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息子が一人旅をするんで異世界まで付いて行った結果。

作者: くろくろ

「<>」は異世界の言葉です。

「<召喚は成功したのか!?>」

「<えぇ、成功です>」


「<…しかし、どれが勇者なんだか>」


じろじろ下座を見渡していた壮年の男性は、隣に立つローブ姿の長いひげの老人に囁かれて、真っ直ぐに幸地ゆきちに視線を向けた。


「<勇者よ、はるばるよく来てくれた!>」


「…………」


「<このロールデン王国は、未曾有の危機に晒されている。極悪非道の魔王とその配下どもに蹂躙され、我々人間の国は荒れ果てている。わしたちもただ黙って見ていたわけではない!だが、卑劣な術を使う魔王には力及ばず……>」


たっぷり間をとった壮年の男性は、悲壮感漂う顔を上げて幸地に懇願する。


「<この魔術師長の見立てでは、異世界から召喚した者が魔王を倒す術を持っているという。頼む、勇者よ!わしたちに力を貸してくれ!この通り、頼む!!>」


壮年の男性が頭を下げるのを目にした周囲から、息を飲む音がする。

王冠を被って豪華なマントをつけて、なんかすごい椅子の前に立ってるから、きっと幸地みたいな一般人に頭を下げる立場にない人なのだろう。

だからこその、周囲の反応だ。


ただし、幸地はその周囲が見えなかった。

何せ、彼を守るように壁がいつの間にか出現していたからだ。

壁は人で構成されていて、しかも男女どころか老若そろっている。

いや、全員・・を確認していないが、まだ未成年の幸地以上に若い人だけはいないことは確かだ。

…そもそも、見覚えがある人たちしかいないことから、もしかしたら全員・・いるかもしれない。


一瞬、幸地は現実逃避した。


「<おい、魔術師長。本当に言語が理解出来るように、陣に術は組み込んであるんだろうな?まったく、反応しないぞ、あの子ども>」

「<お、おかしいですね。こら、ハーベル!貴様、あれほど失敗しないようにしろと明言しておいたのに…っ>」

「<い、いえ!おさの指示通りに陣に組み込みましたし、術式展開の前に確認をしていただいたはずです!>」

「<…まぁ、良い。あの子どもに名乗らせ、術を完成させれば全てこちらのもの…。せいぜい、良い手駒となってほしいものだ>」


壮年の男性の横に立つ老人に叱責されたのは、部屋の隅にいるのだろう。

姿は見えないが、声の感じでは若い男性のようだが…ずいぶんと草臥れている。


「うわー、どこの世界でも部下に責任を押し付けようとする上司はいるもんだねー。もしかして、部下の功績も例によって例のごとく、奪ってたりして?」

「最悪。てか、なんできょーのちゃんがここにいるの?」

「いや。それはこっちのセリフですよね、実季みきさん!?旦那さんの実家に行ってるんじゃなかったんですかっ?」

「行くわよ。夏休みは長いからね。でも、きょーのちゃんは確か、パスポート持ってないっていってなかったっけ?」


「あ、あれ~?ざっきーさんって、奥さんと子ども連れて、旅行行くんじゃなかったんですっけ?」

「そういえば、そう聞いてたね。だから、海外になんて行かないっていい張ってたのに」

「あれか、大阪人のお家芸的な」


清野きよのさん、それは大阪の人をなめてんの?」


「すいやせんっした!!」


