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夜の町を全速力で駆け抜けていく。
不思議なことに、司がどこにいるのかはすぐに感じ取ることが出来た。
既に町の中心部にいるようだ。
再び陰陽師くずれの男たちに出会ってしまう可能性もあったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。いや、あの男たちがいるからこそ、少しでも早く司を見つけなければいけない。
やはり彼女は復讐を果たそうとしているのだろうか。
六花の言うこともわからないこともない。彼女が妖かしでいる限り、恨みの感情を持ち続けることになるのかもしれない。それは彼女にとって決して幸せなことではないだろう。
それでも今、復讐を果たすことで存在を失うことが正しいことと思うことが出来ない。
彼女が消えることを、あの六花は本当に受け入れているのだろうか。
(このままじゃいけない)
そんなことをしても、彼女が救われるとは思えない。一時の感情に流されても、良い結果になんてなりはしない。
細い路地裏の奥で、マリノはその小さな姿を見つけ出した。
マリノは司の背後に立ち、慎重に近づいていった。
彼女が見つめる先に一人の男の姿が見える。黒いパーカーを着たその痩せた男が、ゴミ置き場の横にしゃがみこんでゴソゴソと動いている。その手にライターが見える。手に持った丸めた新聞紙に火をつけようとしている。それを司は立ちすくんだままで見つめている。
彼女の心が震えている。
妖かしである彼女にとって、あの男を殺すことはそう難しいことではないはずだ。だが、彼女はそれを出来ずにいる。
(これは……)
おそらく彼女は躊躇しているのだ。
両親を殺されたことの憎しみと、人を殺すことの躊躇いがぶつかり合っている。その狭間で苦しんでいる。
その震える指先がゆっくりと男のほうに向けられる。
――あの娘はそういう感情を持つことが出来ない
六花の言葉が頭を過る。
咄嗟にマリノは動いていた。
この子の手を汚させるわけにはいかない。きっと彼女は恨みによる復讐に耐えることは出来ないだろう。
ならば、彼女の代わりに自分が動けばいい。
それはマリノにとってはいとも容易いことだった。
マリノは一瞬のうちに司の横を走り抜け、男に向けて突っ込んでいくと迷うことなくその手を蹴り上げた。おそらく男はマリノの存在に気づくことはなかっただろう。手首の骨を折られた男は何が起こったかわからないように、折れた自分の腕を見つめた。さらにマリノはクルリと身体を反転させ、男の脇腹に蹴りを打ち込む。その身体が離れた壁まで吹っ飛び叩きつけられた。男は倒れたまま気を失った。
殺すことは簡単だったが、マリノはあえてそれを避けた。おそらくこの男は人間として罪を償わせるこのほうが良いだろう。
振り返ると、司がジッとマリノのほうを見つめている。
「ごめんね、あなたがやりたかったかもしれないけど」
そう言ってマリノは司に近づいていった。
司は小さく首を振った。
彼女の目から大粒の涙がこぼれ落ちていく。それでも、どこかホッとしたような柔らかな表情に見える。
彼女はそのままガクリとその場に崩れ落ちた。
「どうしたの?」
思わずマリノはその小さな体を抱きかかえた。
その時、複数の男たちがマリノたちを取り囲んだ。




