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見知らぬ土地を逃げ回るには、自分の能力は役にたった。
人の記憶を奪い、さらには自分の都合の良いように書きかえることも出来た。他の力があるのかどうかはわからないが、それにはさほど興味を持っていなかった。
一人で生きていくのはそう簡単なことではなかった。力を使えば生活に必要なものも簡単に手に入れることも可能だろう。だが、マリノはそういう力の使い方をしたいとは思わなかった。そういうことをすれば育ててくれた祖母を傷つけてしまうような気がしたからだ。日々の生活に必要なものは旅先で仕事を捜すことで得るように心がけた。もちろん若く人脈もないマリノが仕事を見つけるためには、自らの能力を使わなければいけないことも多かった。
ただ目的もなく旅を続けているわけではない。今、マリノには明確な目的があった。
自分が今、やらなければいけないことは、この世の中から自分という存在を消し去ることだけだ。自分が本当に姿を消してしまうまで、自分が存在していたという記録を消してしまわなければいけない。
そんなマリノを時折、激しい頭痛が襲うことがあった。妖かしとなる前には無かったことで何が起きたのかマリノにはわからなかった。だが、間もなくその原因もわかることになった。以前、マリノが演奏したものが録音されていて、それがどこかで再生された時、どこにいても聴こえてきて頭痛を呼ぶらしい。
マリノはそれらも消し去ることにした。自分がいつ消え去ってしまうのかはわからない。その時、家族の記憶が戻ることだって考えられる。記録となるものも出来る限り存在しないほうがいいだろう。
しかし、妹のミラノの記憶は予想したよりも早く戻ってしまったようだ。どうやらマリノのような妖かしについて詳しい人間を味方につけたためのようだ。そして、同じ相手に同じ記憶操作は使えないことをマリノは知った。
ミラノはその専門家たちと共にマリノを捕えようとした。それから何度か、マリノの周囲にその専門家らしき者たちの影がちらつくようになった。
しかし、今回マリノの前に現れた者たちはそれとは違う者たちだ。
やり方がやけに荒っぽい。
捕えようとするよりも、殺そうとしているかのようにも感じられる。
マリノもさすがに専門家相手にまともに戦うことは無謀と思われた。そもそも力を戦いのために使おうと思ったことはなかった。彼らの記憶から自分の存在を消そうとしてみたが、それは彼らには通じなかった。無駄に戦うよりも逃げたほうが良い。
その者たちから逃れ続け3日が過ぎようとしている。