ざっきーこと山埼にすごまれて、すぐさま清野は深々と頭を下げた。

潔い、彼女らしい姿だ。

…いつも見てるが。

そもそも、大阪の人のお家芸的なものってなんだ。


「まったく、きょーのちゃんはいつも通り一言余計だなぁ。ざっきーのツンデレ発言も健在なようで何より」

「ツンデレ違う!!」

「この剃り込みすごい、腕っぷし強そうな人がツンデレだなんて…っ」

「…どういう意味だ」

「ハハハッ」


「突然乱入して大笑いしてるところ悪いんですが、けん老は仕事は…?」

「若い子たちと一緒に旅行っていうのも、良い人生経験になるよ」

「誘っちゃた☆」

「い、いえ、楽さん。そうじゃなくて、賢老は仕事では……」

「「ふふふ~」」


理路整然としているはずの実季さんが押され気味だ。

まぁ、それも相手が悪いので仕方がないことである。

クラスの最年長の片割れである賢老と、小柄で朗らかなな見た目とは裏腹な肝っ玉母ちゃんな楽さんとのコンビに敵う者はいない。

ちなみに後でネタばらししてくれたのだが、賢老は有給休暇を消費するよう会社にいわれたため、別に今回の参加は仕事をサボったわけではないらしい。


「楽さんって、他にも誘った人いるの?」

「やっほー、きょーのちゃん!」

「来てたんだね!」


「あっ、やっぱり」


楽さんと席が近い人たちが軒並み集まっている。


「オレも誘われて…」

「ボクも」

「オレもだよ~せっかく、ビールと枝豆を楽しもうとしてたのになぁ~」

「いつも楽しんでるじゃんか!」

「出席日数足りるの?」

「ぎっくぅ」


別の島の席に着いている男性陣も誘ったようで、居心地悪そうに頭を掻きながら合流して来る。

約一名、出席日数が足りなさそうな人がいるが、大丈夫。

夏休み前に個別に呼び出されて、休み中に足りない分登校することが決まっているから…たぶん。

相変わらず鋭いツッコミが冴えわたるココ姉にツッコまれて、わざとらしくよそを向く彼に出席日数が足りないという危機感があるのかは幸地にはわからなかった。


「酒の席には、私を誘いなさい!!」

「うちは、いつでも歓迎します~まいどあり」


どーんと胸を張って乱入して来る人、実家が居酒屋の人…彼女は稼ぐ気満々らしい……が、どんどん合流して来る。

そしてみんな、普段と違う格好しているのに合流していいのか。、隠れる気はもうないのか。

幸地は大人たちのために、未だに見て見ぬフリを貫き通していた。


「ちょっと待ちたまえ」


「「あ゛」」


のほほんと合流し、和気藹々としていたメンバーは一斉に硬直した。

全員、顔には『やっぱり口出した!!』と書かれていて、みな揃ってげんなりしている。

幸地だって、みんなと同じ表情をしているはずだ。

何せ、彼のその一言で授業が遅々と進まなかったのは一度や二度だけではないので。


「み、みんな、気を使って話を逸らそうとしてたのにっ」

「普段なら、乗ってきそうなのにね」

「そもそも、ここで声を上げちゃったらゆっきーに気付かれちゃうんじゃない?」


いえ、もう気付いてますよ、楽さん。

幸地は口を噤んで耐えた。


「はっはっは。そりゃあ、可愛い孫が騙されそうになってたら、声を上げるのは当然だろう」


賢老はみんなとは打って変わって余裕の表情だ。

さすが、最年長コンビ、相方の気持ちはよくわかってらっしゃる。

そして、賢老はコンビの相手が多過ぎる!


