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「あれは誰なの?」
「あれは私の妹だ。いや、その可能性があった娘だ」
「どういうこと?」
「それを説明するためには、六花の一族について話をしなければならない」
「六花の一族?」
「私の一族は特殊な血筋だ。人間のように子孫を作ることも稀にあるが、多くの場合は子を作り子孫を残すようなことはしない。六花の一族は、人間の子供の中から一族として相応しいものを見つけ出して一族とする。もちろん生きた人間ではない。人間として産み落とされずに生命を落とした者だ」
「産み落とされずに生命を落とした? あなたも?」
「当然だ。私は生まれる前に生命を落とした。そして、六花の一族となった。あの娘は私と母が同じなのだ。もちろん私が無事に生まれていたらの話だ」
「それでも姉妹には違いないわ」
「姉妹か……お前はロマンチストなのだな」
からかっているのかと思ったが、どうやら六花は真面目に言っているようだ。
「それをあの子は知っているの?」
「知っているはずがない。お前と違って余計なお喋りはしないからな」
「あなたがそうしたのでしょ?」
「ああしなければ、あの娘はすぐに消えていただろう。余分な情報は感情をさらに不安定にさせるからな。あの娘は、自分が妖かしとして存在していることさえ理解しているかわからなかったからな」
「そう。でも、わかったわ」
「何がわかった?」
「つまり放火した犯人はあなたにとっても復讐相手だったということね?」
「違う。何もわかっていないではないか」
呆れたかのように六花は言った。
「だから姉として手を貸したんじゃないの?」
「私にそういう感情はない。正直言って、あれに対しても妹としての感情があるわけではない。ただ……少しな」
「少し?」
「少し気になっただけだ」
きっと六花は嘘をついているつもりはないだろう。だが、それはあえて意識的にそっけなく言っているようにも見えた。
「それが家族に対する愛情なのよ。わかってないのはあなたよ」
「これが?」
六花は理解出来ないかのように頭を捻る。「よくわからないものだな」
「家族に対する愛情なんて誰でもそんなものよ。ハッキリと気づくことなんてないわ」
「誰でも?」
「そうよ」
生意気な六花が素直に人の言葉を聞いていることは、少し気分の良いところがあった。だがーー
「お前もか?」
「私?」
「私には人間としての家族を持ったことがない。だが、お前は違う。人間の家族がいるお前でさえ、その家族から逃げ回っているのだろ? それでも家族への愛情があるのか?」
立場が一気に逆転したような気持ちになる。
「そ、それは……私は妹が大切だから」
話したくない。それなのに言わずにもいられない。
「大切だから? だから逃げ回っているのか? やはりわからないな」
「なら教えてあげる。今の私になった原因は妹にあるの。私は妹を恨みたくない」
「恨んでいるのか?」
「だから恨みたくないから一緒にいないのよ。あの子を殺すようなことになったら……私はそんなことになりたくない」
「お前は何か勘違いしているのではないか?」
「勘違い?」
「お前のは恨みではない。むしろ愛情ではないのか? 愛情から妖かしになったのではないのか?」
「でも、私が傍にいたら……本当のことを知ればあの子が悲しむことになる」
「悲しませてやればいいじゃないか。悲しむことも、恨むこともそれは人として必要なものなのではないのか?」
「何言ってるの? 悲しまなくていいならそれが一番良いに決まっているでしょ」
「そうか? そうだな。おまえがそう思うのならそうなのかもしれない。私には人の感情などというものはわからないからな」
「あなた、何が言いたいの?」
「言いたいこと? そんなものは何もない。そして、私の用も済んだ」
そう言ってから、六花は思い出したようにさらに付け加えた。「ああ、一つ誤解をしているようだから訂正しておく」
「誤解?」
「お前が妖かしになったのはある特殊な事情であることは違いない。だから、私は一般論でお前のことを語った。だがな、この国の長い歴史から見た時、決してお前だけが特別というわけではない」
「特別じゃない?」
「私は我が一族の記憶を全て有している。つまりはこの国が生まれて間もない頃からの記憶を持っているということだ。お前は特殊な存在だ。だが、長い歴史の中でお前のような者は時折現れる。100人に一人。1000人に一人と言えば特殊な存在に思えるだろう。だが、それをまとめればそれなりの数になる。そして、妖かしなどというのはその魂の存在が全てだ。お前がどう生きようとするかでお前の存在は変わる。他人のことなど、過去の事例など意味などない」
「どうしてそんなことを?」
「さて、どうしてだろうな。お前を見ていて話しておきたいと思っただけだ」
「あなたって他人に興味が無さそうな顔しながら、実はお節介なのね」
「ただの気まぐれだ。どう生きるかはお前しだい。お前が生きたいと思うように生きればいい。お前が何を怖がっているのかはわからないが、問題などというものは意外と本人が思っているほど大きなものでないことは多いものだ」
「私のことなど知らないくせに、知ったようなことを言うのね」
「知らないからこそ言えることもある」
「そうね、そうかもしれないわね」
六花と話していると心の中を覗かれているような気がしてくる。思わず視線を外し、わざと感情を隠すようにぶっきらぼうに答える。それでも六花の言葉はよくわかる気がする。
「いつかその気になったら妹に会ってみるといい。もうひとりの自分に会えるかもしれないぞ」
その言葉にハッとして再び六花へと視線を向けた。だが、既に六花は姿を消していた。
(もうひとりの自分?)
まるでマリノのことを知っているかのような口ぶりに感じたのは気のせいだろうか。今、ミラノには自分の半身が白猫の妖かしとなり憑いている。しかし、そんなことは六花には一言もはなしていなかったはずだ。やはり彼女は自分のことを知っていたのだろうか。それとも彼女の妖かしとしての力で自分のことを見抜いたのだろうか。
(どうでもいいわね)
不思議な感情が胸の中に溢れている。
どこか騙されたような気もするが、きっと彼女はそんなこと何も思っていないだろう。
彼女にとって自分はただの通りすがりの妖かしに過ぎないのだ。
それでも、彼女の言葉がどこか心の救いになった気がする。
ミラノに会いに行ってみよう。
何かが変わるかもしれない。
以前とは違う何かを見つけられるかもしれない。
了




