登山の季節も過ぎている。中からも人の気配はしない。マリノは少し休憩を取ろうとその扉を開けて中へと入っていった。
だが、小屋の中に一歩踏み込んでマリノはハッとした。8畳程度の広さの小屋の中に小学生くらいの少女が二人、中央に膝を抱えて座って視線をマリノに向けている。
(人の気配は感じなかったはずなのに)
こんな山小屋に子供が二人だけで留まっていることに違和感を受けた。しかも一人は真っ白な着物姿だ。
「誰なの?」
思わず口から言葉が出る。それに対して着物姿の少女が口を開いた。
「礼儀を知らぬ娘だな。見たところいい年齢だろうに、他人に名を訊くのなら、まずは自分から名乗るものだろう」
見た目は小学生くらいの年齢なのだが、その口調はあまりに子供らしくない。まるで何十年も生きてきた老獪な者のようなものだ。それでも彼女の言うことも間違ってはいない。
「私はーー」
「いや、やはり名乗る必要はない」
マリノが名乗ろうとするのを少女が止める。
「どうして?」
「お前の名を知ったところで私には何の意味もない。私の名を知りたいのなら教えてやる。私は橘六花だ。こっちは佐久間司」
少しモヤモヤした気持ちは残るが、聞きたくないと言われればあえて名乗る必要もないだろう。
「あなたたち、どうしてこんな山小屋に?」
マリノは改めて問いかけた。
「どうして? ここに私がいることをなぜ不思議に思われる必要がある? まさか人間の子供が迷子になっていると思っているのではないだろうな」
やっとマリノは二人から発せられる気配が普通のものではないことに気がついた。
「あなたたち……人間じゃ……ないの?」
「質問の多い娘だな。驚く必要もないだろう。お前だって同じようなものではないか」
「同じですって?」
「何を驚いている?」
六花は表情一つ変えずにマリノを見つめた。
「私を知っているの?」
「知らん」
「じゃあ、どうして? どうして私が人間じゃないって」
「お前がどういう者であるかは見ればわかる。なんだ? 追われているのか?」
そう言われてハッとした。いつの間にか追手が近づいているのが感じられる。
「それは……」
マリノはどう答えていいか迷った。いや、そもそも答えている時間はない。ここで彼らを迎え撃たなければいけない。
「慌てるな」
そう言って六花は立ち上がった。その手の中から無数の呪符が現れ、舞うようにして山小屋の壁へ貼り付いていく。
それが結界であることはすぐにマリノにも理解出来た。以前、その力で動きを封じられたことがあるからだ。
「あなた……」
「何を驚いている? 心配は要らないぞ。私の結界は強い。これでゆっくり話が出来る」
六花はそう言いながら、切れ長の目をマリノへと向けた。