「<…なんだ、この男は>」

「<あなた方が『勇者』と呼んだ子の保護者代理ですわ>」


にっこり微笑んで壮年の男性の問いに答えたのは、やはり見知った顔の一人だ。

普段通りの隙のないビジネススーツに身を包んだ彼女は、どこの敏腕美人秘書かと思うほどである。


「あなた方がいう、魔王とはどういった行動を取り、あなた方はどういった被害を受けてどういった対処を行っているのか聞かせていただけないだろうか」

「<あなた方の国が魔王という存在から受けた被害と相手の行動パターン、そしてどういった対処をしたか参考までにお教え願えませんか?>」


ステッキに体重を掛けて壮年の男性を前に迎え撃つ老人…とはいえ、ローブ姿の老人よりもエネルギッシュな彼は、堂々たる態度だ。

その横に立って通訳をする美人秘書は相変わらず美しい笑みを浮かべているが、服装同様に隙が全くない。


「やばい、有無をいわす気がないよ!委員長と副さんっ」

「いつものことでしょ、ウフフフフ~」

「そうね、納得するまで粘るわよ。いつものことだけど」

「すごいねぇ、副さん。さっきまで通訳してくれてたけど、他にこの国の言葉わかる人ー?」

「「「「わかんない」」」」


「私はアジア圏ならわかるけど…」

「同じく」


「オレは結婚式がハワイだったけど、あそこは」

「「リア充、爆発しろ」」


「おい。オレが大阪出身だからってツッコミが早過ぎるぞ」


「私は最近、仕事でタイに行ってたけど、そこの言語じゃないわよ。やっぱりゆっきーはタイに行くべきだったんだよ。もしくは、ニュージーランド」

「どうしてニュージーランド?」


「オレ、南米ならあるけど」

「却下!最近、感染症について習ったばっかじゃんか!」

「却下って…別に、幸地の旅行先を選んでる場面じゃないんだけど……」


「周囲の人の見た目は北欧圏と同じように見えるなぁ。でも、聞いた限りではどこの言語にも似ていない」

「英語でもないよね。…たぶん」

「うん、たぶん」


「きょーのちゃんとタケさん、英語の成績は…?」

「「聞かないで」」


成績が底辺を這う二人は、揃って明後日のほうを向いた。

しかし、そっぽを向いても休み明けの試験はなくならないので頑張ってほしいと幸地はひっそりと二人にエールを送っておく。


「うーん。副さん以外には、あの人たちの言語は理解出来る人はいないみたいね。私は、文字ぐらいは読めるけど」

「「み、実季さん!!」


職業・翻訳家な実季はさらりと重大なことをいい出した。

それに反応したくなってもやっぱり耐える幸地は、言葉は理解出来ても残念ながら自分たちの下に書かれているものについてはさっぱりわからない。


「文法がメチャクチャだけど、ここに書かれているのは要するに契約書ね。奴隷にするための」

「ど、奴隷!?」


「「あっ、ゆっきー」」


実季の言葉に速攻で今までの努力を無に帰して幸地は悪くないだろう。

誰だって、自分が知らず知らずのうちに奴隷契約を結ばれそうになったら驚愕するはずだ。

…いや、普通に現代に生きている日本人が『奴隷』なんてものには遭遇する機会はないだろう。


「あ、あれぇ?ききき、奇遇だね~」


「奇遇って、成田空港から尾行してましたよね?あと、ざきさんたちは今更、変装を直さなくてもわかってますので。それと楽さん、逆に堂々し過ぎです」

「だって、ばれちゃったし☆」


お茶目な楽さんの様子を見て、みんな肩を落としつつ元の位置に戻った。

つまり、幸地の壁役にである。

安定の対応に、幸地も苦笑するしかない。


「まるで、はじめてのおつかいみたいですね」

「誰だっけ?それを最初にいい出したのは?」

「あれか、カメラマンポジ的な」


節目節目に放送される、某有名番組をなぞっているようでいってみれば、みんな納得した。

あの番組は、お子さまたちの奮闘ぶりもおもしろいがカメラマンがいつばれるひやひやするのも楽しめるすばらしい番組だと幸地は思っている。

しかし、自分が標的になるとは思ってもみなかったが。


「ごめんね~ゆっきーのことが心配で」

「だって、はじめての一人旅が海外だなんて…」

「しかも、日本語が通じないところだなんて!」

「せめて、ハワイ当たりにしとけよかったのに」

「「りあじゅ…」」

「あ゛ぁ゛?」

「「すみませんでした」」


確かに、はじめての一人旅が海外だっていわれれば心配するだろう。

みんなの顔を見渡せば、それぞれが心配そうに幸地を見ていた。


幸地と彼女ら・彼らは年齢も人生経験の全く異なるが、同じものを目指す仲間だ。

同じ専門学校に同じクラスで過ごすみんなが、未成年であり年が離れている幸地を息子か孫のように可愛がってくれているのは知っている。

そして、みんなが本心から自分を心配してこうして海外…かいがい?--に付いて着てくれてことも理解していた。

だから、幸地は怒ることなく笑顔でみんなの顔を順々に見回して感謝の言葉を告げることに躊躇することははない。


「みんな、ありがとう」


幸地の礼に、ある者は笑みを返し、またある者は照れくさそうにし、またある者は胸を反らし、またある者は…全くこちらの展開に気を止めていなかった。


「だから、それでどうして魔王とやらに対処出来ないと判断したのかね?まだ、やりようがあると私は思うのだが」

「<魔王とやらに対処が出来ないと判断するには早いと申しております。そういう考えに至った理由は詳しくお教え願いますか>」


「<ぐ、ぐぬぅ>」

「<お、おかしい。従順な異世界人を召喚するように設定してあるはずなのにっ。ハーベル!!>」


まだやってた。

笑顔でみんなに感謝していた幸地の笑みは固まった。

みんな、揃いも揃って過保護過ぎる。


「それで実季さん、奴隷ってどういうことですか?」

「さっき副さんが通訳してくれてた通り、彼らは魔王とやらをゆっきーに倒してほしいみたいなのはわかる?」

「はい」

「それを断られないようにするために、ここに書かれている人に絶対服従するための文章が書かれているの……」


実季は言葉を切ってそこまでしか話してくれなかったが、『奴隷』と称するだけのことが他にも書かれていそうだ。

それにしても………。


「ふぁふぁふぁ、ファンタジー……」


きょーのがどこぞの洗剤の宣伝みたいなことをいっているが、それは同感だ。

魔王なんて、ファンタジーな存在がいてたまるか。


「今どきの遊園地の送迎ってすごいね」

「オレ、遊園地に行く予定ないです」

「え゛」


「だったら、詐欺集団?頭変な人たち?みんな中二病?」

「ゆっきー、あいつらに触っちゃダメよ」

「感染症の扱い!?」


どうやら、実季の頭の中でクラス委員長と副委員長にたじたじとなっている壮年の男性とひげ老人は、保菌者扱いされてしまったようだ。

接触感染するのだろうか?飛沫感染だったら、みんな危険である。

と、いうか、すでに遅いと幸地は知っていた。


「あ、あのですね…」

「うん?」


「さ、さっきからオレの目の前にゲームのステータス画面みたいなのが浮かんでて」

「……うん?」


みんなの目が点になっていた。

もしや、幸地も中二病になったと思われているのかと焦るが、どうやら違うようだ。


「ステータス画面?」

「…ごめん、ゲームしたことがないからわからない」


ステータス画面というものがわからなかったようだ。

ホッとする幸地と男性陣と一部の女性たちによる説明で、何とか納得してくれる。


「さすが、勇者様だね!すでにチート!!」

「いや、きょーのさん。まだチートと決まってるわけじゃ…」


自分のステータスを晒すと、きょーのは目を輝かせている。

請われるまま、みんなのステータスを答えていったのだが彼女は自分のステータスにがっかりしているようだ。


「マッピング機能?」

「いえ、地図を作成するスキル持ちの人を指す職業みたいですよ?」


幸地が詳細を調べて教えれば、きょーのは首を傾げている。


「マッパーって、あれか?そのうちエルフの幼女に懐かれたり、白いドラゴンの仔どもをもっふもふする機会でも与えられるの?」

「へ…?」

「いや、こっちの話」


きょーののジョブは『マッパー』らしい。

ステータス画面の詳しく知りたいところにカーソルを合わせると、事細かく情報が提示されるのだが、彼女のジョブは新しい場所を歩いて地図を作ることに特化しているようだ。


「ダンジョンにでも入らないと、必要ないものだよね…」


「え、あー……」


肩を落とす彼女は、カバンから白紙を取り出して何やら図面を書き出した。

はじめてのおつかいin海外?でも勉強するつもりだったらしい。


すごいスピードで白紙が埋まっていくが、緻密に描かれているのはこの広間とその周辺の地図らしい。

五つ隣の小部屋にあるツボに入っているコインというのは、誰かのへそくりだろうか?

気になるのはそんな些細なことと、ついでに彼女はいつこの部屋を出ていたのかだが、彼女はきょとんとして『ずっとここにいたけど?』と、いっている。

嘘ではなさそうだが、それだとジョブの説明とは異なってしまう。


「賢老が賢者っていうのは合ってる」

「はっはっは」


賢老…本名は賢治さんは、とてもうれしそうだ。


「治療系の職業って、あとは梶さんの『聖女』ぐらい?」

「私たちの努力って、いったい…」


照れながらも項垂れる人々に困った顔をしている梶は、RPGに出て来る女性回復職の最高位を持っていることになるのだが、さすがとしかいいようがない。

彼女程に勉強熱心な生徒もいないのだから、当然の結果であると幸地を含めてみんなの総意である。


「待って!楽さんの聖母っていうのは!?」

「…簡単に説明すれば、肝っ玉母ちゃんってことです。『慈愛の鉄槌』っていう技を持ってるみたいだけど、それはつまり悪ガキをこぶしで改心させる…」

「「き、肝っ玉母ちゃん!!」」

「うふふ~☆」


そんな説明をされても、楽さんの笑顔は変わらない。

うれしいの?怒ってるの?どっち?


「あたしのシーフってのは?」

「シーフっていうのは、盗賊ってことで」

「タケさん…?」

「いやいやいや!別にきょーのさんのお菓子は盗らないよ!?食べ物の恨みはこわいし!そもそもあたしは誰からも盗まないから!!」


サッと自分のカバンを隠すきょーのに、大げさな手振り身振りで『しない!』といい張るタケのことは放っておくとして。


いつもどこに入ってるんだかわからない大量のお菓子をカバンから取り出し、みんなに分配しはじめたきょーのは、こっそりと小さな紙に書いた地図も一緒に回す。

周囲の大人たちを見れば、全員が臨戦態勢をとっていた。

相変わらず、上座にいる壮年の男性とローブ姿の老人しか幸地に見えないが、周囲の雰囲気から自分たちにとって悪い状況になりそうなことは理解出来る。


「ここに書かれていることが本当であれば、あなた方は彼の人権をムシするということだろうか?私たちの大切な孫の!」

「<ここに書かれていることが本当であれば、あなた方は彼の人権をムシするということですか?私たちの大切な息子の!!>」


実季が翻訳してルーズリーフに書き出していた魔法陣とやらを突き付けて、クラス委員長と副委員長が怒鳴る。

厳しい顔付き、苛立ちも露わな壮年の男性とローブ姿の老人。

みんなを囲む人々の雰囲気も悪く、いつ何が起こってもおかしくない。

緊張の面持ちでみんなに守られていた幸地は、この状況に巻き込んでしまったのが自分だということを急に思い出す。

本来であれば、こんなところにいるはずのなかったのに、みんな幸地を守ろうとしてくれている。

彼女ら・彼らが自分を息子や孫と思って大切に思ってくれているのを知っている幸地は、せめて一言くらいは相手にいってやろうと気合を入れた。

温厚な彼にしては、はじめての挑戦である。


「あ、あの!オレがいわれた通り、魔王?を倒しに行ったらみんなの安全は保障してくれるんですか?」

「ゆ、幸地」

「ゆっきー!ダメよ!!」


副委員長の心配そうな声を無視して、幸地は壮年の男性をしっかりと見据える。

絶対に逸らさないという、強い意志の宿った目にクラス委員長は孫の成長に感涙寸前であった。


「どうなんですか!!」

「<…今更、このような無礼者たちを保護すると、本気で思っているのか…?>」


どうやら、幸地の言葉も現地の人々には伝わるらしい。

しかし、壮年の男性は赤を通り越して赤黒い顔になっている。

どうやら、怒り狂っているようだ。


「<もう良い!こやつら全員ひっとらえよ!勇者には隷属の首輪でもはめておけ!!>」


「あーぁ、交渉決裂ぅ」

「もう、委員長のせいだからね!」

「す、すまん」


女性陣に責められて、意気消沈する委員長はちょっと可哀想だ。

エネルギーに満ち溢れているから忘れがちだが、一応は最年長の片割れだから多少労わったほしい。


委員長と副委員長がじりじりと後退してみんなと合流する。

だいぶ危機的状況なのだろうが、副委員長は幸地と目が合ったとき『…あっ!バレちゃった?』といってオロオロしているから、ある意味暢気だった。

いや、みんなそれなりに臨戦態勢を取りながらも、それなりに暢気だった。


「まぁ、あとは王道展開の通りってわけだね」

「王道…?」


「そう、逃げるよ!!」

「えっ?あっ、………え?」


わけのわからないノリの大人たちに、彼女ら・彼らに囲まれたまま移動する羽目になる幸地は内心ツッコんでいた。

その場に合う、緊張感漂うようなそんないいようって他にはないのっ!?


「っらぁ!!」


気合の入った声と共に、ざっきーの拳が床に叩き込まれる。

彼は『狂戦士』。

怒りの感情が続く限り、肉体が強化される使用らしい。


「とりゃぁぁぁぁぁっ」


迫って来た鎧姿の男性を投げ飛ばしたのは、ココ姉だ。

彼女は『軍人』。

現在は退役しているらしいが、投げ技の決まりっぷりを見る限りでは現役バリバリのようである。

旦那さん、夫婦喧嘩には気を付けて下さいと幸地はひっそり思った。


「私は、人を治したくて専門学校に入ったんだがな」

「まあまあ」


副委員長に宥められながら、ステッキを振るうクラス委員長は『魔術師』。

彼が生み出した氷のつぶては敵意をむき出しにする相手の足元を貫いて、戦意を奪っていた。


「うわぁぁぁぁぁっ」

「た、タケさん!?」


逃げ遅れていたらしいタケに気付いて踵を返そうとする幸地の視線の先で、憤怒の表情を浮かべるローブ姿の老人。

実季に止められて助けに向かえない幸地だったが、ピンチに陥るクラスメイトを救う小さな一陣の風。


「女の子に手を上げるんじゃありません!!」


「ら、楽さん!!」


拳一つお見舞いした楽は、ローブ姿の老人の前に立ちはだかる。

憤怒の表情を浮かべて何事か怒鳴っていた老人だったが、楽の笑みが深まるにつれてどんどんその勢いを失っていく。


「なんなんです、その言葉使いは!あなた、いい年してはずかしくないのですか!碌な言葉も知らず、知っていてもそんな人を貶す言葉ばかり!いいですか、そうやって人を貶す人はまったく同じ言葉が返って来るのですよ!!」


ちなみに、先程の申請が正しければ楽は現地の言語が理解出来ないはずだ。

しかし、何やらニュアンス的なものでイヤなことをいわれていることだけは理解しているらしい。

さすがは『聖母』、さすが………


「「お、おかん!!」」


楽はこっそり手を振って、みんなに逃げるように指示を出す。

殿しんがりを務めるらしいざっきーとココ姉がいるから安心だが、あの楽を傷付けられそうな人はいなそうだ。

自分が怒られているわけでもないのに、敵意が残っていた人々は皆、母親に叱られた子どものような顔をしている。

老人なんて叱られたのは遠い昔のことだろうに、すでに涙目だ。

さすが、『聖母』いや、もう『聖母おかん』でいいと思う。


「タケさん、無事ですかっ!?」

「こ、こわかったけど、大丈夫」


汗びっしょりかいて、タケは合流する。

顔色は悪いが、大丈夫そうだ。


「いい汗かいた☆」

「ホントね!」


心なしか肌がつやつやしている楽とココ姉は強者である。

殿を務めたざっきーだって、汗まみれで疲れているのに。


「オレが疲れてるのは、清野さんを回収してたからだ」


「てへー」


「って、誰ですか、彼は?」

「清野さんがしがみ付いて離れなかった相手」


疲れたような、呆れたようなざっきーが指差す先には、オロオロするローブ姿の青年と、彼の腕を掴んで離さないきょーののすがたがあった。

あまりにもぴったりとくっついているため、幸地はしどろもどろになってしまう。


「はい?えーと、ひとめぼれ的な?」


ここにも一人、強者がいた。

こんな状況下で、恋愛出来るのか?


「あー、違う違う。好きとかじゃなくて」


「えっ…?」

「<えっ…?>」


幸地とほぼ同時に、彼はショックを受けたような声を出す。

真っ赤だった顔が、今や血が引いていて可哀そうだ。純朴そうな顔立ちだけに。


「んー…。マッピングしてみたんだけどさ、日本に帰るのために必要なアイテムの中に、彼がいてね」

「もはや、マッパーの域からはずれてるっ!?」

「アイテムなの?」


「もしかして、あなたがあの陣を起動させたの?」

「<あ、あの…………はい>」


「<で、ですが、あなた方を元の場所に戻すための魔術は使えないのです!私は魔力が多く、長が隷属の首輪で暴走しないように命令をしていて!首輪を外すための鍵も、長が肌身離さず持っているのです!>」

「首輪を外すと、魔力は暴走するの?」

「<いえ、感情に左右されないように訓練してきたので大丈夫だと>」


「もしかして、鍵ってこれ?」

「<え…何故、鍵を…?>」

「た、タケさん?」


「逃げるときに、あのローブのおじいさんからもらって来た」

「盗って来たの間違えですよね?」


幸地のツッコミは黙殺された。


青年の首から無骨な首輪が外れ、床にガチャンと大きな音を立てて落ちるのを確認して、みんなは輪になってこれからのことを話し始める。


「帰るのが最優先だ」


「そりゃあね。夏休みだって延々とあるわけじゃないし」


「テスト勉強しなきゃいけないよね」


「「てすとー!!」」

「いる間、勉強会しようね」


「「さすが、聖女様!!」」


「それで、この地図の通りだと帰るための陣はさっきの場所だけ?」

「<えぇ、あそこだけです>」


「それじゃあ、忍び込むしかないね」

「タケさん、出番ですよ!!」

「あ、あたし!?」

「みんないないと、意味がないでしょ。あと、必要なものを準備しないと」

「<貴重なものばかりで、準備するとなると…>」


「ところで、魔王はどうするんですか?」


幸地の一言に、みんなは一瞬だけ止まる。

ただし、非難の眼差しではなく、温かいものだった。


「助けるの?ゆっきーたら、優しいね」

「そ、そういうわけじゃ…」


みんなの優しい眼差しに照れる幸地は、そっぽを向く。

わかっている、そんな義理がないのことぐらい。

そして、みんなが付き合う義理がないことも。

優先するのはもちろん帰還だということぐらい、幸地だってわかっているのだが…。


「<これは、十年に一度、満月の晩にしか咲かない花です。それ咲くのは今年ということだけしかわかりません。なので、ずっとそばで見ていないといけないんです>」

「うわぁ、面倒だね。しかたない、ゆっきー」


「は、はい」


副委員長の通訳のおかげで青年から情報をもらったきょーのは、さらさらとルーズリーフに地図を描きながら委員長にいう。


「手分けして、材料を集めよう。委員長」

「では、組み分けしよう。なに、時間がかかるから早く終わったものから自由ということで、好きに過ごせばいいんじゃないか」

「そうね、観光でも、魔王討伐でも、いいんじゃない?」

「!!」


「ただし、ムチャはしない!私たち大人に頼る!!わかった?」

「はい!」


素直に頷いた幸地を見た委員長は、厳かに頷いて声を上げる。

まったく持って、普段の教室でのやり取りと同じだ。

例え、この場所が見覚えのない場所でも、よくわからない能力と立場を与えられようと、幸地の傍にはよく知っている大人たちが彼を守るようにいてくれる。


「これが終わったら、打ち上げするぞー!!」

「「おおー!!」」


呑ん兵衛たちは歓声を上げる。

きっと、一仕事終えた後のアルコールはおいしいのだろう。

未成年の幸地にはわからないことだが、みんなの楽しそうで一緒に笑顔になる。


「千年雪にご予約ありがとうございます~」


そして、ちゃっかり自分の実家へとみんなを誘う人もいる。

商売上手だ。


「…雪解け水で作る日本酒っておいしいよね」

「<そ、そうなのですか…?>」


こちらは、異文化コミュニケーションをしつつそれなりに仲良くなっているようだ。


こうして、幸地とその母父(ジジs含む)の長い夏休みが異世界で幕を開けたのだった。

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